次の日。今日の実習はシュークリームを作るらしい。シュークリームは、簡単そうに見えて意外と難しいスイーツだ。昨日、天野さんは夜遅くまで予習していたようだけれど、今回は大丈夫かな?
ミルクレープのときは彼女が素人だと知らなかったし、自分のことで精一杯だったから、何も手伝ってあげられなかった。だから今回は、出来る限り彼女をフォローしてあげよう。私はそう決心した。



「いちごちゃん。オーブンのスイッチ入れて?」

「え、もう?だって、まだ何も…。」

「設定温度が高いから、熱くなるまで時間がかかるんだよ。」



天野さんは、花房君の説明に納得しオーブンのスイッチを入れにいく。その様子を横目に私も自分の作業を始めた。

シュークリームは、形や硬さなどの違いはあるけれど、エクレールと作り方はよく似ている。そして、エクレールは私が初めて一人で作ったスイーツだ。つまり、シュークリームが作れないはずがない。
私は、手早くシューの生地を完成させる。すると、安堂君が感心したように私のシュー生地を見て、話しかけてきた。



「やっぱり、みょうじさんは手慣れてるね。」

「そう?貴方達に言われてもお世辞にしか聞こえないけれど。」



ああ、皮肉しか言えない私の馬鹿…!

私は自分の失態にへこみながらも、まだ作業中だった天野さんのサポートをしようと彼女の傍に近寄った。すると、天野さんは何を勘違いしたのか、ビクビクしながら口を開いた。



「ご、ごめん。私、その…まだ全然出来てなくって。みょうじさん、待ちくたびれちゃったよね…ほんと、ごめんなさい。」

「は?何言ってるの。作ったことがある人とない人じゃ、作る早さが違うのは当然でしょ。申し訳ないと思っているのなら、少しでも早く作れるように手を動かしない。……あ、でも生地はしっかり混ぜなきゃ駄目よ?鍋肌から離れるようになるまで、 しっかり生地を練るの。じゃないと、上手く膨らまないから。 」

「みょうじさん…!」

「…何、ぼーとしてるの。早くしなきゃ日が暮れちゃうでしょ。ほら、次は解きほぐした卵を少しずつ混ぜながら入れていくのよ。」

「うんっ!」



天野さんは嬉しそうに返事をしてから、生地を混ぜ続けた。その様子を花房君達は、微笑ましそうに見ていたことに私達は気づかなかった。



「へえ。みょうじさんって、案外優しいんだな。」

「すっげぇ、上から目線だけどな。」

「それも照れ隠しだよ。可愛いじゃない。」

「どこが。」



****


そうして、私達は出来上がったシュー生地をオーブンに入れた。オーブンは、グループで一緒に使うきまりなのだ。天野さんは、だんだん膨らむシューに目を輝せている。その様子を見ていた私は、ふと幼い頃にやってしまった失敗を思い出した。



「わあ!お母さん、見て。シューが膨らんだよ!」

「あ、待って。なまえ!」

「え?……あ、シューがぺしゃんこになっちゃった。」

「途中でオーブンを開けると、蒸気が逃げてしぼんでしまうの。……泣かないで、大丈夫よ。失敗なんて誰にでもあるんだから。もう一度、一緒に作り直しましょう?」

「ぐす、うん…っ」



お母さんは、私が例え失敗しても怒らずに『もう一度作ろう』っていつも笑ってくれたっけ。

そうやって、私が懐かしい思い出に浸っているときだった。「シューはどうなったかなー? 」と言いながら、天野さんは楽しそうにオーブンへ近寄る。その姿が、過去の私と重なって…。

私は、慌てて彼女の名前を呼んだ。



「わあ!美味しそうに焼けたよ!」


「天野さん!」

「「「ダメーーー!」」」

「え…?」



だが、しかし。それは遅かった。プシューッとしぼんでいくシューを見て、私は苦笑を浮かべる。あーぁ、やると思ったわ。



「アホか、お前。シューが焼きあがりきるまで、オーブンを開けないって基本だろ!」



当然だけれど樫野君は、天野さんを叱った。あのオーブンには、彼らのシューもあったのだ。怒るのも無理はない。けれど、



「あーらら。王子達のシューまで台無しだわ。」



まるで、いい気味だと言うように笑う女子達に、私は腹が立った。加藤さんが「そんな言い方せんでもええやろ?」と怒るが、彼女たちは「ふん。」と顔を背ける。なんて性格が悪い。



「ごめんない!せっかくのシューが…。」



天野さんは、今にも泣き出しそうな顔で私達に謝った。きっとそれは、周りに酷いことを言われたからではなく、私達のシューを駄目にしてしまったという罪悪感からの涙ね。

私は、自分のシューが駄目にされたとしても怒る気なんて起こらなかった。相手が頑張りやの天野さんだからか、それとも昔の自分を重ねてしまったからか。私は、お母さんがしてくれたように彼女に優しい言葉をかけた。



「大丈夫よ。誰にだって失敗はあるんだから。」

「みょうじさんの言う通りだよ。まだ時間はある。」

「もう一度、作り直そう?」

「…そら、やるぞ。」



Aグループが優しい人ばかりで良かった。私は、ほっと息をつく。もう一度やり直そうと動く皆に、天野さんはやる気を取り戻したようで、「私、材料を持ってくるね!」と言って駆け出した。



「薄力粉だけで十分よ。他は足りてるから。」

「うん。わかっ……うわっ!」



ドンガラガッシャーン!!!!

すごい音が聞こえた。慌てて振り向くと、材料や器具が床に落ち、その中心には生地や粉を頭に被った天野さんがいた。そのすぐ近くで「いったーい!」と態とらしく腕をさする女子。…ああ、なるほど。その光景を見て私は、大体のことを悟った。
周りの生徒は、ケラケラと天野さんを笑う。その騒ぎに気がついた先生は此方に目を向け、そして天野さんの姿に溜め息をついた。



「天野さん、また貴女ですか?」

「すみません…。」


「迷惑よね。天野さんって。」

「あんなんでよく聖マリーに来たわよね。」

「ほーんと!」



くすくす笑う女子達に私は目を細める。あの子達、ほんとに性格悪すぎ。腹が立った私は、天野さんを庇うように口を開いた。



「あなた達こそ迷惑よ。いちいち他人の失敗を馬鹿にして、まるで子供みたいだわ。」

「……なにそれ。みょうじさんにだけは言われたくないんだけど。」

「そうよ。みょうじさんこそ、いつも人を見下したように言うじゃない。私達よりちょっとケーキ作りが上手だからって、あんまり調子に乗らないでくれる?」

「それだから、友達ができないのよ。私達のことどうこう言うより、まずは自分の性格直したら?」


「………っ」



彼女達に言い返す言葉が見つからなかった。私は、悔しそうに下唇を噛む。彼女達は、勝ち誇った顔をしていた。

それから、もう一度シュークリームを作り直したのだけれど。生地の練りが甘かったのか、それとも卵を加えすぎたのか。私と天野さんのシューだけは上手に膨らまなくて、先生から減点をもらってしまった。



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