「なまえ!さっき言われたこと、気にする必要ないよ。なまえは、あの子達みたいに人の失敗を笑ったりしたことないじゃん!」

「でも…彼女達の言ったことは間違ってない。私は、いつも見下したような言い方をしてしまうもの。やってることは、あの子達と何も変わらないわ…。」

「なまえ…。」



シフォンは、心配そうに私を見つめる。こんな私を気遣ってくれるなんて、貴女はとても優しい子なのね。

ふわり、誰もいない中庭に心地よい風が吹く。そして、それは私の頬を優しく撫でていった。もしかしたら、この風はお母さん達で。私が落ち込んでるのを見て、励ましにきてくれたのかもしれない。……そんな風に考えてしまうのは、今の私が相当弱っているからなのか。



「……私、情けないなぁ。」



瞼を閉じると、静かに涙が零れた。



「なまえちゃん。」

「っ…は、」



花房…君?


突然聞こえた声に顔を上げると、そこには花房君が立っていた。い、いつの間に…。シフォンが咄嗟に隠れるのを視界の隅に入れながら、私は「どうして、ここに?」と彼に尋ねた。



「どうしてって…なまえちゃんが心配だったからだよ。はい、ハンカチ。」

「……結構よ。貴方に心配されるほど、私は柔な人間じゃないわ。」

「そうかな?僕には、そう見えないけれど。」



そう言って花房君は、人差し指で私の目元を優しく撫でた。彼の綺麗な指が私の涙のせいで濡れてしまう。そうして、私は思い出すのだ。

自分は今、泣いていたのだと。



「〜〜〜っ」



花房君に泣き顔を見られたことに気づいた私は、顔を真っ赤にして俯いた。恥ずかし過ぎて、声にもならない。そんな私の様子を見た花房君は、クスリと笑い、もう一度ハンカチを差し出した。



「強がらなくても良いんだよ。泣きたいときは、泣くのが一番さ。胸なら貸すよ?」

「か、貸さなくて良いわよ!…は、ハンカチだけお借りするわ。」



私は、素直に彼からハンカチを受け取る。ハンカチからは、彼らしいバラの香りがした。…何だか、心が落ち着く。私が涙を拭いたのを確認した花房君は、私の手をとって言った。



「少し良いかな?なまえちゃんに見せたい場所があるんだ。」



****


「ちょっと…どこへ行くのよ。」



花房君に手を引かれた私は、何もわからぬまま彼の後を着いていく。そして、まず見えてきたのは綺麗な湖だった。



(へえ、この学園には湖まであるのね。)



夕焼け空を映し出す湖は、キラキラしていてとても綺麗だ。私は、湖の方ばかりに気を取られる。だから、花房君が「着いたよ。」と言うまで、気がつかなかった。湖のすぐ傍に広がる、沢山のバラ達に。



「わあ、すごい…!」



そのあまりの美しさと甘い香りに私は、目を輝かせる。こんな綺麗なバラは見たことがない。黙って私の様子を伺っていた花房君は、どうやら私の反応に満足したようで。嬉しそうに口を開いた。



「これは、原種のバラだよ。」

「原種の、バラ?」

「品種改良されてない野生のバラさ。普通のバラみたいな華やかさはないけど、香りが素晴らしいだろ?」

「うん。とても華やかな甘い香りね…。何だか心が落ち着くわ。」



私が言った言葉が嬉しかったのか、花房君はバラについて色々教えてくれた。エッセンシャルオイルやローズウォーターは、原種のバラから作っているらしい。
他にも沢山のことを教えてもらった。私は、その彼が持つバラの知識量に驚く。



「とても詳しいのね。華道家のお母さんから教わったの?」

「いや…これは、園芸家の父から教わったんだ。」

「へえ。なら、二人の出会いは…」

「そう…5月のバラ園。バラが咲き乱れる庭で二人は出会った。だから僕、10月生まれなのに”五月”って書いて”さつき”なんだ。」

「…その名前には、家族の素敵な思い出が沢山詰まっているのね。」

「うん!」



何処か寂しそうな顔をしながら話していた花房君だったけれど、私が名前を褒めると本当に嬉しそうに笑った。いつも大人っぽい花房君だけれど、そのとき見せた笑顔は何処か幼くて。彼が今まで見せた中で一番綺麗な笑顔だと私は思った。


そして、



「っ、」



そんな花房君の笑顔を見た私は、何故か胸がドキドキして。だんだん熱くなっていく顔に困惑した。



「あれ、なまえちゃん。顔、赤くない?」

「なっ、夕日のせいよ!」



もしかして、これって…?

花房君の顔が見れなくなった私は、「バラの香りのおかげで、何だかやる気が湧いてきたわ!私、シュークリームの復習してくる。」と言って駆け出した。後ろから「僕も手伝うよ!」と言う声が聞こえたが構わない。私は、そのまま走り続けた。



****


そうして向かった実習室で、私は天野さんにバッタリ会った。どうやら、彼女もシュークリームのリベンジに来たらしい。相変わらず、頑張りやな子ね。
天野さんは、私の姿を視界に入れた途端、すぐに「さっきはごめんね!」と謝ってきた。一体何のことだろう。突然の謝罪に目が点になる私に、天野さんは説明を加えた。



「その…。さっき、私のせいで酷いこと沢山言われちゃったでしょ?」

「ああ、あれね。別に気にしてないわよ。それに…私が勝手に首突っ込んだんだから、あなたが気にする必要はない。」



私がそう言いきると、天野さんは、フッと柔らかく微笑んだ。



「…みょうじさん、やっぱり優しいね。」

「はあ?!なに言って…っ」

「前に私が失敗したときも庇ってくれたよね。シュークリームだって自分の作業を早く終らせて、わざわざ手伝いに来てくれた。みょうじさんって口ではキツイ言い方しちゃうけど、本当はとっても優しい子なんだって、私は知ってるよ。」

「〜〜〜っ」

「だから、ありがとう!中島さん達は、みょうじさんは友達がいないって言ってたけど…えっと、私がなっちゃ駄目かな?」

「えっ……なって、くれるの?」

「もちろん!よろしくね、なまえちゃん。」

「……っ、よろしく。いちご。」



私があまりの嬉しさに涙を流すと「大げさだよ〜!」と天野さん……いちごも嬉しそうに笑った。ごめん、花房君。ハンカチは後できちんと洗って返すから。

そうして、私といちごは一緒に協力して、今度こそ美味しそうなシュークリームを完成させた。すると、先ほどから別の作業をしていた花房君は、そのシュークリームに美しいバラの飴細工を綺麗に飾りつけてくれた。なるほど、さっきから作っていたのはこれだったのね。
『二人の学園生活がバラ色でありますように。』そんな花房君らしい言葉に、いちごと私は顔を見合わせる。そして、クスッと笑って心から彼にお礼を言った。

その後、加藤さんやスイーツ王子もやってきて、皆で出来立てのシュークリームを試食することになった。皆で食べるシュークリームは、今まで食べた、どのシュークリームより優しい味がして。また涙が出そうになった。


お母さん、お父さん。私の学園生活は、まだ始まったばかりだけれど。このメンバーでなら、きっと…素敵なものになる。そんな気がします。


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