六頴館高等学校学園祭、と大きく書かれた垂れ幕が校舎のベランダに掲げられる。

ついに迎えた、学園祭当日。祭り特有の浮かれた喧騒に眉を顰めつつ、私は校舎前でひたすらチラシを配り続けていた。チラシ配り係も接客係と同様シフト制であり、私のシフトは11時までとなっている。
コスプレやボディペイントをした生徒達と並び、気怠げに「よろしくお願いしまーす」とチラシを渡していると、来場者に紛れてこんでいた知り合いが「あっ、なまえ発見!」と得意げな笑みを浮かべて言った。
途端、周囲がざわっと色めき立つ。慣れていた私は動じることなく、知り合い二人に話しかけた。



「佐鳥、時枝も来たんだ。ふーん、嵐山隊って意外と暇なわけ?」

「午前中だけ休みを貰えたんですぅー!綾辻先輩が整理券くれたから、これから会いに行くんだ。」

「なまえ達のクラスは執事喫茶なんだね。時間があったら、行ってみるよ。」

「いいよ、こなくて。2―Aはそこの校舎の2階端。」



指差しながら、綾辻先輩のいる教室の場所を教えれば、二人はお礼を言って、私の前から去っていった。二人はああ見えて有名人だから、こんな校舎前で話していると目立って仕方ない。

集めていた周囲の視線が別のものへと移っていくのを感じていると、同じクラスの男子がチラシ配りを交代しにやってきた。……ああ、もうそんな時間か。校舎にかけられた時計を見て、今朝歌川が言っていたことを思い出した。



「……“11時に終わるから待ってろ”、ね。」



わざわざ私と同じ時間のシフトにしてもらったらしい歌川は、校内を一緒に見てまわろうと私に言った。その態度は彼にしてはしおらしく、膝蹴りをかましたあの日から殆ど口を利かない私に、どう接すれば良いか困っているようだった。相変わらずバカだなぁ、歌川は。
機嫌の悪い彼女に、そんな顔を見せたら逆効果だ。だって、もっと困らせてやりたくなるでしょ?私は持っていたチラシを男子に預けると、行き交う人々に紛れるように、その場から立ち去った。





菊地原に転生した女の子20.5 A





さて、宇佐美先輩のクラスへ行くにはまだ早過ぎるし、どこで時間を潰していようかな。賑わう廊下をフラフラしながら、私はこれからのことを考えていた。

万が一歌川と鉢合わせたら困るし、自分のクラスには戻れない。お昼にしてもいいけど、そんなお腹が空いているわけでもないし、これといって食べたいものがあるわけでもない。うーん、どうしようか…。
通り過ぎていく、プラネタリウムや占いの館、おばけ屋敷などには全く興味がそそられず、私はさっそく学園祭のつまらなさに辟易していた。

そうだ、三上先輩のクラスがやってる屋台にでも行ってみよう。そう考え、そちらへと足を向けたところで、突然誰かに後ろ襟を掴まれた。首が締まり、ぐえっと間抜けな呻き声が漏れる。
迷惑そうに振り返れば、そこには首を絞めたと思われる先輩が、意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。



「よお、菊地原。随分と暇そうだな。今からちょうど始まるから寄ってけよ。」

「はあ?始まるってなにが…。ちょ、引っ張んないでよ荒船先輩!」



説明もないまま、無理やり視聴覚室に押し込められた私は、なんて横暴な先輩なんだと愚痴をこぼした。まあ、荒船先輩が親切で優しかったら、それはそれで気持ち悪いけど。

視聴覚室にはそれなりに人がいて、空いている席を見つけるのは結構大変そうだった。ちょうど始まるとか言ってたし、荒船先輩のクラスは何かを上映するのだろう。仕方がないから立ち見するかと思ったその時、「なまえじゃん」とこれまた聞き覚えのある声に呼ばれた。
振り向けば、そこには当真先輩や穂刈先輩、カゲ先輩、ゾエ先輩、村上先輩というボーダーでよく見かける普通校3年組が揃っており、声の主である当真先輩がこっちへ来いと手招いている。少し面倒に思いつつも、私はそちらへと足を向けた。



「ここ空いてるぜ。」

「……どーも。」

「一人なんて珍しいな。歌川はどうしたんだ?」

「さあ。……それより、これから何が始まるんですか?何も聞かされずに連れて来られたんですけど。」

「アクション映画みたいだよ。荒船くんのクラスと映画研究部で協力して作ったんだって。」

「監督をしたらしい、荒船が。」



なるほど。これは絶対、荒船先輩が考えた企画なんだろうな。アクション映画といい、メガネカフェといい、ボーダーの先輩達はなんでこう自分の趣味を押し付けたがるのか。同じクラスの人達には同情せざるを得ない。

先輩達とそんな会話をしていると、視聴覚室の電気が徐々に暗くなり、プロジェクターが動き始めた。まっ、暇潰しにちょうど良いか。
そう思いながら鑑賞したアクション映画は、生徒達だけで作ったにしてはクオリティが高く、思いの外楽しめてしまった。ちょっと悔しい。


その後、先輩達とはそこで別れ、それなりにお腹が空いてきた私は漸く三上先輩のクラスがやっているというクレープ屋に向かった、のだが……。



「……うわ、なにこの行列。」



屋台の前にできている長蛇の列を見て、私は思わず顔を顰めた。クレープ屋だということもあって、並んでいる客の殆どが女子なのだが、キャッキャッと異様に色めき立つ彼女達の目的がクレープだけのようには思えない。これほど人気であるのも、何か特別な理由がありそうだ。

なんにしてもこんな行列にわざわざ並びたくはない。時間より少し早いけど、宇佐美先輩のクラスにでも行こうかな。そんなことを考えていると、後ろから「なまえちゃん」と名前を呼ばれた。
今日はよく名前を呼ばれる日だ。振り向けば、そこには高校に入ってから初めてできた友人である古寺が、少し疲れた表情をしながら立っていた。



「あれ、古寺じゃん。おまえもクレープ食べに来たの?けど、確か甘いもの苦手じゃなかったっけ?」

「よく覚えてたね。でも、甘くないクレープもあるみたいだし、奈良坂先輩がサービスしてくれるって言うから、来てみたんだけど…。」

「この行列を見て並ぶ気力も失せてしまった、と。……ねえ、この行列ってさ。もしかしなくても、」

「うん…。奈良坂先輩と三上先輩目当てのお客さんだろうね…。女性ファン多いから、あの人達。今は1時間待ちみたいだよ。」

「クレープに1時間とかやばい。2―Bも整理券制度を導入しとけば良かったのに。」



私達は二人揃って溜息をこぼした。仕方ない、クレープは諦めよう。サービスすると言ってくれた先輩達には少し申し訳ないけれど、それもこれも先輩達が人気過ぎるのがいけないんだ。

宇佐美先輩から貰った整理券はちょうど2枚ある(恐らく、歌川と一緒においでってことなんだと思うけど)。
せっかく会ったんだし、と思って古寺を誘ったら、宇佐美先輩に好意を寄せているこいつは、戸惑いつつも喜んで誘いを受けてくれた。



「あ、古寺。ちょっと来て。」

「えっ、どうしたの?」



宇佐美先輩のクラスへ向かう途中、微かに追跡者の声を聞いた私は、隣を歩く古寺の腕を引っ張り、階段の裏側へと身を潜めた。
この声は歌川と…、辻先輩と犬飼先輩か。どうやら歌川は、私の姿を見ていないかと知り合いに聞き回っているらしい。……ふん、そんな簡単に見つかってやるかっての。

2―Aまで行くルートを変更した私は、困惑した表情の古寺の腕を引き、歌川達から遠ざかるように歩き出した。





「あっ、きくっちー!章平くんも!いらっしゃ〜い。」



古寺を連れて2―Aの教室に行くと、宇佐美先輩は驚きつつも、笑顔で招き入れてくれた。そして、彼女から手渡されたのは、なぜか黒縁の伊達メガネだった。

どうやら、このメガネカフェという店は、店員のみならず客までもがメガネをかけなければならない決まりらしい。さすが、ボーダーメガネ人間協会名誉会長。メガネ人口を増やすため、こういうところも抜かりない。
渋々メガネをかけてみせると、宇佐美先輩は「きくっちー似合ってるよ〜」と、とても嬉しそうだった。

宇佐美先輩のオススメだというメガネオムライスを注文して暫くすると、メガネをかけ、より知的な印象となった氷見先輩がオムライスを運んできてくれた。そして、彼女はオムライスの上にケチャップでメガネの絵を描く。
当然だけど、綾辻先輩の絵とは比べ物にならないほど上手だった。まさかメガネ一つにして、これほどまでに画力の差が出るとは…。
レジの方へ目を向けると、視線に気づいたメガネ姿の綾辻先輩がニコニコしながら、こちらに手を降ってくれたので、私も小さく手を振り返した。



オムライスを食べ終え、お腹もいっぱいになった私は、古寺と別れて一人図書室へと向かった。外は生徒達がライブをしていたり、イベントをやっていたりと騒がしいし、校舎内で静かなところといったら、もうここくらいしか思いつかなかった。

学園祭の最中であるため、図書室には思った以上に人が少なく、これなら静かに過ごせそうだと口元を緩める。受付にいた染井さんとは目で挨拶し、私は図書室奥にある人目のつかない席へと向かった。

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