それは夏も終わり、少し肌寒いと感じるようになってきたある日のこと。私は叔母さんに頼まれて小麦粉を買いに街へ出ていた。
街へ来るのは久しぶりだけれど、そこは変わらず賑わっていて、私は胸を撫で下ろす。


(私達がどう変わったとしても、この街は何も変わらないのね。)


それは嬉しくもあり、寂しくもある。複雑な気分だった。
買い物に来たことも忘れ、行き交う人々をぼーと見つめていると、見知った顔が視界に入る。それは、私の両親のお店によくケーキを買いに来てくれていた常連のお客さんだった。

背が高く、綺麗な金髪に吸い込まれるような青い瞳が印象的な男性で。私はお話ししたことがなかったけれど、よくお母さんと親しげに話しているのを見かけていた。



「ん?」

「…あ。」



じっと見つめすぎてしまったのか。その男性は此方に気づいて振り返った。そして、私と目が合った瞬間、彼はその目を大きく見開かせる。



「…貴女はもしや、千代子さんの娘さんですか?」

「……え、あっはい。」

「やっぱり!僕は千代子さんの作るケーキが好きで、よく彼女のお店に買いに行ってたのですが…。」

「はい。覚えています。」



逆にこんな美青年を忘れるはずがないと思う。

青年は、私のことをまじまじと見ながら「そうですか。あのお嬢さんがもう、こんなに大きく…」とぶつぶつ呟く。そんなに見られると恥ずかしいのだけれど。
私が困った顔で「あの」と言うと、我に返った青年は苦笑を浮かべて口を開いた。



「すみません。あまりに懐かしかったものですから、つい。」

「いえ、大丈夫です。確かに、あれから4年は立ちましたからね。」

「今、お嬢さんはおいくつになられたんですか?」

「14になりました。」

「そうですか。家はこの近くに?」

「いいえ。今は、少し遠くにある小さな村で叔母さんと叔父さんと一緒に暮らしています。」



はっきり答える私に青年は、もう一度「そうですか」と返した。本音を言うと、私はこの話をあまりしたくない。理由はとても簡単で、4年前に事故で死んでしまった両親を思い出すからだ。

私の両親はこの街で小さなケーキ屋をやっていた。父はフランス人で、母は日本人。二人はとても仲の良い夫婦で、私はそんな二人が作る優しい味のケーキが大好きだった。
母に色々なケーキの作り方を教わったり、お店を手伝ったり。大変だったけれど、とても幸せな毎日を過ごしていた。……4年前までは。


4年前のちょうどこの時期、事故で両親は死んだ。

それから私は叔父さん達に引き取られ、この街を離れた。叔父さん達はとても優しくて、孤独な私を快く迎えてくれた。だから、私もその恩を返したくて、出来るだけ仕事や家事を手伝いながら暮らしているのだ。
もう、あれからケーキ屋には一度も行っていない。どうなったかは知らないけれど……多分、もう違う店が建っているはずだ。



(悲しくないはずない。けど、泣いてなんかいられない。)


前を向いて歩こうと決めたのだ。両親の死をいつまでも引きずるわけには行かない。青年には悪いけれど、早く此処から立ち去ろう。そして、小麦粉を買って帰ろう。家ではきっと叔母さんが待っている。
私は青年に軽く頭を下げ、もう行かなければならないことを告げようとした。けれど、その前に青年が口を開いた。



「お嬢さん!」

「は、はい…?」


「聖マリー学園に来ませんか?」



それはあまりに唐突で、あまりに突拍子もない話だった。

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