「いちご、帰ってこないね。」
「そうね。」
「……さっきのは、ちょっと言いすぎちゃったんじゃないかな?」
「そんなことないわ。私は本当のことを言っただけよ。」
外はすっかり暗くなってしまったのに、いちごがなかなか帰ってこない。原因は間違いなくさっきのことなのだが…。
シフォンはちらっとなまえを見る。なまえはいちごのことなど気にもせず、自室で英語の勉強をしていた。……いや、きっと本心はいちごのことを心配しているんだろう。しかし、原因が自分にあるということと、彼女の無駄に高いプライドが邪魔をして、素直に謝ることができないでいるのだ。その証拠に、ノートに書かれた英文は所々スペルミスが目立っている。
全く、頑固で素直じゃないパートナーだなぁとシフォンは苦笑を浮かべた。
「ねえ、なまえ。」
「…………。」
「なまえ。」
ちゃんと自分の話を聞いてもらうため、シフォンはなまえのノートの上に降り立った。すぐなまえに睨まれてしまうが気にしない。シフォンは、なまえが何か言い出す前に口を開いた。
「このままじゃよくないよ。なまえもわかってるでしょ?」
「…………。」
「それに、もしこのまま帰ってこなかったら、無断外泊でいちご退学になっちゃうかもしれないよ。それでもいいの?」
「…………。」
「もうっ!いちごは大切なお友達でしょ?!」
「………はあ、わかったわ。シフォン、男子寮に行ってスイーツ王子達を呼んできて。」
「っ、oui!」
なまえが諦めたようにそう言うと、シフォンはぱあっと表情を明るくし、すぐさま窓から飛び出していった。向かう先は当然、男子寮だろう。そんなシフォンを見送ってから、なまえは外に出る準備を始めた。「自分も随分丸くなったものね。」なんて、苦笑を浮かべながら。
そして、数分後。最近、すっかり寒くなってしまったのでコートをしっかり羽織ってから女子寮を出ると、そこにはもうスイーツ王子達が待っていた。
皆の表情を見る限り、まだいちごが帰ってきてないということを既にシフォンから聞いているのだろう。皆、暗い顔をしている。
「シフォンから話は聞いてると思うけど、いちごの姿をあれから見てないの。多分、出て行ったんだと思う。」
なまえがそう言うと、花房と安堂は自分達がいちごに言った言葉を思いだしているのか、決まりが悪そうな顔をした。
「……あのとき、かなり傷つけてしまったかもね。」
「うん、そうだね。」
「たく…ちょっとキツく言われたぐらいで家出するようじゃ、厳しいパティシエの世界でやっていけねぇよ。」
「私も樫野くんに同感だわ。」
この先、もっとつらいことは沢山あるはず。こんなことくらいで凹んでいたら、いつまでたっても前に進めない。なまえがそう言うと、安堂は苦笑を浮かべた。
「いや…樫野やみょうじさんに言われても慣れっこだろうけど、」
「普段優しい僕達に言われたんだ。ショックだったんだろうね。」
「うんうん。」
「お前らなぁ…!」
「…それ、一体どういう意味かしら?」
明らかになまえ達は優しくないと言っている安堂と花房に、なまえは額に青筋を浮かべた。
確かに自分は素直になれず、よく周りの人(特にいちご)に厳しいことを口にしてしまってる自覚はあるが、それでも素直になろうと努力しているし、それを他人に指摘されるのはむかつく。それに、自分は樫野ほど冷たくしてないはずだ。
納得が行かず反論しようとするなまえを、シフォンは「まあまあ。」と宥める。そんなことをしている間も、当然時は過ぎていくわけで。安堂は、身につけていた腕時計を見ると焦った声を上げた。
「やばい。もう寮の門限時間だ。どうしよう、このまま無断外泊になったら退学は間逃れないよ。」
「困ったね。」
「……ちっ」
「樫野くん?」
舌打ちをした樫野は、何も言わずに歩き出す。こんなときに何処へ行くのだろう?不思議に思ったなまえは、彼の向かう方向に視線を移し……ああ、なるほど。と、納得の表情を浮かべた。どうやら、花房や安堂も樫野の意図に気づいたようで、「樫野も素直じゃないね。」と口許を緩ませる。
「樫野"も"って何よ。」
「ふふ、わかってるんでしょ?」
「うるさい。」
なまえは、ふんと鼻を鳴らした。
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