09



「もう気付いてるよね?」

どう話せばいいものか、良い言葉を模索してみたものの、この複雑な想いに該当する語彙がみつからなかった。結果、頭の廻る彼に甘んじてそう訊ねてしまっていた。

「ん?ああ、まあな。それにしてもなんだかな…大事な娘、嫁に渡す父親みたいな心境だぞ」

しかもサフィールかよ、と冗談混じりに言う。されど何処か腑に落ちないような面持ちのピオニーは、寄り掛かる椅子を特に意味もなくキイキイと揺らしている。そしてリヴも自分に淹れた紅茶のカップを無意味に掌で包み、何度も右へ左へと持ち変えていた。

「あの、ねピオニー」
「ん?」
「えと…」

言葉が出ていかない。一時的に言葉を使用ないし理解出来なくなる。游ぐ目はみるみる下がっていく中、リヴはピオニーの腰掛ける前まで歩み、彼の目をじっとみつめた。
決心したもの、なかなか口に出せないでいるところを彼は小さく笑った。

「待ってやるよ、俺は気が長いからなー」

さらさらと肩を流れる黄金の髪に目が行ってしまう、束ねる髪飾りが一瞬きらりと光った。彼の待つその時間が長かったのか短かったのか定かではない。しかし次に発せられた声の主はリヴだった。

「いい母親になれるかな?私…」

私、子供授かったの

みつめた視線を反らすことなくピオニーは静かに聞いていた。きいきいと軋む椅子の音が止んだと同時に、リヴの腕は掴まれ引き寄せられていた。目の前が暗くなったと思った頃、リヴは彼の腕の中にいた。彼の心音が心地よくて、思わず聞きいってしまう。

「リヴ、軍辞めてこれからどーすんだ」
「ケテルブルクに帰るよ。ネフリーにはもう伝えてるの。だから私一人で…」

それ以上を言わせないよう、ピオニーは更に腕の中を圧迫した。

「苦しいよ。ピオニー」

じんわりと自然に涙が溢れてくる。漠然とした感傷に、ピオニーの表情は次第に険しくなる。


てめーのいなくなる直前に
リヴの何もかも拐っていきやがった

自分の存在も想いも全て
リヴに刻んで消えやがった

「ったく、あのバカヤローは…」

程なくして解放された腕の拘束。おさぼりも此処まで。幼なじみとしてでなく、一国の王として彼は告げた。

「解任、おめでとうリヴ」

シャレじゃないぞ、と一言添えて踵を返しドアノブに手を掛けたところで、振り返り豪快に言い放った。

「さっさと弱音吐いちまえよ。そしたら俺がお前を支えてやる」

子どもごと
そのままお前を貰ってやる

何処まで本気なのか図れない、曖昧模糊に言い抜ける言葉。ふわふわとした感触に笑みが溢れた。

閉じられた扉の中に一人。普く感情を抱えて、少しの間目を伏せた。暫くして開かれた瞳には、堅く決められた意思が宿っていた。



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