え。この話し恋愛要素ないの?と思われた方に吉報をひとつ。ある。 「ルーと俺だろう?」 そこには茶色い毛並みの狼。…先ほど何か聞こえた気がするがスルーして頂いて結構である。 「なんでだ!」 なんでもだ。 「レオ。先走るな、はぐれるぞ」 ルーが呆れ混じりに笑う。けれどレオはぷいとそっぽを向いて黙々と歩いていった。エステルは心配そうにルーの顔を窺う。 「レオ…怒ってるんです? 私達が一緒に来たこと」 「いや、あれは拗ねてるだけだエステル嬢」 ユーリ一行が次に向かうべき場所はハルル。どうやらルーもそこへ向かうらしい。道を知るルーが案内しようと提案したことから、しばらく行動を共にすることになり今に至る。 「そのエステル嬢ってなんだかくすぐったいです。ルーも私のことは是非エステルと呼んで下さい」 「そうか? 随分品があるからどこかのお嬢さんかと思ってな」 「(す…するどい)でも、ほら親しみのある方が」 わくわく、と聞こえてくる程の笑みで言われれば断れない。ルーはふむと腕組みした。 「エスティ」 「え?」 「かわいいだろう?エスティ」 「…! はい、とってもかわいいです!」 嬉しそうに笑うエステルにルーは再び腕組みをして考える。 「ユーリ、ユーリ、ユーリ…ユーリ…」 「なんだよ」 「愛称を考えてるんだ。ユーリ…ユーリ、ユーでいいか?」 「おま…リがなくなっただけじゃねえか。しかも語呂が悪い」 それでも何かしら気に入ってしまったらしい。ルーはにこやかにユーと呼んだ。 「はいよ」 「ルーとユー…ですか」 「待てエステル、名前変換してる読者さんには伝わらねえぞ」 「あ、すみません」 そしてユーリの側を悠々と歩くラピードにも目を向けて同じく考え始めたルー。わふぅ、と一鳴きしたのを合図にポンッと拳を手のひらに叩いて頷いた。 「うむ、ラピーはどうだ?」 「それもドがなくなっただけじゃねぇか」 「そうか。ならピーちゃんにしよう」 ラピードが仄かに恨めしそうな顔をした。 「ルー、俺は?」 前方を行くレオがハタハタと尾を振りながら訊いてくる。 「レオはレオだ」 「俺だけ仲間外れ」 「お主だけ特別ということだ」 見上げたレオはそうか!と陽気に納得してズンズン進む。 「扱い方心得てんな」 「当然だ。7年も一緒にいるんだから」 「ルーは何歳なんです?」 「14だ」 「ということは7歳からずっと一緒ということですね!」 「……」 「ルー?」 「ああ、そうだな」 幼少の頃から一緒だなんて羨ましいです、とエステルの言葉は半分聞こえて来なかった。ただ前を行くレオに視線を移して、すっと瞼を閉じた。その様子に敏感なのがユーリで、彼もまた視線を同じくレオに移す。多くを語らずとも何か事情がありそうだ。 「私たち探してる人がいてハルルに向かうんです。ルーは観光か何かです?」 「いや、私も探し人がいて…というよりはぐれ人だな。旅の最中に魔物にくわえられてどっか飛んでいきおった。私は私で魔狩りの連中に追いかけられて、気付けば今の状態だ」 「え!それは大変です!」 「ま。あやつもそれでくたばるほど柔な者ではないし、自ずといつか逢えるだろう。私もそれなりにこの旅を楽しんでおる。探したいものもあるしな」 だから良いのだ、ニッと笑った顔は本当に楽しげで、釣られてエステルにも笑みが溢れた。 「なら、ルーも一緒に行きませんか?」 「は?」 「その方がもっと楽しいです!人数も多い方が、ねユーリ?」 「…。あんま巻き込んでやるなよ。別に俺は構わねえけど」 「ユーは素直でないな」 「へーへー」 「まあ、行き先が特に決まってるわけでもないしな。それもいいかもしれん」 のしのしと歩むレオにルーは伝える。 「レオ、聞いておったか? どうする?」 「…がう、まあいんじゃね」 レオは渋々とやれやれの混じり合ったような顔をした。あまり快く思ってはいないらしい。森を抜ける頃にはうんと近付いた互いの距離に、ルーだけが一人ほくほくと微笑んでいた。 ハルルへの道すがら、日は落ちて辺りは薄暗く沈んでいく。天気は曇り、大事をみて野営することになった。慣れた手付きでルーは準備に取りかかる。それは何かに急いているように速かった。 「手慣れてんなルー」 「うむ」 瞬く間に野宿の準備は出来上がる。くべた薪がパチパチといい音を奏でる中、ルーはおもむろに空を見上げた。紫色から次第に色は濃く染まっていく。それをぼんやりと目で追うように。 「レオ、日が落ちたら見張りを頼めるか?」 「ん。了解」 「何なら代わるぞ」 「む。俺だけで十分だ」 ユーリの挑発ともいえない気遣いにも気付いているらしかったがレオはツンと返す。 「ま、さんきゅ」 「お前のためじゃない、ルーのためだ」 あっちいけ、とばかりに尻尾でシッシッと払われた。 「ルーに手え出したら只じゃおかないからな」 「出すかよ、俺はロリコンか」 「んなことした日には俺が自慢のしっぽでお前をぼこぼこにだな」 「聞けよ」 じい、と続く長い目から解放され寝息を立て始めたのは幾分経ってから。規則正しい呼吸と深いまどろみが帳の中を行き来した―… ―… 空にかかる雲が取り払われて、顔を覗かせ始めた月は夜の帳を映し出す。怪しく照り出すのはまやかしか偽りか、解けし時に目の当たりにするそれは真実に近しい。月の光が狼の真を覚醒させるように、その光はそっと隠されたそれを解いていく。 「…?」 早々に布団にくるまったルーの姿がない。本能のまま覚醒して、ユーリは辺りを窺った。少しだけ欠けた月の光は目を射すほどに眩しくて、自然と片目が閉じられる。 その光をまるでシャワーのように浴びる姿に。ベタな言い方をすれば時が止まった。 紅い衣は優雅に風の中を踊る。腰よりも長い茶髪は頬の辺りで跳ねていた。スラリと伸びた四肢は程よく締まっていて、振り返った姿を見たら即倒しそうになった。 目前には明らかに成人した女性。その姿に見覚えがある。 手に抱えられているのは見覚えのある狼、いつもと違うのは腕に収まるくらいに小さいこと、可愛げのないことを吐く口からは赤子のようにスヤスヤ寝息が聞こえていた。 表情は見えなかった。 が、その声色は哀しげでもなければ愁いもない。驚きと悪戯のバレた子供のようにくすりくすりと笑う声が、耳に残った。 「…ルー?」 訊かれれば間髪入れずに返答した。 「どうした? ユー。この姿は変か?」 ただ飄々と無邪気に。微笑む姿に魅せられた。自分に充てられた呼び名を聞けば、やはりそういうことなのだろう。その女性は紛れもなくルー本人だ。見覚えのある顔立ちからは幼さが消えていていたけれど、面影はある。意志の強そうなその目は変わっていない。 ―…ルーに手え出したら只じゃおかないからな 脳裏を掠めたレオの声が嫌に響いたのはなぜだろう。口から零れたのは感嘆か溜め息か、ともかく彼女は月がよく似合った。 出逢いは偶然か必然か。まいった、とばかりにくしゃりと頭を掻けば、首を傾げて少し困った顔をしたルーに遅れて問いの答えを返すのだった。 「別に。変じゃねえよ」 (そして冒頭を改めて読み下せば、なるほど、と頷けるのではないだろうかbyナレーション) 月夜に訪問 (俺のものわかりの良さに感謝しろよ) (無理をするな、顔が引きつってるぞ) (食えねえとこは同じだな) prev|next|top |