「ルーを離せこの女顔!それになんだその胸元の露出は!」 ユーリに向かって毛を逆立てこれでもかと威嚇する。しゃあ、と牙を剥く獣の声に唖然とした。振り返れば茶色いフサフサがそこに。 「お…狼がしゃべった!」 「あ」 「くぉらレオ!人前で口をきくなとあれほど言っただろうが!」 「すまん、ルー…」 狼が口を聞いた。思わず少女を掴んだユーリの手が緩む。その手を狼の尻尾がピシャリと払った。 「いて。なにすんだこの犬っころ」 「ふん、見てわからんか、俺は狼だ露出狂め」 「ああキャンキャン吠えてるもんだから勘違いしたわ悪ぃーな」 「こ…このやろー!」 「ぷっ、止めておけレオ。口じゃ到底適わん相手だ」 レオと呼ばれた狼を少女がケタケタと笑い宥める。丁度その頃近づく足音に振り返れば心配そうに眉根を寄せたエステルがこちらに向かって駆けていた。 「ユーリ!大丈夫ですか?」 息を整えてからエステルは目前の一人と一頭に深々と頭を下げた。 「あの、先ほどはありがとうございました」 「いや、これしきなんともない。砦が無事で何よりだ。私も遠目から見えておった、お主が逃げ遅れた人の為に介抱していたところを。それを自身で誇られよ」 思いがけず幼き少女からの激励を受け、ぽっと赤らむエステル。その様子をじと目で見る青年が一人。 「どうしたんです?ユーリ」 「いや…なんでもねぇ。それより、さっきは助かった。礼を言うぜモルディオ」 「礼には及ばん。それから私はモルディオという名ではない」 引っかけるつもりだったか、安々と返された。ふんっと鼻を鳴らす獣がなんとも癪に障る。その会話に、無粋にも邪魔が入る。刹那、弧を描き刃が宙を裂いた。 「ったく、今度はなんだ!?」 「見つけたぞルー。全く手間取らせやがって」 「お、魔狩りの。やはり砦におったのか、巧く撒けたと思ってたんだが」 現れたのは大剣と背負った体躯のいい男とフードを目深に被った男、そして先ほど空を斬った刃の持ち主、小さな女の子の3人(言わずもがなクリント、ティソン、ナン)さも面倒そうにルーと呼ばれた少女は溜め息を吐いた。隣で狼もやれやれと首を横に振る。 「相手をしてやらんわけではないが、お主らが追っかけまわしてくれたお陰でへとへとだ。次いでさっきので疲労の臨界点はとうに超えておる。今日くらい見逃してくれてもいいだろう?」 「…俺らの標的はその魔狼だ。渡してもらおうか。魔狩りの剣は魔物という魔物をこの世から滅するために存在する」 「何度も言っておろうに。レオのどこに害があるというんだ、なあ?」 「がふん」 害なんてありませんよ、な顔をしてレオはハタハタと尻尾を振る。その振る舞いに、魔狩りの剣の蛇ことティソンがみるみる内に激昂していくのがわかる。神経を更に逆なでするように、レオはふわーと欠伸を一つ。 「レオ」 「がうっ」 「ここはひとつ―…!」 じゃり…地を踏む音が鳴る。ルーの顔つきが一瞬にして厳しいものに変化した。魔狩りの剣一行も同じく身構え、来るべき時を計った。じわりじわりと緊迫する中、ユーリは思った。…俺ら完全スルー状態だな。 「逃げるぞ!」 「ええ!?」 言うが速いか狼はくるりと踵を返し、少女はその背に飛び乗った。阿吽の呼吸、逃げるにしては随分清々しく潔い。モワモワと立ち上がる土埃に視界が遮られていく。その中でユーリは魔狩りと呼ばれたがたいのいい男の瞳にギラリと捉えられる…あまりいい展開を予想できない。 「エステル、俺たちも行くぞ!どっちにしろ砦には戻れねえ」 「はい!」 「わんっ!」 2人と1匹もその後を追った。 追った先は鬱蒼と木々の生い茂る、クオイの森。少し歩いたところで、あの少女を発見した。 「なんだ。またお主らか」 「がるるー」 「よせレオ。…ただでさえ薄気味悪い森なんだ。その唸り、反響して不気味」 「ぐう」 「で? お主ら、私に何か用でもあるのか」 少女は腕組みをして率直に尋ねてくる。その横でしゃんと寄り添うように、或いは守るように狼は彼女にぴったりくっついている。その視線は明らかに敵視だ(特にユーリに対して)。 「下町で魔核を盗んだ奴と聞いた情報とがお嬢ちゃんに類似してたもんでね」 「で? 疑いは晴れたのか」 「さあな?」 その表情を見れば疑いではない視線だということはわかる。なるほど、少女は口角を上げて笑った。 「全くとんだ人違いだ。私はルー。ルー・グラナートロートだ。こっちはレオ、私の相棒だ」 「がふっ!」 レオはユーリに対して威嚇するように一鳴きした。それを鼻で笑いつつ、余裕綽々にユーリも続いた。 「ユーリ・ローウェルだ。女顔で胸元露出がチャームポイントだ、宜しくな」 「…こいつ根に持ってやがった。ルー、俺こいつ嫌い」 「レオ、人前では無闇に言葉を話すな。癖になるぞ」 が、遅かった。エステルの目が爛々と暗がりの中輝いている。 「狼は言葉を話せるんですね!私初めて知りました」 「そうだぞー。狼は言葉を話せる生き物なのだ」 「そうなんですね!不思議です!あ、私エステリーゼといいます、エステルと呼んで下さいね!」 「…」 「なんだ、ユーリ・ローウェル?」 「いや、いい性格してんなと思ってな」 「そうか、誉め言葉だな」 「…」 幼いながらにその口調、得体の知れない少女であれ、ユーリの心中は新しいものを見つけた時のように仄かに揺らいだ。自分と著しく身長差のある彼女を見下ろせば、大きな瞳でじっと見た後屈託なく溢されたルーの笑顔に、幼さとはまた違った…何かを垣間見た気がした。 箒星の行方 (で、その犬はお主の相棒か?) (ああ、ラピードだ) (ほお。イケメン犬だの) (ガーン。俺というものがありながら!) (お前結構面倒なやつだな) prev|next|top |