聖マリー学園は、パティシエやパティシエールを育てる学校。だから、スイーツばかり作ってれば良い!……なんて、考えていたのは天野さんくらいだろう。私は、前の席でショックを受けている天野さんを見ながら溜め息をついた。世の中そんな甘くない。

あれから、ずっと行方不明だった天野さんは、昨日の夜遅く。一人で部屋に戻ってきた。てっきり落ち込んでいるものだと思っていたけれど、すっかり元気になっていて、私は内心ほっとした。天野さんは案外、根性のある子みたいね。見直したわ。


……まあ、それ以外はダメダメだけど。

運悪く先生に指され、辿々しくフランス語(?)を読む天野さんに、私は同情の目を向けていた。…次に自分が当てられるとも知らずに。



「それじゃあ…みょうじさん。今の続きを読んで?」

「……え。」



…天野さんは一体どこを読んでたの?



「上から6行目の会話文だよ。なまえちゃん。」

「!」



困っていた私に気がついたのは、偶然にも隣の席になった花房君で。彼は、親切にも読む場所を教えてくれた。私は席を立ち、買ったばかりで新品の教科書を読み上げる。



「Tu fais quoi samedi ? Pour l'instant, je n'ai rien prevu. Ca te dit d'aller jouer au tennis samedi ? Oui ! 」

「とれびあ〜ん!素晴らしい発音ですね。みょうじさんはフランス人ですか?」

「フランス人と日本人のハーフです。」



先生の質問にそう答えて、私は席に着いた。周りが驚いて此方を見ているが、それには気づいてないフリ。とりあえず、助けてくれた花房君にお礼を言おうと顔を向けた。



(素直に、素直になるのよ、私…!)


「あの…っ」

「ん?」

「……あ、あなたの助けなんか、全然必要なかったんだから!」



はい。だめでしたー。

やっぱり、私が素直にお礼なんて言えるはずないのよ。助けてくれた人に対して、失礼なことしか言えないだなんて、私って駄目ね。これじゃあ、天野さんのこと言ってられないわ、と私は肩を落とした。



「……はあ。」

「(なまえちゃんって、見てて面白いなぁ。)」



そのとき、彼がそんな風に思っていただなんて、私は知るはずがなかった。



****


「みょうじさん。」



名前を呼ばれて振り返ると、そこには天野さんと加藤さんが立っていた。この二人、一緒にいるところをよく見かける。仲良いのね。

私は同じ転校生なのに、もう沢山友達を作っている天野さんを羨ましく思った。私も彼女みたいに素直で明るい子になれたらなぁ、なんて。そんな風に思っていても、結局のところ私は天野さんみたくはなれなくて。いつも通り、「なに?」と素っ気ない態度をとってしまった。



「次、華道の授業なんだって。良かったら一緒に行かない?」

「場所とかわからへんやろ?うちが案内するで。」

「え…いいの?」



私が不安げにそう尋ねると、二人は「もちろん!」と笑顔で頷いてくれた。何て良い子達なの…!花房君と言い、天野さん達と言い、この学校には親切な人が多い。まあ、そうじゃない人も多いけど。
私は誘って貰えたことが嬉しくて、にやけそうになるのを何とか耐える。そして、「そこまで言うなら、一緒に行ってあげるわ。」だなんて随分と偉そうに返事をした。

そうして私達は、広い廊下を3人並んで歩くことになった。
私は、口を開くとすぐ毒を吐いてしまう。だから、なるべく会話に入らないようにしていた。2人の会話は聞いてるだけでも十分面白いから。そして、天野さんの今日の失敗談の話をしていたとき、加藤さんが「そう言えば!」と思い出したように言った。



「みょうじさん、ハーフなんやって?どうりで別嬪さんやと思ったわ!」



それは、私の話だった。2人の視線が私に向けられる。すると、天野さんも口を開いた。



「うんうん。そのミルクティー色の髪もすっごく綺麗だよね!」

「……え、綺麗?」

「うん!」

「そんなこと言われたの初めて…。べ、別に嬉しくなんかないけど!……その、あ…ありがとう。」

「「!?」」



私が顔を赤くして、小さい声でお礼を言うと天野さん達は目を丸くした。そして、何かを察したような顔を浮かべる。



(…そやったんか。みょうじさんって、)

(ツンデレ、だったんだね。)


「な、なによ。」

「「んーん、何でもない!」」

「?」



そう言って天野さん達は、顔を見合わせて笑った。…変な2人ね。不思議がる私を何とか誤魔化そうとした加藤さんは「そう言えば!」と別の話題を口にした。



「次の華道の授業。先生はなんと、花房君のお母さんなんよ!」

「えぇ?!」

「!」



驚いて声を上げる天野さん。その隣で私も目を見開いて固まった。



______




華道の先生は、とても落ち着いていて、綺麗で、優しい先生だった。さすが、花房君のお母さん。彼女は、上手い下手にこだわらず楽しく花を生けるよう皆に言った。けれど、生まれて一度も花を生けたことがない私には、素直に生け花を楽しむ余裕などなくて。皆が作業に入り出す中、私は一人なかなか動けずにいた。
そんな私の隣では天野さんが花でケーキみたいなものを作っている。…何故、そんなすぐにアイデアが浮かぶのか。彼女の優れた独創性は、とても見習いたいと思った。

ようやく作業し始めた私だけれども、どうやら私に生け花の才能は皆無だったらしい。とても、不格好な作品になってしまった。それを見た人は大抵、馬鹿にしたようにくすくす笑うか、意外だと目を丸くする。けれど、先生は優しい微笑みを浮かべて言った。



「もっと気を緩めても良いのよ。みょうじさんの作品は頑張ろうとし過ぎて、かえって空回っているような気がするの。落ち着いて生ければ、きっとみょうじさんらしい素敵な作品ができるわ。」

「……は、はい。」


(気を緩める、かぁ。)



私は、先生の言葉を思い返しながら、自分の作品をじっと見つめた。



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