「見つけた。」



壁とタンスの隙間で体育座りをしている一太君。真っ暗な部屋は、今の彼の気持ちと同じなんだろうなと思った。
私は、微動だにしない一太君の傍に近寄り、腰を下ろす。そして、出来るだけ優しい声で尋ねた。



「そんなにケーキが嫌い?」

「…………。」

「でも、お兄さんのことは嫌いじゃないよね。」



私には、兄弟とかいないけれど。一太君が安堂君のことを嫌いだなんて思ってないことは、はっきりとわかる。だって、あんなに優しいお兄さんだもん。嫌いになるはずない。
ピクッと反応したけれど、なかなか顔を上げてくれない一太君に、私は一言一言よく考えながら言葉を続ける。いつも、このくらい落ち着いて話せると良いんだけど。



「私ね…一太君の気持ち、ちょっとだけわかるの。一太君は、お兄さんとずっと一緒だと思ってたから。お兄さんが家を出て行ってしまって、寂しかったんでしょ?」

「………そうだ。小豆の取り分けも、餡の作り方も、千兄は何でも教えてくれたじゃないか。何でも出来る千兄とうちの店で一緒にお菓子を作るのが夢だった。」



一太君は、溢れる涙を拭いながら言葉を繋げる。涙は、ポタポタと零れて彼の服に染みを作った。



「……なのに、なのに、千兄はケーキ屋になるために家を捨てた!俺よりケーキの方が良いんだ。俺の夢をとったケーキなんか大嫌いだ!」


(やっぱり、同じだ…。)



私は、一太君の気持ちが痛い程良くわかった。だって、私も同じ気持ちだったから。

ずっと一緒にいれると思ってた。きっと、大人になったら私もパティシエールになって…それで、一緒に……




「お前、何で泣いてんの?」

「……っ、え?」



つーっと涙が頬をつたって、首もとまで濡れる。あれ、何で泣いてるんだろう。一太君に指摘され、自分が涙を流してることに気が付いた私は、慌てて目元を擦る。けれども、涙は止まらずに頬を濡らしていく。
心配そうに此方を見つめる一太君に「大丈夫よ。」と作った笑顔を向けるが、大丈夫じゃないことはバレバレだった。



「……ごめん。ちょっと、一太君の話聞いてたら…思い出しちゃって。」

「…なにを?」

「………。」

「俺が話したんだから、話せよ。」

「……うん。私の両親はね、ケーキ屋だったの。だから、私もいろいろなケーキの作り方を教わってね。私もいつかお母さん達みたいな立派なパティシエールになって、一緒にお店をやるんだって思ってた。でも、もうお母さん達は……この世界にはいないから、さ。」



「叶わないんだ。」そう言って力なく微笑むと、一太君は眉間に皺を作った。



「姉ちゃんは、さ。寂しくないの?」

「寂しくないわけないじゃない。ケーキを見る度にお母さん達を思い出しちゃうから、ケーキなんて一生食べたくないって思ったわ。
……でもね、そんなこと言ったって好きなものは好きだし。ケーキは私とお母さん達の繋がりでもあるから、大切にしたいって思ったの。きっと、お母さん達もそれを望んでるはずだわ!」



私がそう言うと、一太君は目をぱちぱちしてから「姉ちゃんは、強いね。」と言った。その言葉に私は、苦笑いする。



「そんなことないの。…私は、素直じゃないから相手を傷つけることばかり言ってしまうし。自分が悪いとわかっているのに、なかなか相手に謝ることが出来ない。……臆病でズルくて弱い人間なのよ。」

「ああ。マー坊が言ってた。」



一太君のその言葉に笑みが凍る。え、何それ。それが例え事実だとしても、そうやって陰で言われてしまってることにショックを受けた。そのあまりのショックに、涙も引っ込んでしまう。
そんな私を見て、一太君は「あ、いや…大丈夫だって!」と慌てて励ましてくれた。やっぱり、一太君も安堂君に似て優しい子だ。

ポケットの中から「小学1年生に励まされるって…。」って聞こえてくるけど、知らない。とりあえず、ポケットを軽く叩いてやった。



「姉ちゃんなら、きっと仲直りできるよ。」

「……うん。ありがとう。一太君も、きっと仲直りできるわよ。」



私達は、いちご達に呼ばれるまで、ずっとそこで話し続けていた。


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