「わあ、おいしそう!こんな素敵なサロンが学園の中にあったなんて…!」



いちごは、目を輝かせながらそう言った。彼女の目の前には、幾つもの美しいスイーツが並んでいる。

今日、いちごはスイーツ王子に連れられて、聖マリーの敷地内にあるサロン・ド・マリーというスイーツのお店にやってきていた。そこで売られているスイーツは皆、実力を認められた高等部の生徒が作ったものらしい。



「もう食べられましぇ〜ん。」



大食いのいちごが絶品のスイーツ達を目の前にし、ゆっくり落ち着いて食べるなんて出来るはずもなく。彼女は、あっと言う間にそれらを食べ終えてしまった。そのあまりの早さに、樫野達は目を見開き固まる。



「え、もう食べ終わっちゃったの?」

「つーか、皿を積むな。回転スイーツか!」

「天野さん、気を確かに…!」

「女の子がそんな面白い顔しちゃ駄目だよ。」



わいわい騒ぎだすAグループのメンバー達。その光景は最近、よく見かけられるものであった。しかし、Aグループのメンバー全員が揃っているわけではない。此処には、いちごと共に新しく加わったはずのなまえの姿が見られなかった。



(なまえちゃんも来れれば良かったのになぁ。)



いちごはなまえのことを思い、気を落とした。本当はなまえも一緒に行かないか、と誘ったのだけれど断られてしまったのだ。どうやら、彼女は用事があるらしい。



(また、今度誘ってみよう。)



最近友達になったばかりのなまえのこと、もっと沢山知りたい。そして、もっと仲良くなりたい。いちごは水を飲みながら、そう思った。

絶品スイーツに満足したいちご達は、サロン・ド・マリーを後にした。そして、店を出て早々、すっかりサロン・ド・マリーに憧れを抱いたいちごは「私もお店で働いてみたい!」と言った。
そんな彼女に樫野は、はっきり「無理だ。」と伝える。サロン・ド・マリーは、中等部の人を雇ってくれない。もはや、初心者など論外だと。それを聞いたいちごは、あからさまに肩を落とした。



「そういうことなら、良い店を知ってるよ。」



落ち込んでいたいちごだったが、花房が出した言葉に再び目を輝かせる。花房は、安堂の家が和菓子屋なのだと説明し、明日そこへお手伝いしに行くことになっているから、いちごも一緒にどうかと尋ねた。樫野が余計なことを言うな、と怒っているが全く気にもしていない。
そんな彼からの魅力的な提案にいちごは、迷うことなく首を縦に振った。

こうして、いちご達は安堂の家がやっている和菓子屋『夢月』へお手伝いに行くことになったのだった。



「あ。」



明日のことで心躍らせていたいちごは、ふとなまえのことを思い浮かべる。彼女も誘ったら、一緒に来てくれるだろうか?いちごは、安堂に尋ねた。



「ねえ、なまえちゃんも誘って良いかな?」

「もちろんだよ。」

「やったー!」



安堂の許しを得たいちごは、両手で万歳をして喜びを表した。

それから、寮に戻ったいちごは、帰ってきたなまえに明日のことを伝えた。不安げに「明日は大丈夫?」と聞くいちごに、なまえは「まあ、どうしてもと言うなら行ってあげないこともないわ。」と相変わらずの言い方で返すのだった。



****


「もう。せっかく、いちご達が誘ってくれたのに…どうして行かなかったの?」



それは、いちご達がサロン・ド・マリーに出かけた頃のこと。なまえとシフォンは、調べ物をしに図書館へやって来ていた。
シフォンは、なまえが友達からの誘いを断ったことに不満があるようで。先程からずっと、同じことをブツブツと繰り返していた。そんな彼女に好い加減うんざりしたなまえは、素っ気ない態度で口を開く。



「いいのよ。私は、既にサロン・ド・マリーに何度か食べに行っているし。今日は、いちごだけじゃなくスイーツ王子も一緒のようだから。」

「え、なんで?スイーツ王子がいたらダメなの?」

「いや、ダメって訳じゃないけれど…。樫野君とは、前に言い合いをしているし。スイーツ王子の悪口も言っちゃったこともあるし…ちょっと、気まずいでしょ?」 



特に後者の方。それは、忘れもしない。転校初日にやらかしてしまった、あの事件のことである。スイーツ王子達は何も悪いことをしていないというのに、緊張のあまり動転してしまったなまえは、会ったばかりである彼らの悪口をこぼしてしまったのだ。それも、皆の前で。



「それって確か、なまえが転校してきた日のことだよね。もう結構立つけど…もしかして、まだ謝ってなかったの?」

「あ、謝ろうとはしたのよ?でも……その、なかなかタイミングが掴めなくて。」



だんだん小さくなっていくなまえの声に、シフォンは溜め息を吐いた。ケーキ作りのときは器用なのに、こういうことになるとホント不器用なパートナーである。落ち込むなまえに、シフォンは「まあ、無理に謝らなくても良いと思うよ。」と苦笑を浮かべながら言った。



「なまえが気にし過ぎなだけで、案外あっちは気にしてないんじゃないかな。皆、普通に接してくれてるんでしょ?」

「そう、だけど…。」



調べ物に使った本を何冊か棚に戻しながら、なまえは不服そうに言った。「それでも、謝りたい。」と。

例え彼らが気にしていなかったとしても、もう忘れてしまっていたとしても、あれは本心ではなかったのだとちゃんと彼らに伝えたい。真剣な表情でなまえはそう打ち明けた。
なまえの話を聞いたシフォンは数回瞬きした後、フフッと可愛らしく笑みをこぼす。そう、彼女のこういう優しいところに、自分は惹かれていったのだ。シフォンは、楽しそうに口を開いた。



「それなら、話は簡単だね。今からスイーツ王子達に謝りに行こう!」

「っ今?!ま、待って…そんなの無理よ!心の準備がまだ出来てないし。それに私、何度か謝ろうと頑張ってみたけれど。出てくる言葉は、いつも皮肉ばかり。きっと、何度やっても同じよ…。」

「でも、同じAグループだよ?ずっと今のままじゃ、ダメだと思う。仲良くしなきゃ!」

「わ、わかってるわよ!でも…その、なかなか上手く話せなくて。」

「まあ、確かに酷いことを言っちゃった人と話すのは難しいよね。……あれ?でも、花房君とは普通に仲良いよね?」

「な…っ!べ、別に仲良くなんかないわよ。」



なまえは、顔を真っ赤に染めながら否定した。確かにシフォンの言うとおり、なまえは花房とは普通に話せている。というより、花房の方から必要以上に絡んでくるのだ。多分、いちごと同様に転校生だから、と気を使ってくれているのだろう。

なまえは、まだ返せずにいる彼から借りたハンカチを思い浮かべて、そして首を振った。



「ーーとにかくっ!謝るタイミングを探すから、シフォンも協力して。」



そうして、寮に戻るといちごが待っていて、明日一緒に『夢月』のお店を手伝いに行かないかと彼女に誘われるのであった。
まるで狙ったのかと思われるタイミングの良さに、なまえは硬直し、シフォンは小さく笑う。そして、なまえは覚悟を決めなければならなくなってしまったのである。

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