松夢 | ナノ
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色を持たない彼は


黒と白に覆われた部屋も、しんみりした雰囲気も彼には似合わない。うざがられていることが大抵だったけれど、彼の周りから笑顔が消えて変わりに涙が流される日が来るだなんて、いったい誰が想像出来ただろう。

「名前ちゃん、お寿司だよ。食べよーようっ」
『……たべないよ』
「名前ちゃんいくら好きでしょ。早く来ないと兄さんたちが食べちゃうよ」

植木の元でしゃがみ込んだ私の隣に、十四松はちょこんと座り込んだ。膝小僧の出ていない十四松は十四松じゃないみたい。ネクタイを締め、口を閉じているともう誰なんだかさっぱり分からなくなる。
“あっでも名前ちゃんがここにいたいならいいよ。兄さんたちに食べられちゃってもおれがあげるから、心配しなくていいよ”、とお腹の底から真っ直ぐ出た声だけが唯一、隣にいるのが十四松だということを思い出させる。
酷く寒い日だったはずだ。いや、暑かったかも。とにかくその日は星が綺麗で、濃紺の空は吸い込まれるのではないかと錯覚するくらい深かった。

『十四松、部屋戻りなよ』
「名前ちゃんは?」
『私はいいから。十四松もお寿司好きでしょ』
「うん好きー」

十四松がここにきて何分経っただろう。
既に感覚を無くした足の指先を狭い靴の中で動かしながら考える。早く部屋に戻ればいいと思った。時折十四松は、空を見て、もしくは部屋の中を見て地面を見て、独り言を呟く。

「名前ちゃん、今日泊まってく?」
『帰るよ。やることもあるし』
「そっかぁ、やっぱり名前ちゃんは忙しいなぁ。ニートとは大違いっすなー」
『……6人いた兄弟が1人いなくなっちゃったんだよ、なんで十四松は普通でいられるの』

口に出してからその言葉の重みを知った。
普通なわけないだろ。一松の前でこんなこと言ったら、首を絞められていたかもしれない。
誰よりも心優しく、兄弟を慕っていた十四松が、兄貴を失って悲しいと思わないわけがないだろ。本当にその通りだ。自分も辛いのに、必死に元気付けようとしてくれている十四松の特別な思いを、私は知らないわけじゃない。それなのに、あろうことか十四松は、“おれバカだからごめんね”と私に笑顔で返した。

『十四松、ごめんね』
「なんで名前ちゃんが謝んの?おれ全然ヘーキだよ」
『違うの。もう1つ謝らなきゃいけない』
「……何を」
『わたし、ね。これ以上あんた達兄弟と一緒にいたらおかしくなりそうなの』

そっか、と十四松が呟いた。途端に十四松の笑顔に影がさす。
でも、忘れられないの。みんな同じ顔をしてるから、どこかに彼の面影が残っているから。同じ目が、口が、笑うと違う形に変わってしまうのを見ると、いやでも現実を突きつけられるんだ。
これが最後かもしれない。十四松と向かい合い情けなく笑う。この顔とももう、一生のお別れかもしれない。

「大丈夫だよ……兄さんは生きてるから」
『っ生きて、ないよ。十四松も知ってるでしょ』
「生きてるに決まってる」
『なんでそういうこと言うの』
「おれは兄さんがいなくなったなんて……」
『死んだのよ!!』

あぁ、なんてバカなんだろう。何度も何度も自分に現実を突きつけて、必死に認めようとしてる。せっかくこのまま静かにこの顔と別れを告げるつもりだったのに。十四松は酷く傷ついた顔をした。
いったい誰がこんな顔をさせたんだろう。

「死んでないよ。だっておれの兄さんが名前ちゃんを泣かせたまま置いていくわけない。……だから泣かないでよ名前ちゃん」


小さく呟く声が聞こえなかったわけじゃないし、聞こえないふりをしたわけでもない。


****

また、沈黙が戻ってきた。
部屋から漏れてくる話し声と草木が風でなびく音だけが世界を支配する。相変わらず静かな夜だった。
ふいに、部屋から漏れる明かりに照らされた最愛の人は、真っ直ぐ私に手を差し伸べた。いつの間に隣にいたのだと錯覚を起こす間もない。涙でぐしゃぐしゃになった私の顔を、似合わない黒スーツの袖で拭ってくれたのは、紛れもなく彼だった。

『な……んで』
「だから、俺がお前の前からいなくなるわけないっていってるじゃん」
『……、…松…っ』

ぽんぽんと頭を撫でる優しい手のひらも、今にも崩れ落ちそうな私の体を支える腕もびっくりするほど温かい。片方の袖だけでは拭いきれないほど、次々と涙の流れてくる私の目を見て、彼は困ったように笑った。あぁそうだ、私はこの人の愛の深さを知る。
私はその存在を二度と離さないように、目の前にある彼の体をきつく抱き締めた。


“バイバイ、名前ちゃん”


[END]


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