「こいつが風間隊の“菊地原なまえ”?なんだよ、超弱そうじゃんか。」
「だろ?地味でぱっとしない感じ。つか、まじで実力も大したことないんだぜ。オレ、入隊したばかりの頃に一度戦ったことあんだけど、圧勝だったわ。」
「はあ?じゃあ、なんでA級になれたんだよ。」
「そりゃ、風間隊の他の隊員がスゲェ奴ばっかなんだって。アタッカー個人ランク上位の風間蒼也とか、奈良坂達と『新人王』の称号争ってた歌川遼とかさ!ほら、お前も入隊時期一緒だったし、名前くらい聞いたことあんだろ?」
「あー、確かにそんな奴いた気がするわ。」
「………。」
多分、高校生だと思われるアホ面の男2人に絡まれてるなう。あーもう、ほんと、めんどくさいなぁ。隊服を見る限り、こいつらはB級隊員なんだろう。どこの部隊所属かは知らないけれど、後輩いびりなんてするくらいだし、程度がしれている。相手にするだけ時間の無駄だ。
私は無言のまま、彼らの横をすり抜けようとした。しかし、男の1人が「おっと」と体をずらして、私の行く手を阻む。そして、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、男は言った。
「なあ、俺と個人ランク戦しようぜ。」
「やだよ、めんどくさい。私はキミらと違って暇じゃないんだから。そこ、通してくれる?」
「……は?何こいつ、スゲェ生意気なんだけど。」
「A級に上がれたからって調子乗ってるんじゃねぇの?」
素直に返せば、男達の眉間にシワが寄る。どうやら私の態度が相当気にいらなかったらしい。青筋を立てながら「こりゃ、お灸を据える必要があるな」と言うと、彼らは私の腕を掴んで強引にランク戦ブースへと押し込んだ。
「おまえ、俺が勝ったら風間隊やめろよな。」
「………。」
いや、そんな破天荒なこと言われても、「はい。わかりました」って素直に従うわけないじゃん。やっぱり、こいつらアホだな。
なんか思ったより面倒なことになっちゃったけど、きっと歌川に事情を説明したら、自業自得だって言われるんだろう。あーあ、納得行かない。
渋々、パネルを操作すれば、すぐさま対戦の申し込みが入る。ふーん、5本勝負ね。仕方ないな。正直これ以上絡まれるのは勘弁だし、5本くらいなら付き合ってやってもいいかと、私はその勝負を受け入れた。
『対戦ステージ「市街地A」
個人ランク戦5本勝負、開始。』
菊地原に転生した女の子16 「あれ、うってぃー。きくっちーとは一緒じゃないの?」
風間隊の作戦室に入ってきた歌川を見て、宇佐美は不思議そうに尋ねた。いつも一緒に来るのに珍しい、と。それを聞き、彼女の正面の席に座る風間も、手元の書類から歌川へと視線を移す。2人分の視線を集めた歌川は、少し困った表情で口を開いた。
「それが、俺が日直の仕事を終えるのを待っていられなかったみたいで。先に本部へ行ってるって話だったんですけど、その様子じゃまだ来てないみたいですね…。」
「うーん、今日は防衛任務もミーティングもないから、模擬戦でもどうかなって太刀川隊と話してたんだけど。」
「一応あいつに連絡して、繋がらないようなら先にロビーへ行ってるか。太刀川隊とはそこで落ち合うことになってる。」
「はい。」
風間が提案したとおり、歌川は何度かなまえに連絡してみたが、どれだけ試しても一向に繋がる気配がない。もう、これは潔く諦めたほうが良さそうだ。
長い時間、相手を待たせるのも悪いので、風間と歌川は先にランク戦のロビーへ向かうことにした。もし遅れてなまえが来ても、ロビーへ向かうよう宇佐美に伝言を頼んでおいたので大丈夫だろう。
「頑張ってねー」という宇佐美の呑気な声援を受けながら、2人は作戦室を後にした。
「はあ、一体どこを寄り道しているんですかね。」
「まあ、いい機会だ。偶にはあいつがいない状況下での戦いも慣れておくべきだろう。」
「そうですね。」
:
:
「ふーん、あいつも
隠密トリガー使うんだ。」
ランク戦開始早々、視界から消えた男に動じることもなく、なまえは悠然とした様子で呟いた。相手は自分と同じ攻撃手。近距離戦での奇襲において
隠密トリガーは無類の強さを持っている。
しかし、なまえとの戦いにおいて、そのトリガーが役に立たないことを無知な男は知らなかった。
(カメレオンはトリガーの消費が激しいから、すぐに顔を出してくるはず。)
なまえの予想通り、間もなく男は背後から姿を現すと、彼女に向かって孤月を振り翳した。気づいていないのか、なまえは前方を向いたまま全く動かない。
これはもらった!と男が思ったときだった。彼の死角をついた攻撃をまるで見えているかのように、なまえは己の背中から出したスコーピオンで、男のトリオン器官を的確に破壊した。
「なっ!?」
「はい、1勝。」
なまえがそう呟くと同時に、男が
緊急脱出する。口ほどにもないなぁ、となまえは溜息をついた。こんなんじゃ訓練にもならないし、さっさと5勝してしまおう。
2戦目も男はカメレオンを使ってきた。しかし、彼女からしてみれば、足音が大き過ぎて、居場所がバレバレだ。今度は此方からある程度の距離まで近づき、伸ばしたスコーピオンで首を落とした。
「なんで、視えんだよ…!」と怯えた様子で
緊急脱出した彼に、なまえは「別に、視えてるわけじゃないよ」と無表情で返した。そう、彼女は“視えている”わけではないのだ。
3戦目はさすがに学んだのか、男は
隠密トリガーを使わなくなった。しかし、だからと言って、なまえの敵ではない。師匠を持たない彼女だが、これでも風間に毎日鍛えられているのだ。
この男の仲間は、入隊したばかりの頃になまえと戦ったことがあると言っていたが、その頃の彼女と今の彼女の実力が同じであるはずがなかった。
「ねえ、先輩。もしかして、B級成り立て?それとも、あまり他部隊の戦闘タイプとか興味ない感じ?」
「っは、はあ?」
「あー、どっちもかな。私の
副作用のことも知らなかったみたいだし。」
「チッ、急にペラペラと何が言いてぇんだよ…!」
「別に。ただ知らないんだったら、教えてあげようと思って。」
なまえが初めて口角を上げた。
「うちのオペレーター曰く『
隠密戦闘と言えば風間隊』らしいよ?」
男がヒッと情けない声を上げ、後ずさる。なまえの姿が消えたと思った瞬間、男はベットの上に落ちていた。
「お、風間さん達!遅かったじゃん。」
「ホントだ。もう終わっちゃいますよー。」
「?何の話だ。」
風間達がロビーに到着すると、それに気づいた太刀川と出水がソファーに座りながら手を振った。
風間は彼らのもとへ歩み寄り、遅れてしまったことへの詫びと、なまえが不在の模擬戦になることを伝えようと口を開いた。しかし、それは出水の「あ、決まった」という声によって閉ざされた。
「おー、終わったか。瞬殺だったな。」
「いや、だって実力に圧倒的な差がありましたもん。対戦相手が可哀想になるくらい。」
「てか、相手だれだ?」
「さあ。隊服的にB級なんだろうけど、オレは知らないっすね…。」
2人の会話から、今やっていたランク戦の話をしているのだと察した風間と歌川は、揃ってモニターに目を向ける。そして、そこに表示されていた名前に、僅かだか目を見開いた。
「あいつ、ランク戦してたのか」と歌川が意外そうにポツリと呟く。なまえは自分から好んでランク戦をしにいくようなタイプではない。きっと相手に押し切られて、嫌々参加することになったのだろう。
そんな見知らぬB級隊員となまえの対戦結果は5対0で、なまえの完全勝利だった。その結果に関しては、歌川も風間も特に何か思うことはなく、当然のことだと受け入れている。
見た目は非力そうな少女であるが、彼女も実力のあるA級隊員だ。そこらのB級に負けていては、風間隊のアタッカーは勤まらないし、A級トップなど目指せない。
なまえが対戦ブースから出てきたのを確認し、歌川が声をかけようとしたーーそのときだった。同じく対戦ブースから出てきたB級隊員の男が駆け足でやってくると、なまえの手首を乱暴に掴み、興奮したように声を上げた。
「な、なあ!お前、オレの部隊に入らないか…!?」
「……はあ?」
何言ってるんだ、こいつ。
なまえは眉間にシワを寄せ、今日一番の不機嫌顔で男を見た。しかし、そんな視線など何のその、男は名案だとばかりに目を輝かせ、彼女に詰め寄っていく。観戦していた男の仲間も呆気にとられた顔で、その様子を傍観していた。
「オレの部隊、結成したばっかなんだけど、まだ空きがあんだよ!女の子の戦闘員も1人くらい欲しいと思ってたとこだし、ちょうど良いじゃん。なっ!」
「いや、意味分かんないんだけど。てか先輩、私のこと地味でぱっとしないとか、実力も大したことないとか言ってなかった?」
「あんなの第一印象だろ?今はお前の凄さ、ちゃーんと理解してるぜ。それに、さっき戦ってみて気づいたんだよ!お前とオレが組めば、最強の
隠密部隊が作れるって!」
「……。」
いや、もう呆れを通り越して何も言えなかった。男がこれを本気で言ってるかどうか定かではないけれど、この男がなまえの想像を超えるドアホであったことは間違いない。
そのときのなまえは非常に疲れきった顔をしていたが、それがランク戦後による疲労でないことは見て明らかだった。
因みにそのとき、太刀川と出水は少し離れたところで、なぜかワクワクしながら事の成り行きを見守っていた。彼らは助けに入るどころか、完全に野次馬のソレになっていた。戦闘では心強いが、こういう状況ではまるで頼りにならない。それが太刀川隊である。
「よし。そうと決まれば、申請しに行こうぜ!……いや、その前に仲間の紹介が先か?よし、今からオレ達の作戦室に案内してやるよ。」
「いや、私もう風間隊に入ってるんだけど…。」
「はあ?風間隊ぃ?おいおい、そんなんやめちまえよ。お前を置いとくには勿体無いって!安心しろ。俺とお前が組めば、風間隊なんてすぐ追い越せるからよぉ。」
「……ほう。そこまで言うくらいだ。お前は大した実力なんだろうな?」
「「!」」
突然聞こえた第三者の声に、2人はビクッと肩を揺らす。それは、なまえにとってかなり聞き慣れた者の声であり、その声色からして声の主は相当お怒りの様子であることを彼女は悟った。此方に向かう2つの足音はだんだん大きくなっていく。どうやら、そこには学校に置いてきた歌川もいるようだ。
ああ、恐ろしくて男の背後が見られない。なまえは目を合わさぬよう咄嗟に俯いたが、勇気のあるアホは振り返り、その声の主を確認するとハッと嘲笑った。
「なんだよ、ガキか。オレ達に何の用だ?」
「お、おい!ちょい黙れ、お前!」
傍観していた男の仲間が慌てて、アホな男を止めに入る。このアホは、どうやら風間のことを知らないらしい。「なんだ?」と首を傾げたアホに、仲間の男は必死で説明した。
「この人が風間さんだよ!風間隊の隊長さん!あと、その後ろにいる奴は歌川!さっき、話してたろ!?」
「風間隊の隊長……ってことは、え、この子の部隊の隊長だよな!?はっ、こんなガキが隊長なのかよ?おい、お前やっぱオレの部隊に来た方がいいぜ!?」
「っ、ちょ…!?」
ガシッと両肩を掴まれ、男の方へと向きを変えさせられる。そして、割と近い距離にあった男の顔にドン引くなまえだったが、すぐにまた別の人物に腕を引っ張られ、その男との距離が開いた。
ぽすん、と背中に軽い衝撃を受けたなまえは、そこから感じる温かさと聞こえてくる鼓動に、目をぱちくりさせる。顔を上げれば、そこには口角は上がっているけれど、目は笑っていない歌川がいた。
げっ。なまえは口元を引きつらせる。どうやら風間だけでなく、普段はストッパー役の歌川すらもこの現状にお冠らしい。
なまえはもう何もかもを諦めた。ただ、これ以上騒ぎが大きくならないことを祈るだけである。
「ブースに入れ。菊地原は俺の
部隊の大事な
隊員だ。欲しいのなら、まずは俺を倒してみろ。」
「いや、風間さんが出るまでもないですよ。俺がやります。3秒以内に終わらせてみせますよ。」
(……早く帰りたい。)
後に、『ヒロインを取り合う何かのドラマみたいでなかなか面白かった』と太刀川隊の二人は語り、『賑わうランク戦ロビーでそこだけ殺気やら何やらで異様な空気を漂わせていた』と、偶々通りすがった諏訪は語った。
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