「かんぱーい!風間隊、A級認定おめでとうございまーす!」



昼間の賑わうレストランで、浮かれた顔の宇佐美先輩が乾杯の音頭をとる。けれど、彼女を除いたメンバーは既に食事を始めていて、そこには非常に温度差のある席が出来上がっていた。まあ、それを気にしてる人なんて、ここにはいないけど。

風間さんの奢りであるピザやらポテトやらを食べながら、宇佐美先輩の陽気な声を聞き流していると、隣に座る歌川が呆れた様子で「ついてるぞ」と私の口元をティッシュで拭った。



「もう、『隠密ステルス戦闘と言えば風間隊!』って感じになってますね!コンセプトチーム燃える!」

「他所がうちと同じことをやっても勝てないからな。」

「きくっちーの耳のおかげだね。」



自分の名前が上がったので、そちらに視線をやれば、ニコニコと笑みを浮かべた宇佐美先輩とばっちり目があった。素直で明るくて、私とは正反対な先輩だ。似ているのは、クセの強い髪くらいか。私は表情をそのままに、平然とした態度で口を開いた。



「まあ、100%そうですね。」

「おい。」



私の返しをよくないと判断した歌川が「宇佐美先輩の情報支援のおかげですよ」とすかさずフォローを入れる。年上を立てる優等生らしい発言だ。
それに機嫌を良くした宇佐美先輩は、「うってぃー!キミは出世するぞ!」と相変わらず浮かれた様子で言った。楽しそうで何よりである。……それより、何か甘いものが食べたくなってきたなぁ。

立て掛けてあったメニューを手にとり、デザートのページを開いていると、それに気がついた歌川が「こら、なまえ」と眉間にシワを寄せた。
今日は全て風間さんの奢りだ。少しは遠慮しろと言いたいんだろう。しかし、それを制したのは風間さんで、彼は口をもぐもぐさせながら言った。



「いい。好きなだけ頼め。」

「はーい。」

「風間さん…。」



ほら、風間さんもこう言ってるんだから良いじゃんか。何か言いたげな表情の歌川を無視して、私は近くにいた店員を呼ぶ。
そして、遠慮なく一番高いパフェを頼み終えると、諦めた様子の歌川が深い溜息をもらした。ほんと、こいつは真面目過ぎだと思う。いつかストレスで胃に穴を開けるんじゃないかな。そうなったら確実に私が原因だろうけど。


それから暫くしてやってきたパフェを頬張る私と、疲れた表情を見せる歌川、そして「まあまあ、うってぃーも飲みなよ!」と歌川の空のコップに水を注ぐ宇佐美先輩を見て、風間さんはいつも通り無表情のまま口を開いた。



「A級に上がる第一目標は達成した。だが、これからだ。やるからにはトップを目指す。この部隊チームなら、それができるはずだ。」



風間さんのその言葉に私達は、しっかりと頷いた。





菊地原に転生した女の子15





「げ。」

「顔を見るなり、その反応は酷くない?」



学校からの帰り道。ちょっと色々寄り道していた私は、CDショップを出てすぐの通りで私服姿の迅さんと鉢合わせてしまった。最悪だ。露骨に嫌そうな顔をした私を見て、迅さんが何か不満をこぼしているけど、知ったことか。

こんなところで迅さんと会うだなんて、ただの偶然には思えない。だって、彼のサイドエフェクトは未来予知だ。きっと何かあるに違いない。
勘ぐり過ぎなだけかもしれないけど、やっぱり面倒事に巻き込まれるのは勘弁だし、さっさとこの場から立ち去った方がいいだろう。

そんな私の考えを読んだのか、迅さんは逃さないとばかりに私の肩に腕を回すと「まあまあ、肉まんでも奢るからさ」と近くのコンビニを指差した。
仕方ないなぁ…。まあ、ちょうど小腹も空いてるし、今回は素直に奢られてあげるか。「ココアもつけてくださいよ」と告げれば、迅さんは「了解」と苦笑を浮かべながら頷いた。



「そう言えば、歌川は?お前達が一緒じゃないなんて珍しいな。」

「あいつは委員会があるとかで、多分まだ学校にいると思います。……ていうか、別にいつもあいつと一緒にいるわけじゃないですから。」



私が不機嫌そうに答えれば、迅さんは「ふーん?」と口元を緩めた。何だよ、ニヤニヤしてて腹立つな。ムカついたので彼が持つ買い物カゴの中に、目についたお菓子をポイポイと放り込む。しかし、迅さんは平然とした表情で、自分用のぼんち揚げと一緒に会計を済ませてしまった。ちっ、これがS級隊員の懐の余裕か。

コンビニを出ると、迅さんは「ほら」と言って、肉まんとココアとたくさんのお菓子が入った袋を私に差し出した。もちろん、ぼんち揚げはしっかり彼の腕の中だ。袋を受け取った私は、無意識的に眉を寄せた。
用は済んだし、このまま帰ってしまっても良かったけれど、こんなに買ってもらっておいてそれは如何なものか。いくら無神経な私でも、さすがに罪悪感を抱く。……ああ、なるほど。これが彼の狙いだったのか。

ニコッと笑う目の前の男に、私は顔を顰めた。やっぱり、この男と関わると碌なことがない。はあ、もういいや。考えるのはよそう。
諦めた私は、袋から肉まんを取り出し、がぶりと食いつく。頬を刺すような冷気の中、ホカホカの肉まんはそれはそれは美味しかった。



「そういや、もうA級に上がったんだってな。さすが、俺がスカウトしただけある。」

「勘違いしないでください。A級に上がれたのは風間さんのおかげですから。」

「……へえ、風間さんに随分と懐いたんだなぁ。」



迅さんは目を細め、微笑ましげに言った。そういう生暖かい視線はむず痒いから、やめてほしいんだけど。迅さんから目を背け、無言で肉まんを食べ続けていると、近くでゲートが開く音がした。


ヴゥーーーー…
 

『門発生。門発生。座標誘導、誤差6.92。近隣の皆様はご注意ください。繰り返します―――』



「……そう言えば、ここって警戒区域に近いんでしたっけ。」

「ああ、って言っても誘導装置があるし、近界民がこっちまでくるより先にボーダー隊員が倒すだろ。」



迅さんは「今日の防衛任務はどこの部隊だったかなー」と呑気に呟きながら、ボリボリとぼんち揚げを食べている。これといって慌てた様子もないから、彼はきっとこの未来が見えていたんだろう。余裕そうな態度が腹立つ。
私は残り少なくなった肉まんを口へと運びつつ、この男が一体何を企んでいるのか考えた。私をわざわざ警戒区域近くまで連れてきたのはなぜか。門が開いたのはただの偶然なのか。



「ーーーー!」

「!」



そうして、考えている最中に聞こえてきたのは男の子の悲鳴で。ばっと警戒区域の方を見た私に、迅さんは「何か聞こえた?」と尋ねた。



「男の子の悲鳴。あっちの方角から。」

「よし。じゃあ、そっちは俺が向かおうかな。お前は女の子の方を探してくれ。」

「……女の子?」

「ああ、菊地原なら絶対に見つけられる。頼んだぞ。」

「はあ?ちょっと…!」



意味分かんないんだけど!と叫ぶ私を完全に無視し、すぐさまトリガーを起動させた迅さんは、身軽に屋根の上へと飛び上がり、警戒区域の方へ走っていってしまった。解せぬ。説明する暇もないというのか。先程は防衛任務中のボーダー隊員に任せて大丈夫だと言っていたくせに、嘘ばっかりだ。

肉まんの最後の一口を食べ終えた私は、仕方ないとばかりにベンチから気怠げに立ち上がる。お菓子やらが入った袋は邪魔だし、どこかの屋根の上にでも置いておこう。



「トリガー、オン。」



ポケットに入れていたトリガーを起動させ、トリオン体になった私は、耳を澄まして迅さんが話していた女の子の音を探る。
あの男の言うとおりにするなんて本当に癪だけれど、市民を守るのがボーダーの務めだし、お菓子もいっぱい買ってもらったし、今回ばかりは素直に従ってやろうと思う。……もちろん、後で文句は嫌というほど言ってやるつもりだけどね。


僅かに聞こえた女の子の声をたどって、私は足を踏み出した。

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