「エース、よかったな出番だぞ」
「エ…エースの見せ場は最後なの!」
「ぷ」
「今笑った!?」


 同時にぐるぐると発されるエッグベアのわななき。再び強張るカロルに呆れ混じり半分面白さ半分、思わず口角が上がった。頃合いを見計らって、半分に折れてしまったカロルの剣を拾う。ふむと、品定めするようにくるりと剣を眺めて利き手に持ち返た。


「レオのいない戦闘か、レアだぞ」


 言うが速いか、それを魔物目がけて乱雑に振り上げる。その攻撃を難なくかわされて、おっとっと…ルーがよろけてぺしゃりと尻もちをついた。不慣れと剣の重さにバランスを崩したところをユーリとラピードが補うようにして参戦する。負けじと再度構え直してトコトコとエッグベアに近づいては剣を振り動かした。

 その様子をカロルがポカンとした顔で見上げている。彼女の剣の扱いはけして華麗なものではなかったが、明らかに場数を踏んでいる。その一太刀一太刀に、培われた戦歴が目に浮かんだ。


「ルー、大丈夫か?」
「ああ、なんともない」
「砦で主に使ったやつ、あれしないのな」
「あの技結構しんどいんだぞ。それに毎回秘奥義出すやつがあるか」
「秘奥義だったのか」
「ああ、しかもMP消費が半端ない」


 無駄口という余裕も然り、咆哮するエッグベアを倒すまでに大した時間は掛からなかった。ずしんと倒れた音に飛びあがったカロルが間の抜けた言葉を溢す。


「すご…エッグベア倒しちゃった」
「キャロル」
「え? ななななに?ボク、カロルだってば…」
「用があったんだろう、この魔物に」
「う、うん。ねえ、もう動かない?」
「多分」


 眉根を潜めてさも嫌そうに、カロルはそろそろと倒れた魔物に近づく。パキリパキリと爪を折る音は軽快そのもので、必要な分だけ取り終えた頃には妙な自信も一緒に取り戻していたようで。


「2人ともありがとう!ま、エースの出番は必要なかったのが残念だったね、うんほんと」
「そうだな、いやほんと残念だわ」


 ユーリが今にも溢しそうな欠伸を噛み殺す。さて、と一息ついたところでユーリとラピードは森の奥へと歩み出した。待って、と言い渋るカロルをルーは腕組みして待っていた。


「来るなら早くせんか」
「う、うん!」


* * *



 森を進んでしばらく、レオとエステルをの姿が見えてきた。その様子を確認した途端、ルーは素早くその場に駆けだした。その先にエステルが木に寄りかかるようにして項垂れている。申し訳なさそうにしっぽを下げて、エステルの傍についているレオがその足音に気が付いて顔を上げた。


「ルー!」
「レオ、どうした? エスティ…?」
「その魔導器のせいだ。すまん…エステル一人置いてくわけには行かなかったからここで待ってた」


 レオは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。ルーは促されるまま、指された魔導器に視線を向けた。


「エアルに酔ったのか」
「ルーも近寄ったら駄目だぞ。結構濃いから」
「エステルは大丈夫なのか?」
「ああ、直に目を覚ます。心配ない」


 そろりとユーリの影から顔を覗かせるカロル。それを訝し気に見つめる狼の瞳が捕らえていた。


「ん、このガキんちょ…魔狩りの…隅っこにいた奴じゃないか!なあルー、噛んでいい?」
「ちょっと、ねえルー止めさせてよ…。ってまた隅っこって言った!」
「キャロル、その前に驚くことはないのか? いやないなら別にそのままでいいけど」
「(ボク、カロルなのに)え?何が? …あ」
「あ」


 レオも同じくはっと気付いて、片脚を口に添えてしまったという顔になる。何度目かわからないカロルの叫びが響き渡った。狼がしゃべった、と。その叫びはいいリズムに乗って森の中をエコーする。



「お騒がせしてごめんなさい…もう大丈夫です」


 むしろ騒がせたのはカロルだったが、ハルルに向かう道すがら、目を覚ましてしばらくにこやかに笑うエステルがいた。少しだけ無理をしている表情も声色も手に取るようにわかって、ルーはエステルを心配そうに覗き込む。


 その時、ユーリの視点がルーに止まった。


「待てルー、今気付いた。頭の赤いのがねえぞ」
「ん…?…本当だ! 落としたのかの、設定にもちゃんと記しておいた私のチャームポイント」
「設定っておまえ…。直接的すぎんだろ、もっとオブラートに包め」
「とにかく。すぐ追いつくからキャロルと先にハルルに向かってくれないか。エステル、無理するんじゃないぞ。ほら行くぞレオ」
「がう!」
「(カロルなのに…)」
「忙しないやつ。んじゃ、案内よろしくな。カロル」


 カロルを先頭に進むユーリと反対に踵を返して、ルーとレオは元いた道へ歩を進めた。



 エステルが倒れていた魔導器の近くまで着く。入り組んだ道の先に見慣れた赤いフードがペソリと地面に落ちていた。まるで宝物を見つけたかのように瞳を輝かせてそれを拾い上げた。慣れた手付きで頭に被る。

 これでよし、と元来た道を戻る足が。止まった。不可思議な、ふわふわと浮き上がるような圧と押し通る風に髪が波打っている。


「なんだこれは」


 風に誘われるように近づいた先は、先ほどの魔導器。それだけなら驚くこともなかったはずだ。しかし今そこには人がいる。手に持つ剣に飲み込まれるように、森一体の風が流動する。思わず声が出た。


「お」

「む」


 振り返ったのは、どこぞの童話から抜け出してきたような貴公子。深紅の服に、流れる銀髪がよく映える。その存在自体がまるで稀有に思えるほど、端正な顔に纏う雰囲気はよくも悪くも異質に感じた。ただし、居心地の悪さはない。秀逸でどこか謎めいた横顔に不躾と知りつつ目が離せなかった。


「私はルー。ルー・グラナートロートだ。お主は?」


 気付けば名前を告げていた。その様子を対して気にも留めないのか、それよりも他のことに気を取られているのか(見た感じそうだとルーは思った)、けれど続けて銀髪の美青年は口を開いた。


「…デュークだ」


 思いのほか低く、思いのほか無機質に近い声。風の吹かない森の中、生温いようなまどろみと錯覚するくらいの雰囲気に続く言葉が見つからない。しばらくの沈黙のあとに言葉を発したのはデュークのほうだった。


「その狼」
「ん?」
「…君と同じエアルを感じる。いや、その逆か」
「!?」
「君は狼と、…同じだなルー」


 確信に近いことを言う割にオブラートで包む言い方をする。嫌悪感は抱かないにしろ、なぜだか額に汗が滲んだ。脈打つ音が一層際立って鳴り響く。それを噛み殺すように噤んで、首を横に振った。


「さあな。お主が何を言いたいのか、私にはよくわからん」


 彼の、何かを見定めるような視線が挿す。風切り羽根の持つ鳥に似る、優雅で繊細な視軸は切っ先に紛う鋭さを兼ね備えている。デュークを背に、ざわめいたのは森の唸りか鳴くはずのない風の音か、それとも。重たい静寂から連れ出すように、レオがルーの裾を引っ張った。



銀髪に魅了
(…じゃあな、デューくん)
(待てルー、今目が笑ってなかったぞあいつ!)
(なに…遠回しに私のネーミングセンスにケチ付けるつもりかレオ?)
(違っ!ああもうさっさと行くぞ!)

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