「なあ、レオ」 歩調は依然速いままざくざくと小気味良い足音が鳴る。促すように呼びかけられた狼は容易くその意味を汲み取っていたらしい。 「魔導器のことか?さっきの銀髪野郎のことか?」 「両方だ」 愚問だというように淡々と告げたが嫌気こそ挿さない。どことなく急くように促す視線がレオに注がれた。 「あの魔導器、まあ従来の物じゃあないな。呪いの森の正体はあれだろう」 「やっぱりか。壊れていてもまだそれだけのエアルが色濃く残っていたんだな」 「反対に劣化したことでマイナスに作用したのかもな。まあ理由は幾らでも推測できる」 「エステルが近付いたことで干渉されたともな」 「目敏いぞ、ルー」 昨日のことだ。 ユーリたちと出会う直前、デイドン砦付近を魔狩りの剣の目を潜って逃れていた。そして現れた主の暴走を留めようと草原に駆け出した。その時―…匂いを、エアルを感じた。レオの嗅覚が善からぬものを感じ取ったのかひくひくと震える鼻先。優しい陽だまりのような、仇なす力。その微弱な力を放っていたのがエステルだった。それに気付いた時、正直ルーは困惑した。 「なに、レオも気付いてたんだろう? エスティのこと」 レオはその問いにふっと息を吐く。肯定の意味でいいらしい。そうか、と少々苦い顔をして、浮き上がる雑念を払うようにルーは首を横に振るった。 「俺がその場にいたんだ。まあ間違いない」 「…」 「いいのか? あいつらと一緒にいても」 「いいも悪いもまだ始まったばかりではないか」 受売りだがな、とユーリの言葉を思い出してくすりと笑った。横目で見やるレオに悪びれた風情もなく。狼は怪訝そうに瞬きをして眉根を寄せる。 「…ルーがいいならいいけど。薦めはしないからな。少なからず…いつかは"あいつ"が来るぞ、エステルの力の感じ取って」 「その時はなおさら。私がいた方がいい」 「そりゃそうだけど」 「レオ」 諭すわけでも沈黙を促すわけでもなく、ただルーは名を呼んだ。 「別に一緒にいることに深い理由はないぞ。そうしたいのか、したくないのか。ニ択なだけで私は前者を選んだまでだ」 「とかなんとかいって、どうせルーがほうっておけないだけだろ」 「はは、まあそう言うな」 続いてレオはもう一つの疑問をやや面倒そうに零していく。 「で銀髪のことだっけな。…あいつが魔導器のエアルを収めた。恐らくあの剣を使って」 「あれは一体なんだ?」 「さあな。害はなさそうだけど、得体が知れない。ルーもこれ以上関わるなよ」 ただでさえお前は面倒に関わりたがるんだ、と言おうとしてやめた。レオのふんとそっぽを向いた仕草でルーは気付いてしまったけれど。 「レオ、すまんな」 「ふんだ」 レオの心配もわかる、それが自分を案じてくれているということも。けれど性分というものは簡単に変えれるものでもないし、彼もそれをわかっているからこそ最後には黙ってついてきてくれる。言葉を介さなくても伝わる確信があったけど言葉にしたくて"ありがとう"を口にしたら、レオは照れ隠しにかさらにツンと目を反らした。ついでに話題も変えた。 「ところでだ、ルー。今朝のこと、あの若造に何か用でもあったのか? 先に戻ったのには訳があるんだろう。俺はてっきり"やっぱり一緒に旅したくない、ばいばい"って展開を期待してたんだけど」 「なんだ。わかっておったのか」 当たり前だ、とレオはなぜか得意気にふんと鼻を鳴らす。ルーは少しだけ考えて口を開いた。 「ユーには昨日の晩あの姿を見られたからな。気味悪がられていると思っておったし、話しておきたかったのだ」 「ふーん」 「…」 「…」 疑問符を浮かべてお互い視線が合致する。 「…」 「…え、見られたのか?」 「ああ。見られた」 「大人になったルーと、…チビになった…俺の姿も?」 「見られた」 再び森には轟くような叫びがこだまする。狼の雄叫びがぐわんぐわんと響き渡った。カロルといいレオといい、その騒がしさなら呪いの由縁すらも掻き消すことができたかもしれない。反響して不気味な不協和音を作って森の中に馳せる。流石にルーも悪寒を感じてレオの口を手で覆った。 「もが」 「うるさい」 すると 少し離れたところから人の声を聞いた。ルーはその微かな声を拾い上げようと聞き耳を立てる。その集中は無意識のままレオの口を更に押さえるかたちになる。それは酸素の行く手を阻んでいて…レオが苦しそう。 「なななななんだ今の声は!」 「やっぱり呪いの森であ〜る!」 「幽霊なのだ〜!」 「馬鹿者!シュヴァーン隊ともある奴がそんなことで怖気づくでない!ユーリ・ローウェル、この森に入ったことはわかっている。素直にお縄につけい!」 「今なら…ボコらないのだ〜」 「ええい、情けない!」 どうやら3人組の男らしい。 「もが!」 「あ、すまないレオ」 ぱっと離してやる。そして先ほどの会話に、うむ…と腕を組んで考えるルー。 「ユーは追われておるのか?」 「俺が知るか」 とりあえず雑木を手繰り寄せて道を塞いでおいた。出口を通せんぼ。うん、なんだかいいことをした気がする、勿論ユーリ限定で。その横で息を整えるレオの口から恨めしそうに 「…これもそれも全部あいつのせい」 と愚痴が溢されていた。 ・ ・ ・ 「お、丁度だな」 ハルルの手前で、ようやく追いついたルーとレオ。やつれたような顔をして、ちらりとユーリに目を向けたレオはさも嫌そうに大きな溜め息をつく。それを事も無げににやりと笑ったユーリに舌を鳴らした。 「若造、お前なにしたんだ。器物破損か詐欺か密輸か胸元露出の猥褻行為か!?」 「どうしたよ。なあルー、レオの言葉翻訳してくれ」 「3人くらいかの、男が森でユーを探しておった」 「!?…まじかよ、ルブランの奴ら、結界の外まで追ってきたのか」 一度困惑したような表情が広がったものの、ユーリはすぐにまあしょうがないといった風に飄々と流して微笑を浮かべる。代わりにカロルが驚きの顔を作った。 「ねえユーリ追われてるの? なんで!?」 「脱獄だけなのにな。ま、気にするなカロル」 「気になるよ」 仄かにビクついて、そお…とユーリの顔を見上げるカロル。事も無げに上から溢されるのは相変わらず崩れないポーカーフェイスだけだ。それに便乗するようにルーが一言。 「大丈夫だ、キャロル。道塞いでおいたから」 「(カロルだよ…)なにその大丈夫って? かわいそうだよ! もしかしてルーも犯罪に荷担を…!?」 「いやー、少年は面白いな」 「からかい甲斐がある」 「え、ちょっと何、からかわないでよ!」 進む足はハルルの入り口で止まる。ルーはカロルの困惑に大して気にも止めずに(止めてやれ)街の外観を見上げた。そして目を丸くして一点を指す。 「キャロル、街の結界がおかしいぞ」 「(もうキャロルでいっかな…)うん、丁度満開の季節で結界が弱まってるところを魔物にやられたんだ」 「満開の季節に結界が弱まるのか?」 ユーリの問いにカロルとルーは同時にこくんと頷いて、その横にいるエステルが補足をする。 「確かハルルの樹はこの街の結界魔導器なんですよね?」 「樹が結界なのか」 「はい、魔導器と融合した時に特性を身に付けて進化した樹だそうです」 「なるほどな」 「魔物は追い払ったけど…今度は樹が枯れ始めちゃって。…だから僕エッグベアの爪を」 項垂れながら言い掛けるカロルの横を、今し方女の子がさーっと走って行った。その後ろ姿を見てなにやら慌てた様子で 「あ!…ごめんボク用事が、じゃあね!」 そう言ってカロルは一足早く街に駆けて行った。 「勝手に忙しいやつだな。じゃ、エステルと俺はフレンを探…」 ハルルの街に入るや否や、エステルは一目散に怪我人のもとへ走っていった。はあ、と肩を落とすユーリ。 「大人しくしとけって。それにフレンはいいのかよ…ったく。なあルー俺たち」 「ユー、私はハルルの樹が気になる。用が済んだら声かけてくれ」 そうだこれをやる、とユーリに何やら麻袋を渡してルーはぱたぱたと坂を駆けあがって行った。 「…」 「わふん」 慰めるようにラピードが一鳴きした。手渡された麻袋の紐を解くと、中には2つの小瓶。片方には丸薬、もう片方には薬草をペーストしたような塗り薬が入っていた。独特のツンとした匂いが鼻をつく。瓶に張り付いたラベルに走り書かれた文字を読む。滋養に丸薬、怪我に軟膏。だそうだ。ぱりぱりと頭を掻いて、ユーリは怪我人の手当てに勤しむエステルに目を向ける。 「…。ったく」 ルーの無言の言葉を受け取って、ユーリは怪我人の手当てを開始した。ちゃっかりと森を塞いだ貸しを還元させている彼女の器用さに、内心笑いがこみ上げて思わず頬が緩んだ。 頂上に駆け上がる彼女と狼の後ろ姿を、一度だけ横目で見上げながら。視界に貫禄と慈しみに溢れたハルルの大木が映る。その姿はすっかり元気をなくしていて、風に乗って草臥れた葉がふわりと散った。 花街に凪風 (…あの結界が直らねえことには、…さてどーすっかな) 110321up prev|next|top |