学園祭のあるある、その一。コスプレ喫茶なるものをやろうとしたとき、容姿端麗な奴やクラスの人気者は強制的に接客をやらされる。そして、よっぽどの理由がない限り、当事者達がそれを拒否することはできない。
対して、私みたいな地味メンは衣装係か、調理係か(まあ、うちのクラスは衣装をレンタルするらしいから、衣装係はいらないんだけど)。特に料理ができるってわけでもない私は、学園祭当日はチラシ配りという無難で割と楽な仕事につくことができた。ラッキー。

燕尾服を着ることになったらしい歌川が羨ましげな視線を此方に向けていたけど、私は知らんぷりを決め込み、わいわいと盛り上がるクラスメイト達を傍観していた。





菊地原に転生した女の子20.5@





学園祭あるある、その二。買い出しは男女二人で行かされる。
なぜ、男女二人なのか。重たい買い物が多いのなら、力のある男達で行けばいいと思うし、人手が足りないからってわざわざ二人で行く必要はないはずだ。結局、か弱い乙女を演じた女子は軽めの袋を持たされ、「ありがとう。歌川くんってやっぱり優しいね」とか、「力持ちなんだね。さすが、ボーダー隊員!」とか、やたらと褒めまくるだけで、大して役に立たずに帰ってくるんだろう。それなら、看板作り手伝ってくれたらいいのに。

下書きされた文字を太いペンでなぞりながらそんなことを考えていると、少し離れた場所でメニュー本を作っていた女子三人組のうちの一人が「歌川ってさ」と唐突に口を開いた。



「奈良坂先輩みたいに儚げ美人って感じじゃないけど、女子に結構人気あるよねー。」

「そりゃ、紳士的で女子にも優しいし、文武両道な上、ボーダー隊員でしょ?有望株に違いないわ。」

「テニス部の先輩、歌川くんのこと狙ってるって言ってたよ。きっと学園祭中に告白しようと思ってる子も多いんじゃないかな。」

「ほぉー。みんな、青春してますな。若い若い。」

「彼氏とラブラブなアンタが言うな。腹立つ。」

「あははー!」



学園祭のあるある、その三。本人がいなくなった途端、始まる女子の恋バナ。……いや、これは学園祭だけに限らないか。女子ってなんですぐに恋バナ始めるんだろう。他人の恋愛なんて特にどうでもいいと思うけどね。

下を向くと顔にかかるサイドの髪を煩わしく思いながら、黙々と作業を続けていると、三人の中で一番大人しそうなボブヘアの女子が「でも、」と呟いた。



「歌川くんってあんなにモテるのに、どうして誰とも付き合おうとしないんだろ…。」

「んー、普通に考えて、もう既に彼女がいるんじゃない?告白断るときも、好きな子がいるから〜って言って断るらしいし。」

「あ、そうなんだ。……歌川くんの彼女さんってやっぱり、菊地原さんなのかな?ほら、あの二人っていつも一緒にいるし。」

「確かに。男女であの距離間は普通じゃないよねぇ?」


「………。」



チラチラと此方に向けられる視線が鬱陶しい。学園祭まであまり時間ないんだから、そんな喋ってばかりいないで、もっと手を動かせばいいのに。
突き刺さる視線を無視し続けていると、活発そうなポニーテールの女子がフッと笑って言った。



「いや、さすがに菊地原さんが彼女はないでしょ。」










「『全然釣り合ってない』とか『恋人には見えない』とか、何も知らない奴に言われるの、ホント腹立つ。
ていうか、なんで私が歌川に釣り合わせなきゃなんないわけ?意味分かんないんだけど!」

「おおっ、きくっちーご機嫌斜めだね〜。」



放課後、廊下で和やかにお喋りしていた宇佐美先輩と三上先輩を偶然見つけた私は、溜まりに溜まった愚痴を聞いてもらうため、二人を近くのファミレスへと連行した(学園祭準備期間は、六頴館に通うボーダー隊員全員、防衛任務等が免除されているから、二人が暇していることなどお見通しだ)。

注文したパフェを次々と口の中へ放り込みながら、くどくどと不平を並べていく私に、先輩二人は苦笑しつつも、ちゃんと愚痴を聞いてくれる。やっぱり、持つべきものは薄情な彼氏より、頼りになる先輩だよね。
三上先輩に「今日は歌川くんと一緒じゃないの?」と尋ねられ、私はふてくされたような声で言った。



「あいつはまだ学校。お店で出すお菓子の試食頼まれたんだって。あんなの、女子が料理できますアピールするための口実に決まってるのに。
『お前も一緒に残るか?』とかふざけたこと言うから、膝蹴りして逃げてきた。」

「あらら…。」

「うーん。それはちょっと、膝蹴りしたい気持ちもわかるかも…。」

「でしょ!?ほんと、あいつってジェントルマンとか言われてる割には結構、無神経だよね!女子と二人で買い出しとか平気で行くし、衣装合わせのときなんか『こういう服も似合うな』とか『髪型も凝ってて可愛いと思う』とか、天然タラシもいい加減にしろって感じでさ。おまけに、私より女子の手作りお菓子優先しちゃうとか……ほんと、ムカつく!」



授業以外は学園祭の準備で忙しいし、ボーダーは休みだし、最近は学校の帰り道くらいしか一緒にいられないっていうのに、その時間すらも他の女子達と過ごそうとするなんて信じらんない。
お前がそんなんだから、周りから『恋人には見えない』とか言われちゃうんだよ。

「歌川のバーカ…。」ちょっと涙声でそう呟くと、宇佐美先輩がよしよし、と私の頭を撫で始めた。……この人に撫でられるのは随分と久しぶりな気がする。
大人しく撫でられ続ける私を見て、宇佐美先輩はへらっと間抜けそうな笑みを浮かべた。



「そっかぁ。きくっちー、うってぃーと一緒にいる時間が減って寂しかったんだね〜。」

「っ、はあ?違うし!」

「ふふふ。そんな寂しがり屋なきくっちーに、これをプレゼントしてあげよう!」

「だから違うってば!!……え、なにこれ。」



私の否定の声をスルーした宇佐美先輩は、自分の鞄からチケットのようなものを2枚取り出すと、それを私に手渡した。
訝しげに見てみると、そこには“2―Aメガネカフェ D13時〜”という文字と、その下に常人では描けないであろう壊滅的なセンスのイラスト?が描かれている。……なんだこれ。



「うちのクラスがやる、メガネカフェの整理券だよ!きくっちーには特別に2枚あげるね。」

「カフェって、うちのクラスと被ってるし。ていうか、なんで2日前からもう整理券配ってんの…。」

「そりゃ、うちのクラスには、ボーダー内外に多くのファンを持つ絶世の美女!綾辻遥ちゃんがいるからね!彼女のメガネ姿を拝めると知れれば、整理券なんて一瞬で配布終了。この券欲しさに血涙を流したファンが一体何人いたことか…!」

「……いや、そこまで入手困難な整理券とか怖いし、貰いたくないんだけど。」


 
私のその呟きは、熱く語り続ける宇佐美先輩に届くことはなかった。先輩の話から察すると、この常人では理解できないイラストは綾辻先輩が描いたものなんだろう。さすが画伯と呼ばれているだけある。
深い溜め息をついていると、それを見ていた三上先輩がニコニコしながら口を開いた。



「うちのクラスは、クレープ屋さんなの。サービスするから、ぜひ食べに来てね。」

「……気が向いたらね。」


 
私はそう素っ気なく返し、残りのパフェを口の中へと放り込む。先輩達と話していたら、苛立ってばかりで全然楽しみじゃなかった学園祭が、少しだけ楽しみになった。

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