しばらく近辺を散歩してから、安堂君の家に戻る。先程、皆が集まっていた部屋に戻ったが、もうそこには誰もいなかった。皆、何処へ行ったんだろう。
仕方なく適当に歩いていると、いちごの姿を見つけたので近寄って、声をかけようとした、のだが…。



「……いちご。そんな沢山ケーキ並べて、どうするの?」

「あ、なまえちゃん!…うふふ、一太君にサロン・ド・マリーのケーキを食べて貰おうと思って。これを食べれば、きっと一太君も安堂君の気持ちをわかってくれるわ!」

「むしろ、逆効果だと思うんだけど…。」



ニコニコしながらケーキを並べるいちごに、私は溜息を吐く。本人は良かれと思ってしているんだと思うけど…それは余計なお世話というか。多分、それじゃ駄目だと思った。
いちごは、一度決めたらなかなか意志を曲げない。その真っ直ぐで屈しない心の強さは、彼女の素晴らしい長所で。同時に周りが見えなくなるのは、彼女の大きな欠点だ。

私は、テーブルに並べられた美味しそうなケーキをじっと見つめる。結局、いちごは一太君を呼びに行ってしまった。部屋に私以外誰もいないことを確認したシフォンは、ポケットの中から姿を現した。



「なかなか謝れないね。」

「そうね。……ねえ、シフォン。一太君は、どうしてケーキが嫌いなのかな?」

「それは、やっぱり和菓子屋の子だからじゃない?」

「……でも、安堂君はケーキも和菓子も大好きだよ。きっと、一太君もそうだと思う。……他に、理由があると思うの。」

「例えば?」



シフォンが私をじっと見つめる。そうね、例えば…自分が一太君だったら。私は、ポツリと呟いた。



「……寂しい、のかも。」


****



「さあ、どうぞ!」



いちごは、満面の笑みを浮かべながら言った。いちごの反対側には一太君が座っている。一太君は、身体を震わせながら口を開いた。



「なんで、ケーキなんか持ってきたんだ。」

「ただのケーキじゃないわ!うちの学園サロン・ド・マリー特製の激うまケーキよ!!」

「ケーキは、嫌いって言っただろ!」



一太君は眉間に皺を寄せ、辛そうな顔で叫んだ。これは、不味いんじゃ…。私は慌てて、いちごの肩を掴み、止めに入る。



「いちご!もう、やめなさいよ…。」

「大丈夫よ。…ねえ、一太君。一個でも良いから食べてみて。苺のムースなんかどう?」

「いちご!!」

「いらないって言ってるだろ!」


バッ!  バシャ



苺のムースは、一太君の手に弾かれて壁に衝突した。…ああ、勿体ない。いちごは、目を見開き固まってしまった。



ガラッ


「一太!」

「安堂君…。」



襖を勢いよく開けて入ってきたのは、安堂君で。彼は、一太君の目の前に立つと怖い顔で怒鳴った。



「食べ物に何てことするんだ!それでも和菓子屋の息子か!」

「うちは和菓子屋だろ!ケーキなんてどうでも良いだろ!」



パンッ、と乾いた音が部屋に響く。一太君は、叩かれた右頬に手を当てた。その目からは、大粒の涙が零れ落ちる。



「……やっぱり、兄ちゃんはケーキの方が良いんだ。…千兄もケーキも、大嫌いだーー!!!」

「一太君!」



いちごが名前を呼び、追いかけようと足を踏み出した。しかし、それは私に腕を捕まれたことにより出来なくなる。私は、振り返ったいちごに「私が行く。」と言って、返事も聞かずに部屋を出た。小走りで一太君を追いかけていると、シフォンがポケットから顔を出し、呆れ顔で言った。



「なまえもお人好しだよね。」

「……そんなことない。ただ、今回は、」




自分と重なって見えたから。

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