「チョコレートケーキ?」

「そうよ。来週の実習テストは創作チョコレートケーキなの。」

「なるほど。だから、こんなにいっぱいチョコレートケーキの本を借りてきたんだね。」



7、8冊ほどあるチョコレートケーキに関する本を机に置き、なまえは頷いた。そして早速、一番上にあった本を開く。
チョコレートケーキは、色々な種類があるけど、今回はオリジナル要素を含めなくてはならない。どんなのにするか全然決まっていないなまえは、とりあえず片っ端から本を読むことにした。

……そうして、2時間が経過した。なまえとは別の本を読んでいたシフォンは本を閉じ、なまえの方へ顔を向ける。



「……どう?どんなのにするか決まった?」

「……うーん。こんな感じにしようかなって思うんだけど…。」



なまえは、近くにあったスケッチブックに、思い浮かんだケーキのイラストを描く。それを覗き込んだシフォンは、キラキラ目を輝かせた。



「とても良いと思う!」



なまえが見せたのは、グラサージュがかかった艶のある丸形のチョコレートケーキで、スポンジの間にはナッツ風味のチョコレートクリームが挟まっている。そして、チョコレートケーキの上には、左半分にナッツがかけられていた。
ナッツの上には、チョコレート細工で作られた蝶が飾られていて…まるで、蝶が川辺を舞っているように見える。

シフォンはそのデザインを絶賛した。しかし、なまえは何故か浮かない顔を見せる。そんな彼女の様子に、シフォンは首を横に傾げた。



「どうかしたの?」

「…いや、きっと樫野君達はもっとすごいの作るんだろうなって。」



今日の授業を思い出し、なまえは苦虫を噛み潰したような顔をした。チョコレートケーキを作らせたら、きっと樫野の右に出る者はいない。そう思うくらい、彼は素晴らしいチョコレートケーキを目の前で完成させた。
樫野だけじゃない。花房も安堂も他の生徒とは格の違う才能を持っている。そんな完璧な三人と同じチームなのだ。こんなので満足していたらいけない。

それを伝えると、シフォンは苦笑を浮かべた。



「向上心が高いのは良いことだけど、別に彼らの隣に並ぼうとしなくても良いと思うよ。」

「でも…っ」

「スイーツ王子は、スイーツ王子。なまえは、なまえだよ。なまえは自分らしいスイーツを作れば良い。
それに、私はなまえの作るスイーツが大好きだよ。スイーツ王子に劣っているとも思わない。」

「……シフォン、ありがと。」



そうだ、誰かと比べる必要なんてない。自分は自分なんだから。自分らしい素敵なスイーツを作ろう。なまえは、スケッチブックをギュッと両手で抱きしめて言った。



「…私、来週の創作チョコレートケーキにこれを作るわ!」

「そうこなくっちゃ!素敵なスイーツを作ろうね。」

「ええ。じゃあ、この本を図書室に返しに行ってくるわ。」



なまえは、借りていた本を両手で抱える。貸出期間はまだあるが、きっと他にこの本を借りたがっている人はいるだろう。それならば、早く返した方が良い。
シフォンも行くかと思ったが「私は、お茶を煎れて待ってるね。」と微笑まれたので、なまえは礼を言って1人で部屋を出た。



****


(やっぱり、一度に運ぶのは無理だったかも…)



チョコレートケーキの本は、厚い物が多い。それを7、8冊積み上げて持ってみると、目の辺りの高さにまでなってしまった。
なまえは、ヨロヨロしながらそれを運ぶ。借りたときも、何度か落としそうになって大変だったことを思い出し、例え面倒であっても分けて運ぶべきだったな、となまえは今更ながら後悔した。



「っ、わ!」



長い廊下を歩いている途中、なまえはバランスを崩し、本を落としそうになる……が、それを誰かが支えてくれた。同時にフワッと薔薇の上品な香りがして、なまえは誰が自分を助けてくれたのか、容易にわかってしまう。なまえは、本に向けていた視線を上げた。



「…花房君。」

「大丈夫?半分持つよ。」



花房は半分と言いながら、なまえの持っていた本のほとんどを奪っていった。それに慌てて「別に平気よ!」となまえは訴えるが、花房は全く聞く耳を持たない。結局、なまえが折れることになった。



「平気だって言ってるのに…。」

「あはは。でも、僕にはそう見えなかったよ。……あ。この本もしかして、来週の実習テストの?」

「そうよ。参考にしようと思って。」

「へえ。それで、どんなのにするか決まったの?」

「もちろん。あなたの薔薇に負けないくらい、美しいケーキを作ってみせるわ!」

「それは楽しみだね。」



やる気に満ちた様子で話すなまえと、それを見てクスクスと笑う花房。廊下にいた生徒達は、そんな二人を見て、目を丸くしていた。
編入生のなまえとスイーツ王子の一人である花房は、普通の人よりも目立つ。そのため、あの事件のことも、なまえに友達がいないということも有名な話であった。それなのに、そんな二人が親しげに話をしている。一体いつの間に仲良くなったんだろう、と生徒達は興味津々で二人の様子を窺っていた。



(な、なんか…視線を感じるわ。)


「…ねえ、なまえちゃん。」

「へ?あ…っな、なに?」



周りの様子を気にしていたなまえは、花房から急に声をかけられ、ビクッと肩を揺らす。すると、花房は少し困ったような笑みを浮かべて言った。



「これを図書室に持って行った後、時間ある?…少し話がしたいんだ。」



なまえは、頭にハテナマークを浮かべながらも、特に断る理由はなかったので、首を縦に振った。…話とは、一体何だろう。



****


その後、図書室へ行き本を返し終えると、花房君は私を連れて中庭へ向かった。

中庭に着くと、そこには何故か樫野君と安堂君。そして、いちごまでいて…。私は、目を丸くする。こんなところで皆揃ってどうしたのだろうか。
私は、隣りに立つ花房君に「どういうこと?」と尋ねる。すると、彼は苦笑を浮かべた。



「僕達、なまえちゃんに謝らなきゃいけないことがあるんだ。」

「謝らなきゃいけないこと?」



私が聞き返すと、今度は安堂君が口を開いた。



「うん。実は…僕達、昨日聞いちゃったんだ。みょうじさんが一太と話していたこと。」

「………それって、私の両親のこととか?」

「…うん。」



安堂君が申し訳なさそうに頷く。私はそんな彼を無表情で見つめた。……ああ、あの話を聞かれていたのか。両親のことは別に隠しておきたいほどの秘密、というわけでもなかったし。そんな気にしていない。けれど、大事なのはそこではなかった。



「もしかして……その、私の悩みの方も?」

「う、うん。聞いちゃった…。」



私の質問に、いちごが少し戸惑いながら頷いた。途端、かああああっと私の顔は赤くなる。
両親の話を聞かれるよりも、こっちを聞かれる方が一大事だ。恥ずかしい!今考えれば、小学一年生に悩みを打ち明けて、励まされて…自分は一体何をやってるんだろう。恥ずかしすぎて死んでしまいそう。

真っ赤な顔を気づかれたくなくて、私は両手で顔を隠す。すると、何を勘違いしたのか、いちご達は慌てて「本当にごめん!」と謝ってきた。きっと泣いていると思ったのだろう。私は、フルフルと顔を横に振った。 



「ち、違うの。盗み聞きされてたこととか、両親のことを知られたこととかは、別に何とも思ってないわ。気にしないで?
……ただ、普段えらそうなこと言ってるくせに、一太君にあんな弱音なんか吐いちゃって。思い返せば…私ってば、すごく恥ずかしいなって。」

「「「「………。」」」」


「なまえちゃん……可愛い!」

「は、はあ?!」



何故かギューッと抱きついてくるいちごに、私はわたわたと慌てる。急に、何なの?!見ると、花房君達もニコニコしてて(樫野君だけは呆れ顔だけど)私は何だか居た堪れなくなる。すぐに離すよう、いちごにお願いした。



「は、話ってそれだけ?それなら、私は帰らせてもらうわ。貴方達と違って、暇じゃないんだから!」



いちごからやっと解放された私は、いつものように棘のある言葉を彼らに向けて言う。しかし、花房君達はそれに対し怒りを見せることもなく、只おかしそうに笑っていた。それに釣られて、私もフフッと笑う。

何だか、居心地が良かった。



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