「一太に睨まれてしまった…。」
花房君達がいる部屋に着くと、安堂君は頭を抱えて座り込んだ。突然何だ、と首を傾ける花房君達に、いちごが先程あったことを説明する。すると、樫野君が思い出したように口を開いた。
「…確か、もう1年生だよな。」
「それじゃあ、反抗期なのかな?」
「うん、たぶん。…前は僕にベッタリだったのに、最近あんまり口を利いてくれないし…。お兄ちゃん、寂しいよ。」
はあ、と溜息をつく安堂君。そんな彼を見て、私まで溜息をつきたくなった。
(…なんだか、謝ったりできる空気じゃないわね。)
またまたタイミングを逃してしまった。一体、何時になったら謝罪できるんだろうか。
なんとなく私は、テーブルに置かれた皿の上の豆大福を手にとって一口食べる。すると、豆大福の程良い甘さが口いっぱいに広がってきて…。そのあまりの美味しさに、モヤモヤしていた気持ちは、一気に吹き飛んでしまった。流石、この店一番の味ね!思わず、口元がニヤケそうになるのを何とか耐えながら、また一口、口に運ぶ。
すると、隣で同じく豆大福を食べたいちごが目を輝かせながら言った。
「この豆大福、やわらかい!その上、餡がとっても滑らかで、豆がほくほくして、温かくて、舌の上でとろける…!」
そんな彼女を見て、素直な子だな、と思った。いちごは、私なんかと違って思ったことをちゃんと伝えられる。いちごの顔を見れば、本当に美味しくてたまらないんだってこと、わかるから。その素直さがすごく羨ましいと思った。
「それ、うちの一番の人気商品なんだ。」
安堂君は、いちごの言葉を聞くと嬉しそうにそう言った。それから、いちごの隣に座る私の方に目を向ける。私は、体を硬直させた。
「みょうじさんは、どう?口に合うかな?」
「……別に、普通の味じゃない?」
(ああああああ!もう、何で素直に『美味しい』って言えないのよ。私の馬鹿ぁー!)
心の中で叫ぶ。けれど、それは当然、誰にも聞こえていない訳で。今の私の言葉に怒ることもせず、ただ苦笑を浮かべる安堂君は、本当に優しい人だと思った。そう言えば私は、彼の怒った顔をまだ見たことがない(花房君もそうだけど)。
そんな安堂君の代わりに、怒りだしたのは樫野君で(彼は怒っているイメージしかない)。彼は、私を睨みつけながら口を開いた。
「おい!みょうじてめぇ……いい加減にs「”私は、やはりこの店一番の人気商品である豆大福がお勧めです。”」……花房?」
「「?」」
「………。」
樫野君の言葉を渡り、突然口を開いた花房君を皆は不思議そうに見つめる。すると、花房君はニコッと微笑みながら、言葉を続けた。
「”ふっくらほどよい甘さに炊きあげた粒餡はとても絶品で、子供からお年寄りまで美味しく召し上がっていただけると思います。”」
「………は?え、ちょっ…ええ?!」
その覚えのある言葉。まさか、それって……
「これ、なまえちゃんがお客さんにお勧めを聞かれて、答えた言葉だよね。」
やっぱり!!!!
「なんで…それを、」
「ごめんね。たまたま聞いちゃって。…でも、こんなしっかりとお勧めを言えるってことは…なまえちゃんは前にもこの豆大福を食べたことがあるってことだよね?きっと他の商品も。」
「…………。」
「そうか……うちの和菓子気に入ってくれたんだね。ありがとう、みょうじさん。」
「べ、別にそんなんじゃ…! たまたま和菓子が食べたくなって買っただけよ!勘違いしないで。第一、手伝いにきた店の味も知らないで接客なんて出来ないでしょ!?」
安堂君にお礼を言われ、さらに恥ずかしくなってしまった私は、息を切らしながら反論する。しかし、真っ赤に染まってしまった顔を隠すことは出来ず、安堂君にクスクスと笑われてしまった。見れば、いちご達までおかしそうに笑っている。
私は、キッと原因である花房君を睨む。すると、彼は「ごめんごめん。」と、ちっとも悪いと思ってない顔で謝った。…ああ、もう!彼もよく、あんな長文覚えてたわね!
私は、羞恥に耐えきれなくなって「ちょっとその辺を散歩してくるわ!」と言って部屋を出た。後ろで樫野君が「ツンデレか。」と呟いてたいたけど、それは聞かなかったことにする。
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