「さあ、お手をどうぞ。お嬢様たち。」
「「え、」」
階段で手を差し出してくる美男子、花房くん。いや、もう……何て言うか。ここまで紳士的な人ってなかなかいないと思う。流石に少しひいてしまった。
天野さんが「いいよいいよ!私、お嬢様なんて柄じゃないし。みょうじさんにしてあげて!」とか言ったせいで、花房君の視線が私へと向けられてしまう。とりあえず天野さん、後で覚えてなさい。
「私もご遠慮するわ…。」
「なまえさん。そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。」
「はあ?別に恥ずかしがってなんかないわよ!」
ああ、もう誰か!この美男子をどうにかして!私がそう心の中で叫んだとき、ちょうど後ろから声をかけられた。
「おい。邪魔なんだけど。」
振り返ると、大きなチョコレート細工を抱えた男子が私達を睨んでいた。そして、そんな彼の後ろには眼鏡をかけた黒髪の男子が立っていた。
この階段はとても横幅が大きい。だから、4人が並列で上り下りすることだって余裕である。それなのに何故私がわざわざ彼のために退かなくてはならないのか。
彼の言葉にムカついた私は、退くことをせずに彼を睨み返した。すると、聞こえてきたのは随分と間抜けな声。
「ねえ、これチョコレート細工?チョコレート細工だよね?うわー!すごい。」
そう。天野さんです。彼女は空気を読まず、彼が抱えていたチョコレート細工に目を輝かせていた。この子、KYなのかな…。男子は、眉間に皺を寄せたまま、「こいつら誰?」と花房君に尋ねる。
「転校生の天野さんとみょうじさんだよ。天野さん、みょうじさん、この二人も同じクラスの樫野と安堂。」
「天野です。よろしくお願いします!」
「挨拶よりさっさと退いてくれ。通れない。」
「え、あ…ごめん。」
いちごが退くと、樫野という男はそのまま階段を上っていった。何あれ、態度悪い。後ろ姿を睨みつけていると、後ろにいた眼鏡の…確か安堂という男子が困った様子で口を開いた。
「ごめんね。あいつ無愛想な奴でさ。天野さん、みょうじさん、ちょっと口を開けて?」
「え?むぐ……っおいしい!」
「!……抹茶キャラメルね。」
「当たり。それ僕が作ったやつなんだ。お近づきの印ってことで、これからよろしくね。天野さん、みょうじさん。」
「僕らも行こうか。」
安堂君から貰った抹茶キャラメルは、抹茶のほろ苦い甘さとキャラメルのなめらかさが絶妙だった。流石、聖マリー学園ね。花房君と安藤君といい、この学校の生徒は才能のある子ばかりだわ。
こんな人達と共に勉強できるとわかり、これから始まる授業に私は心を躍らせた。
「転校生の天野いちごです。よろしくお願いします!」
「……みょうじなまえ。よろしく。」
教室に入って自己紹介をすると、女子が数人此方へやってきた。私は、体を硬直させる。
(うぅ…友達になれるかな?私、素直に話すの苦手なのよね。)
「ねえねえ天野さん達、どうしてあの3人と一緒に来たの?」
「………。」
「え、廊下であったから…。」
「それ、花房君の飴細工だよね。貰ったの?いーなぁ。」
「スイーツ王子からエスコートされるなんて…」
「「「羨ましいー!」」」
「………。」
「スイーツ王子?」
どうしよ。私、まだ何も話せてないんだけど。これ、ちゃんと仲間に入れてるの?不安でいっぱいな私の気持ちなんて露知らず、女子達はスイーツ王子の話で盛り上がっていた。
「華麗なケーキを作る花房五月君!」
「チョコ系が得意な樫野真君!」
「和風作風の安堂千乃介君!」
「3人ともあのルックスで成績もトップクラス!スイーツ王子って呼ばれてるの。」
何も知らない私と天野さんに、彼女達は丁寧に説明してくれた。…なるほど、さっきの3人がスイーツ王子なのね。確かに彼らは、外見もスイーツ作りの技術も、他の生徒とは別格のようだった。
「ね、二人も格好いいと思うでしょ?」
一人の女子がそう言って、私達を見る。よし、今よ!上手く女子達の会話に入って、友達をゲットするのよ!
私は、口を開いた。
「スイーツ王子、なんて……おこちゃまみたいな名前をつけるのね。キャーキャー騒いで馬鹿みたいだわ。別に、そんな大して格好良くないし。」
「「「……………………」」」
私の言葉に、教室が静まった。
(や、やってしまった……!)
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