「聖マリー学園、ですか…?」

「はい。僕の曾お祖母さん、マリー・リュカスが創ったパティシエやパティシエールを育てる学校です。」

「っ、パティシエール…ですか。でも、どうして私を?いくらケーキ屋の娘だからと言って、同じ道を歩むとは限りませんよ。」



私は、動揺を隠しながらそう言った。確かに幼い頃は、両親みたいなパティシエールになりたいと思ったものだ。けれど、それも昔の話である。
今の私にとって、それは辛い思い出だ。出来ることなら、忘れてしまいたい。それに、今はするべきことがある。



「私には、今の生活があります。叔父さん達に恩返しだってしたい。それに、わざわざ過去を振り返って、涙を流したくないんです。やっと、前を向けるようになったんですから。」



私は青年の足下を見ながら、そう言った。ちゃんと私の気持ちは伝わっただろうか?ちらっと青年の顔を見る。青年は、とても真剣な顔で口を開いた。



「貴女は、本当はパティシエールになりたい。違いますか?」

「っ!」

「辛い過去を振り替えたくない、と言うのはよくわかります。しかし、それは只の逃げだ。貴女は、後ろを見ないことを前を向けているのだと勘違いしているみたいですが、実際は目を閉じているだけで何も見えていない。」

「っ、勝手なこと言わないで!!」



かっとなった私は、青年に持っていたバックを投げつけた。しかし、それは簡単にキャッチされてしまう。



「貴女の両親は、聖マリー学園に通っていました。」

「っ!!!?」


(お母さんとお父さんが…?)



私の動きが止まる。青年は、そのまま続けた。



「二人の出会いは、聖マリー学園でした。そこで勉強し、立派なパティシエとパティシエールになった二人はやがて結婚し、店を開いたんです。彼らがずっと夢に見ていた二人のお店を、ね。」

「……それが、何だって言うんですか。私には関係ない。」

「おや、素直じゃありませんね。貴女は、この学園に少なからず興味を持ったんじゃないですか?」

「別に。」



そう素っ気なく答えると、青年はくすりと綺麗な笑みを浮かべた。そして、「昔話が嫌いな貴女には申し訳ありませんが、少しだけお話しさせてください。」と言った。



「昔、千代子さんはこんな話を僕にしてくれました。
『私の誕生日に、娘がエクレールを作ってくれたんです。まだこんな小さいのに、すごく上手だったんですよ。きっと大きくなったら、素晴らしいパティシエールになるんでしょうね。』と。」

「………」

「とても嬉しそうでした。貴女が聖マリー学園に行ったときはよろしくお願いします、とも言われました。」


(お母さんが…そんなことを、)



ずっと目を背けてた。お母さんとお父さんと過ごした幸せな思い出。二人が作ったケーキの優しい味。思い出したらつらくて、泣いてしまう。
けど、お母さんのそんな言葉を聞いてしまったら、また作りたくなっちゃったじゃない。お母さんのために初めて作ったエクレール。



(お母さん、お父さん…。)


(私、ただ逃げてただけだったのね。)


(本当はずっと、叶えたい夢があったのに。)


(……私、)




「私、パティシエールになりたいです。」



それが、私の夢だった。


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