「がう…ここ血の匂いがする、くさっ」
「嫌な匂いだな。確かにこんな土壌では枯れたくもなる」


 ハルルの樹の下、レオはくんくんと地面を掘る。ふわりと浮かび上がる匂いにゲーと舌を出した。その様子を影から街の子どもたちが数人、びくびくしながら覗いている。やがてその中の一人が決心したように歩いてきた。


「やいそこのウルフ!また街をおそう気だろ、そうはさせないぞ!」


 少年のビッと向けた木枝の先。見上げたレオに少年の喉からごくんと息を呑む音がした。レオはむっとした顔になって呟きをこぼす。


「俺をそんなものと一緒にするな、このがきんちょめ」
「レオ静かに。…私がなんとかする」
「頼んだぞルー。びしっと言ってやれ」


 ルーは両手を腰に当てて憤然と言い放った。


「このこはウルフじゃないぞ、犬だ」
「いっ…いぬううううう!?…げふん!」


 静かに、とレオの頬にルーの平手が飛んだ。街の子どもたちはといえばあからさまに胡散臭そうな表情でレオとルーの顔を交互に見やる。


「うっそだあ…そんなモサモサした尻尾で恐い顔の犬いないよ!」
「モサモサ、恐い顔…」


 自慢の尻尾をはためかせてレオは前脚で顔を覆いながら項垂れる。


「本当だぞ、少々強面だがいいこだ。ほら、レオお手」
「…がふ」
「おかわり」
「がふん」
「おすわり」
「がふー」
「な、どこをどう見ても犬だろう?」


 じーっと様子を窺ってしばらく、こくんと頷いた少年を合図に隅に隠れていた子どもたちが4、5人わらわらと集まってくる。レオはまわりを囲われて、子どもたちの好機な目の中を晒されることになった。レオは仕草に犬っぽさを出して観念したかのように力を抜いて地面に伏せる。


「がうー…(いでででで、おいこら耳引っ張るなこのチビども)」
「でもよかったあ、魔物じゃなくて」
「もし魔物がきてもおれたちでおっぱらおーな!」
「うん! 武器もそろえたし、みんなでハルルをまもろお!」


 レオを見ただけで足を震わせた子たちが、簡素な木剣を握って粗の多い素振りを始める。その様子を見てルーはやるせないように腕を組んだ。きゃきゃとレオにじゃれつく子どもたちを見ればその気持ちは際限なく強くなる。




こんな時に、あの力が使えたら



 
 無意識にぎゅっと拳が握られ、体が小刻みに一度震えた。レオが何かを咎めるような視線でルーを見上げる。わかっている、そう頷いてルーは瞳を閉じた。どくりどくり。閉じた視界の中、体に巡る鼓動をそっと抑え込む。



 しばらくして、その肩を後ろからポンと叩かれた。


「ユーか。どうだ? 探し人はみつかったか」
「いや、どうやら入れ違いだ。ここで待ってりゃ戻ってくるだろ」
「そうか」
「浮かない顔だなルー。…ま、そうもなるか」


 ユーリは腰に手を当ててハルルの大木を仰ぎ見た。時々風が静かに吹いて、木々のこすれ合う音がする。その音は、なんだか物悲しい泣き声のようだった。


「なあ。待つ間、この樹を元に戻してやらねえか」
「え?」
「怪我治してもさ、結界が直らねえと今度はそこのガキたちが怪我するかもしれねえし」


 偶然だと知りつつ、気持ちを代弁されたようでルーは少しだけ驚いた。むしろ同じ気持ちだったことをほのかに嬉しいとも感じる。


「私も同じことを考えておった」
「はは、そっか。そんじゃ原因でも調べるとしますか」
「原因なら。ほれ、これだ」


 足でけるようにして地面を掘る。うっすらと赤黒い色を滲ませた土がふわりと浮きあがった。


「そういやこの村、魔物に襲われたんだっけな。討伐した魔物の血…か」
「多分な」
「この土をなんとかできたら…って骨が折れそうなこった」
「いや。そうでもないかもしれんぞ」


 ルーはすっと道の下を指さした。その先を伝っていけばある人物にぶつかる。その人物とやらはちょこんと座り込んで頭を抱えて項垂れていた。





「あのカロル? …だいじょうぶです?」
「はあ…やっぱりもう行っちゃたのかな…見せてあげたかったのに、満開になったハルルの樹…もうおしまいだ…なにがなんでもおしまい…」


 坂を下りた時に合流したエステルがそっと名前を呼んだがカロルは気付いていない。うずくまってぽそぽそ呟くカロルにレオがそっと近づいた。そー…っと…近づいて


「がう!!」
「うわあああ! なに!? びっくりしたあ!」


 ざーっと勢いを付けて後ずさるあたり相当驚いたらしい。…やっぱりそれだけレオの顔が恐いということなのだろう。


「おいこら」


「なあキャロル。その満開にできる方法とやらを教えてくれんか」
「え?」
「エッグベアの爪も、そのためなんだろう?」
「…ルー知ってるの?」
「いや知らん」
「え」


 頓狂な返事にカロルの口元が少々引きつったけれど、ルーは構わず話しを続ける。


「でもその爪が合成の材料になるのは知っておる。あんまり詳しくはないからの、何を作るかまでは知らん」
「パナシーアボトルだよ。土に染みついた魔物の血…それを吸い上げたから樹が枯れ始めたんだきっと。だからパナシーアボトルで浄化できれば、多分」


 それを聞いたエステルが頬を高揚させながら歓喜の声をあげた。


「それでハルルの樹が治るかもしれないんですよね! やりましょう、カロル!」
「…信じてくれるの? ボクの話し」
「嘘ついてんのか?」


 ユーリの言葉にカロルはぶんぶんと首を横に振った。ぱっと見上げたその顔はいくぶんも晴れやかだった。


「合成するにはあとニアの実とルルリエの花びらが必要なんだ。ニアの実ボク全部使っちゃったからまた森に…」


そう言うカロルの前にすっとニアの実を差し出すルー。


「あれルーなんでニアの実持ってるの?」
「朝摘んだやつの残りだ。おやつに食べようと思って」
「ニアの実おやつにするとか…どんな味覚してるのルー…」
「同感だ、カロル」


 ルーからニアの実を受け取ったカロルは、次にルルリエの花びらを貰いに村長の家へと駆けだした。私も行きます、とその後をエステルが続く。


「あ。合成したらすぐ持ってくから、先にハルルの樹の下で待ってて!」
「張りきり過ぎて落とすなよ、カロル」


 途中振り返ったカロルは再び一目散に駆けていく。やれやれとその後ろ姿を見送ってユーリはルーに向き直った。


「そうだ。ルーこれ、ありがとな」
「いや。役に立ったか?」
「ああ」


 受け取ったのは、ハルルを訪れた時にユーリに手渡した麻袋。


「それ。ルーが作ったのか?」
「そうだ」
「変わってんな、こういう回復の仕方」
「あー…。私は…まあ、その治癒術の素養がからっきしらしくてな」
「そうなのか?」
「ああ、でも旅をしてて治癒術が使えないのは不便だろう。だから回復系アイテムの合成とちょっとした薬草学。かじった程度の知識でもあれば便利だと思ってな」
「へえ…。なるほど」


 なにかおかしなことを言っただろうか。そんな目で見つめ返せば、別に、と返された。どうやらユーリに迂闊なことは言えそうにない。なにせ勘のいい男だ、ルーはその時初めて直感した。

 けれど気付いたところでそれを口には出さないんだろう、ユーリというこの男は。


 この力は使えぬ。
 使いたくても、使わないと決めたから。


 ルーは喉の奥にある言葉をのみ込んだ。それを嗤うように、くたびれた微風が大樹の葉を散らし始めた。



愁嘆の軟風
(今度それ俺にも教えてくれよ)
(ああ。いいぞ)

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