松夢 | ナノ
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いい子ぶりっ子を見て笑え


「今日名前をここに、このスタバァに!呼んだのは他でも無い。さぁて姫は……何をご所望かな?」
『カラ松、お店の中ではサングラス外す約束』
「す、すまない」

珍しくデートの場所を指定してきたカラ松。指定した場所に来た私に対する第一声がこれである。

仰け反るようにソファー席に腰掛け、組んだ足を揺らす度にスパンツのスパンコールがキラキラと反射する男。正直帰ろうかと思った。しかし遠慮がちに店内に入ってきた私を捉えるなり、すくっと立ち上がり席までエスコートをし始めたものだから帰るに帰れず、結局大人しくついて行くしかない。
周りの客にはじろじろ見られるし、たぶん歳もそんなに変わらない社会人と見られるお姉さんからは「可愛い」と囁かれたものだから、恥ずかしくてしょうがなかった。
席に辿り着くとまず私を温めてあったソファー席に座らせ、私が座ったのを確認してから自分の椅子を引く。こんな術、どこで覚えてきたんだろう。とにかくカラ松は生き生きとしていて、とても楽しそうだった。


「来週は名前とオレの付き合って3ヶ月記念日だからな。何かをプレゼントしたいんだ。気を取り直して……ダイヤか?ルビーか?」
『カラ松、それまさか掘り当てに行くつもりじゃないでしょうね』

働いてないのにどうやって買うのよ〜、なんて回りくどいことは言わない。この単純思考の眉毛(本人曰くチャームポイント)のことは、これでもしっかり理解しているつもりだ。変に気を使いお世辞を並べれば付け上がるし、何よりも言葉をそのままの意味で鵜呑みにしすぎる。

『この前兄弟のために雪解け水持ってくるっていって風邪ぶりかえしたばっかりじゃない。しかも今回はわけが違うんだよ、雪じゃないんだよ!日本国内じゃきっと取れないよ!パードゥン?』
「いや」

納得というよりは9割私に気圧されたカラ松は腕を組み直し、静かに座り直した。

「じゃあ何をしてほしい、何でも言ってほしい」
『カラ松がどんなことまで出来るのか私わからないもん。例えば松ビルの最上階のフレンチディナー』
「松ビルか……善処する」
『ちょっ嘘、嘘だってば。今のは私が悪いけど、適当に頷きすぎるのもよくないよカラ松』

松ビルといえば、赤塚区の中心地区に立つ超現代的なオシャレビルだ。売り物の平均価格は平気で万越えだし、1番高いものだと億の値がつくという噂まである。
とてもじゃないけれど私達が足を踏み入れられる場所ではないし、入ろうにも似合う服だって持っていない。そもそも一般人が入っていい場所なのかも定かでない。

「遠慮しなくていいんだぜ」
『だってカラ松が求めてるものと出来ることの検討がつかないんだもん』
「でも、本当に名前の希望を叶えたいんだ。何でもいいから言ってくれ」
『なんでもなんて、期待させるようなこと言っちゃだめだよ。カラ松』
「名前、名前はオレに期待してないのか?」


話が飛びすぎだ、なんていつもだったら笑って返す筈だった。いや、今だって私はそう返すつもりだったんだ。違っていたのは私とカラ松。
先程までのトーンが失われた声にカラ松の目を見ると、その目は真剣そのものだった。私とカラ松のいる場所だけ音が遮断されたみたいだ。一方的に私がそう感じただけかもしれないし、カラ松がそんな空気を作ったのかもしれない。

『……っそういうつもりじゃ』
「まぁ仕方がないな。オレはニートだからな」

こんな寂しい顔をさせたかったわけじゃない。無理やり笑顔を作ったカラ松はとても痛々しかった。ただカラ松は優しすぎるし無理をしすぎるから、それを伝えたかっただけなのに、カラ松が目を背けられない部分に無意識に踏み込んでしまっていたのだ。
ほら私はいつもそうだ。雲行きが怪しくなってからしか相手の気持ちに触れることができない。

「まぁないなら仕方がないな」

結局その日はそれ以上この話をすることもなく、2、3時間おしゃべりをした後、いつも通り別れた。
カラ松はその間ずっと上の空だった。



****

ポロン

LINEの通知が鳴り響く。まぁ今返さなくてもいいかな、なんて思ってそのまま雑誌をめくる。

ポロン

ともう一度通知音が鳴る。たぶんスタンプでも送られてきたのだろう。

ポロン、ポロン
ポロンポロンポロンポロンポロンーーー


『だれ!!』

思わずスマホを手に取ると、突然スマホが振動し始め着信中の画面が表示される。

『うるさいよトド松!今何時だと思ってるの』
「名前ちゃんこそカラ松兄さんに何言ったの!」
『何って……』

今日のデート中、始終上の空で何か心ここに在らずだったカラ松を思い出す。カラ松をあんなにさせてしまったのは、その前に私が言った言葉が原因だ。

「カラ松兄さん、このままだと臓器売りそうなんだけど」
『はぁ?!?!』


****

時計の針は11時を指す。息の凍るような寒さの中、帰路につくサラリーマンを追い越し光輝く店先を抜け、走って走って、走った。ようやく着いた頃には周りの家々の電気は消え、ぜいぜいと喘ぐ自分の呼吸音だけが夜の帳に響く。

『トド松!』
「名前ちゃん」

寒い中、玄関先で待ってくれていたトド松が静かに玄関に通してくれる。靴を揃えるのも忘れてしまうくらい慌てて家の中に駆け込んだら、トド松にだらしがないと漏らされる。
カラ松は部屋の中にいるらしい。締め切った襖を今すぐにでも開けたいが、それもトド松がそれを許さない。入る前に事情を説明しろとのことらしい。
全て話し終えると、トド松は全身から息を吐き出すように大きくため息をついた。

「ねぇ、あそこのビルのディナーいくらすると思ってんの。ボクらのお小遣い知ってる?」
『だって冗談だったんだもん』
「名前ちゃん、カラ松兄さんに冗談が通じるとでも思ってるわけ?」
『思ってない』

そんなことトド松に言われなくたってわかってる。偉そうに腰に手なんか当てちゃって、トド松むかつく。ぶすっとむくれていると、「名前ちゃんのそういう態度、良くないよ」と遠慮なく頬を引っ張られる。

「全く、今日に限ってみんな帰ってこないし、ボク1人で止めるの大変だったんだからね。反省してよね」
『トド松、ごめん』
「とりあえず2人でちゃんと話しなよ、ね。ボクが部屋の前で見張ってるからさ」


襖を開けると、もわんとした空気を顔に感じた。トド松が暖房を入れたのか、暖かい部屋が凍えた指先をじんわりと溶かしていくのが分かる。
カラ松はぽつんと部屋の真ん中で正座をしていた。

『カラ松、きたよ』
「っどうして名前が、外はこんなに暗いのに1人で来たのか?」

突然の彼女の声にびくっと肩を上げ、カラ松が振り向く。
きっと銭湯に行ってきた後なのだろう。乾かさずにそのまま冷たくなった髪がくしゃりと頭の上で情けなくしなる。鋭い角度がチャームポイントの眉も今はハの字に下がり、ちっともかっこ良くない。

『カラ松』
「……」『カラ松!』
「ひっ……なんだいハニー」
『カラ松こっち向いて、こっち来て』

がばっと腕を広げてみせると、カラ松はぽかんと私を見た。もっとこっちに来るように目で訴えかかると、おずおずと畳を這ってやってくる。その距離が私の手が届くところまで縮まった時、私はカラ松に飛びつくようにして抱きしめた。

「名前、なに……」
『私がカラ松にされて嬉しくないことなんてあると思う?』
「ない、のか」
『ないわよ』
「でもオレは」
『不安そうな顔しないで』

カラ松が不安そうな顔をすると私が不安になるから。私はカラ松の寂しい顔を作りたいわけじゃない。なんてエゴにまみれた女だろう。それでいて、私はカラ松がとても大好きだ。

『私はカラ松がしてくれることは、なんでも嬉しい』

肩口に顔を埋めたカラ松はくぐもった声で“好きだ”と口にする。腕の中でもぞもぞと動くパーカーから柔軟剤の香りが広がり、首元を掠めるカラ松の髪がこそばゆい。

「名前キス……したい」
『してもいいよ』
「でも、前うちでするのは嫌だって言っただろ」
『今はいいの』
「そうか、じゃあ遠慮なくさせてもらう」

キスに遠慮も何もない。けど、確かにカラ松は遠慮しなかった。目を閉じきらないうちに重ねられた唇に思わず小さく声を上げる。こんなキス、私は知らない。

『か、ら……っん、て』
「っはぁ……待てない」
『んん……ぅ』

オレ名前のこと好きなんだ、と掠れた声を挟みながらもカラ松は息つく暇も与えてくれない。体重を支えられなくなった腕がずるりと畳を擦る。体勢を崩した私の体はカラ松の片手で軽々と支えられた。

『ま、て……カラまっ、すとっ……う゛』
「おい名前、大丈夫か」
『……舌噛んだ』
「なに大丈夫か、見せてみろ」

言われるがままに顎を突き出し、覗き込むカラ松の前で舌を出す。カラ松と触れ合っていた舌が唇がじわじわととても熱い。きっと間抜けな格好してるんだろうなぁとか、トド松が覗いてるんだろうなとか、この状況に素直に向き合えない私は自分は客観視してみるが、考えれば考えるほど頬に熱が集まる。

「名前……」
『ぁに…からぁつ』
「おれ、止まらなくなりそうだ」
『……っそれはだめ!!』

っていうか待って、なんだこの状況。
我に返り、慌ててこの状況を確認する。半分カラ松の膝に乗った私、顔を上気させたカラ松、それから微妙に開いた襖とそこから覗く2つの目。トド松くそ野郎、何が見張っているから安心して、だ。仲良くお仲間を追加して覗きなんて全くいい趣味してる。でも今回ばかりは怒れる立場も気力もない。

『やっぱりこれからは部屋ではやめよう、カラ松』
「名前はキスをすると一層可愛い顔になるな」
『カラ松、これ以上喋らない』
「はい」

少なくともカラ松はこれ以上無茶はしないだろう。問題は解決、きっと来週はとっても素晴らしい日になるだろう。


****

「トド松、部屋の前で何やってんの?」
「しっおそ松兄さん、今中でカラ松兄さんが……えろいチューしてるから」
「えっまじで!俺にも見せろ!ってチョロ松はなんで寝てんの」
「んー途中まで一緒に見てたんだけど、見ていられなくなって倒れた」
「そっかー」


[END]
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