比翼連理


千切豹馬の回想  






「あっちい!!!水!!死ぬ!!」
「やっと休憩……!」

 休憩を告げられ、束の間の休息に地面に倒れ込むチームメイトたち。俺も右足のケアしとかねーとな。部屋の隅に座り込んで疲労で限界ギリギリになっている足を軽くマッサージしていると、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
  
「夏の寺掃除でもこんなにしんどくなかった!!」
「夏!スイカ!水着!可愛い女の子に会いてぇ!!」
「紹介してくれ!!」
「ここで日本一になれば黙ってても女の子の方から寄ってくるはず!」
「はっ!!そうだよな?!」
「だーっ!!うっせぇぞテメーら!!!」

 大の字に寝転がって煩悩まみれのイガグリと今村に雷市が突っ込んでいるけれど、俺としては雷市の声も十分にうるさいと思う。野郎が騒いでるってだけで暑苦しいんだから静かにして欲しい。そう思っていると、頭上に影が落ちて目の前に現れるボトル。視線だけ動かすと、そこには我らがチームのヒーローの姿があった。

「水分摂っとけよ」
「おー、サンキュ。取りに行くのに遠いと思ってた」
「お前な……」

 そんなとこだろうと思ったけど。
 ため息を吐きながら俺の横に座り込むヒーローこと國神は汗に濡れた頭をタオルでガシガシと拭いている。

「なー、俺の頭も拭いて」
「いや、それくらいやれよ」
「髪結んでるの崩れるの嫌だからやっぱいいわ」
「……お嬢様、流石にそれは気まぐれすぎやしませんかねぇ」

 いい加減にしろよ、なんて言いながらも新しいタオルを投げてくる辺りこいつはどこまでも人が良い。良すぎて都合よく使われそうだなとも思った。いつもミーティングの前に俺を呼んで来るよう言われてるみたいだし。いつもよくやるなって思う。まぁだからと言って俺の行動が変わるかと言われると、そう言うわけじゃねーんだけど。それとこれとは話が別ってやつ。

「どした、千切。ぼーっとしてるけど大丈夫か?」

 ほらやっぱりお人好しだ。
 顔の前で手のひらをヒラヒラさせている國神に、大丈夫と告げてボトルを煽る。向こうの方ではまだ夏の話をしていた。外は冬になる頃だって言うのに、空調管理もしっかりされているここだと季節感が全くなくてそんなことも忘れそうになる。

「夏ねぇ……俺は冬が好き」
「俺は春だな」
「へぇ。意外。夏っぽいのに」
「なんだそれ」
「ヒーローって暑苦し、熱血そうじゃん。あと髪色とか」
「今お前暑苦しいって言ったろ」

 誤魔化せてねーからな?
 呆れたような声が返ってくるけれど、誤魔化すつもりも無かった俺は適当にスルーした。そんな俺を大して咎めることも無く、國神は言葉を続ける。こいつのこういう所、嫌いじゃないんだよな。
 
「春いいだろ、なんか新しいことが始まりそうでワクワクすんだよ」

 その言葉に昔の記憶が蘇る。あれはたぶん小学生の頃。だいぶ寒さが和らいできた春先、Jリーグの開幕戦を一緒に見ていた時の会話だった。

『はー、開幕ってことは冬も終わりかー』
『豹馬は冬が好きだもんね。でもね、春もいいと思うよ?』
『なんで?』
『だっていろんな新しいことが始まる季節でしょ?』

 学年も上がるし、桜とかも咲くし!
 そう言って笑ったアイツの顔を見て、まぁそれも悪くねーかなと思ったのを覚えている。その後、進級の話からクラス替えの話になって「でも豹馬と離れるのは嫌だな……」と気落ちしていたアイツを「離れても毎日一緒に登下校すればいいだろ」と励ましたことも忘れてない。結局その年のクラス替えでもまた一緒だったから杞憂に終わったんだけど。

「千切?」

 そんなことを思い出していれば、國神がまた怪訝そうな顔をして俺を覗き込む。

「やっぱり調子悪いんじゃ、」 
「あー……いや、昔俺の幼馴染みが國神と同じこと言ってたなって」
「ならいいけどよ、ってお前幼馴染み居るんだな」
「そ。まぁここに来る前は俺が怪我してキツく当たったりしたからちょっと疎遠になってるけどな」

 最後に会話したのはいつだったか。そもそもここに来ることも言ってねーしな。まぁそっちは親伝いに知ってるとは思うけど。
 そう思いながら自嘲するように返せば、國神は言葉を選ぶように逡巡してゆっくりと口を開く。
 
「……戻ったらちゃんと謝っといた方がいいぞ」
「わかってる。ってなんだよ、その顔」
「あぁ、いや悪い。お前にも謝るって気持ちがあったんだなって」
「ひっでぇ。國神の中の俺ってそんな酷いヤツなわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……!」

 意地悪く聞いた俺の質問にも真面目に謝ろうとしてくる國神。こいつは絶対、大きい荷物を持って歩いてるばあさんを見つけたらほっとけないタイプだよな。
 でもなんとなく――

「似てるよ、國神」
「?」
「お前とアイツ」
「そう、なのか……?」
「例えば俺の我儘受け入れてくれるとことか」
「いや、それに対して俺はどう反応したらいいんだ……つか別に我儘受け入れてるわけじゃないからな?でも確かにお前を呼びに行くのはよく分からんが俺の役目になってるんだよな……いやいや、そもそも千切がちゃんとミーティングの時間とか守ればなんの問題もない話で……」
「ふは、変に真面目なとこも似てるわ」

 流石にお前ほど筋肉質になられたら困るけどな。
 そう笑えば、國神はポカンと間抜けな顔を晒してくる。  

「は、もしかして幼馴染みって女……?」
「そうだけど?」
「そうか……いや、すまん。勝手に男だとばかり思ってた」






「ああ、そうだ。ちゃんとアイツと仲直りしたからな」

 ドイツ棟で再会して潔と蜂楽と2on2をした後、イングランド棟へ戻る前に國神を呼び止めてそう伝える。すると視線だけこちらに向けた國神が小さく唸るように呟いた。

「……興味ねえ」
「あっそ。まぁでも俺が言いたかっただけだからいいんだよ」
「チッ。本当自分勝手なお嬢だな」
「いつか紹介するな」
「んな甘いこと言ってる暇あったらさっさと戻って練習しろ」
「はいはい、忠告サンキュー。拗らせヒーロー」
「……うぜぇ」

 そう吐き捨てて立ち去る背中。なんだかんだ言いつつも「紹介しなくていい」とは言わねーんだよな。人の良さが隠しきれてねーぞ、ヒーローさん。そう一人呟いた言葉は誰にも届くことは無かったけれど、アイツらとの練習と言いたいことを言って心身ともに満たされた俺のイングランド棟に戻る足取りはとても軽かった。 
  


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