「先生、終わりました。」
只今、実習テスト中。Aグループで一番早く完成させたのは安堂君だった。先生はどれどれ?と此方に歩み寄ってくる。私は自分の作業をしつつも、やはり気になって其方をチラ見した。
(わあ、綺麗…!)
「抹茶のスポンジに、抹茶入りチョコをあしらったケーキです。中には、抹茶ムースとあんこが入っています。」
「なるほど。和テイストが斬新ですね。」
「先生、僕のもお願いします。」
安堂君の次に手を挙げたのは、花房君だった。花房君は、彼らしい薔薇のチョコケーキを。そして、その次に手を挙げた樫野君は、オペラをアレンジしたレベルの高いチョコケーキを完成させていた。私はゴクリと唾を飲み込む。
(…流石、スイーツ王子ね。どれも素晴らしいケーキだわ。)
私は、自分のケーキに目を向けた。大丈夫。私は、私らしいケーキを作ればいい。あれから私は、実際に何度もケーキを作って、試食して、より美味しくなる方法を沢山考えた。シフォンの意見も参考にさせてもらって、ようやく完成したケーキだ。絶対、上手にできるはず。
私は、最後の仕上げにチョコレート細工で作った蝶をケーキの上に乗せた。よし、これで完成ね。ちょうど、樫野君のケーキの評価をつけ終わった先生を見て、私は手を挙げた。
「先生、お願いします。」
「みょうじさんも出来たのね。…あら。これは、」
「川辺で自由に舞う蝶をイメージして作りました。スポンジの間にはナッツ風味のチョコレートクリームが挟まっています。」
「ナッツの香ばしい香りに食欲をそそられますね。見た目もとても美しいです。」
先生は、そう言うと他の子の評価をしに行った。私は胸を撫で下ろす。…良かった。初めての実習テストは、上手く行ったようだ。
ふう、と息を吐いた私は、いちごの方へ目を向ける。彼女は大丈夫なんだろうか。どうやら、いちごも終わったらしく「先生、お願いします!」と元気よく手を挙げていた。
「天野さんもやっと完成ね。」
「はい!天使と悪魔のフルーツロールです。」
「天使と悪魔?」
「甘いミルキーなホワイトチョコと苦々しいビターチョコ。タイプの違う二種類のチョコレートを一度に味わえるケーキです。」
(なーんだ。心配いらないみたいね。)
天野さんのとても楽しそうな様子を見て、私はくすっと笑った。
「それでは、試食にいたしましょう。」
先生の言葉に目を輝かせるいちご。私も表情には出さないが、内心わくわくしていた。さすが、聖マリー学園の生徒達だ。作ったケーキは、どれも美味しそうである。
さっそく試食を始めるいちごに習い、私も動き出した。よし、まずは一番気になってたBグループの中島さんのケーキを…「おい、みょうじ。」
「な、なによ。」
「お前のケーキ、寄越せ。」
「…………いや。」
「は?」
樫野君が怖い顔で睨んできたので、私は負けじと睨み返す。だって、チョコレートを得意とする樫野君に食べさせたら、きっと沢山ダメだししてくるに決まってる!
私が頑として譲らずにいると、花房君が「まあまあ、そう言わず。皆で食べようよ」と言って、私のケーキの1/4が乗せられた皿を樫野君に渡した。それに私は、目を丸くする。い、いつの間に切り分けたの?!
「なまえちゃん、食べた人の感想を聞くのも勉強になるよ。」
「そ、そうだけど…。」
花房君の言葉に言い返せず、私は深い溜息をつく。確かに彼の言うとおり、食べた人から感想を聞くことも大切だ。…仕方ない。諦めた私は、彼が試食する様子を眺めることにした。
「……美味しい。ナッツの香ばしさとクリームの滑らかさが絶妙のバランスだね。」
「うん。上質で深い味わいだ。すごく美味しいよ。」
「……濃厚だけれど、甘すぎない。 この上のチョコレートもなかなか良いんじゃないか。欲を言えば、 ナッツ風味のチョコクリームをもう少し薄くした方が良かった。」
「なるほど…。」
何故か、花房君と安堂君まで試食をしていて、皆はそれぞれ私に感想をくれた。樫野君はもっとダメだししてくるだろうと身構えていたがそうでもなく、私は安堵する。
私の次は、いちごのロールケーキを試食するらしい。私も彼女のケーキには興味があったので、彼らと混ざってケーキを切り分けてもらう。見た目は、普通に美味しそうなロールケーキだ。
「…いただきます。」
いちごは、不安げに此方を見つめている。私は目を瞑り、彼女のケーキを一口食べた。
(……あ、美味しい。)
「いちごちゃん、このケーキ美味しいよ!」
「うん、イケてる。二つのチョコが良いバランスだね。」
「ほんと?!」
花房君と安堂君が感想を言うと、いちごは目を見開き、聞き返す。それに、私は少し躊躇ってから口を開いた。
「まあ、前のミルクレープやシュークリームに比べたら全然マシね。……お、美味しいんじゃない?」
「「プッ…出た、ツンデレ!」」
「なまえちゃん…!」
いちごは、ぱあっと嬉しそうな表情を浮かべる。花房君と安堂君がその後ろで腹を抱えて笑っていたので、イラッとした私は彼らに黒笑みを向けた。すると、それに気が付いた花房君は、慌てて目をそらして言った。…逃げたわね。
「ほ、ほら!樫野も美味いって言ってやれよ。」
「……クリームが固いな。泡立てすぎだ。…でも、天野が今まで作った中で一番美味い。」
樫野君がそう言うと、いちごは信じられない!という顔をした。確かに、今まで樫野君がいちごを褒めたことなんて無かった気がする。いつも、意地悪なことばかり言ってたし。それだからか、いちごは今日一番の笑顔で「ありがとう!」と礼を言った。
「皆みたいになるにはまだまだだけど、少しだけ認められたかな?」
「わたくしは認めませんわ!」
「……え?」
「………。」
(…なに?この声。)
私といちごは、突然聞こえた声に目を丸くする。その声は、どうやら樫野君の方から聞こえてくるようだった。……あれ?彼のポケット、何だかモゴモゴしてるような。黙って見ていると、樫野君のポケットから小さな女の子が飛び出してきた。
「天野いちご!樫野に褒められたからって良い気にならないでくださる?」
それは、シフォンと同じスイーツ精霊だった。
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