PDL短編


スペアバイク ウサ吉編 -side you-  







「志帆ちゃん、おつかれさま」

お昼ご飯を一緒に食べようと約束していた聖ちゃんの声で、いつの間にか授業が終わって昼休憩に入っていたことに気付く。校内の風景画を描くと言う課題で、人気の無い静かな場所を選んで描いていたのが仇になったらしい。

「ごめんね、急いで片付けてくる」

バタバタと立てていたイーゼルと画材を片付けて美術室へ片付けに行く。それに嫌な顔せずに同行してくれる聖ちゃんには申し訳ないから後で飲み物でも奢ろう。あ、そう言えば昨日、売店に新しいお菓子が入ってたからそれを買ってみるのもいいかもしれない。昨日は既に売り切れていたそれを思い出して、聖ちゃんに提案しようと振り向いた時。丁度美術室から出てきた尽八くんと出会した。

「聖に志帆ちゃん、今から昼食か?」
「ええ」
「私が授業終わったの気付いてなくて……私、片付けてくるね」

聖ちゃんと話したいだろう尽八くんに少しばかり時間を譲って、急いで荷物を美術室内へ運ぶ。あぁもう、みんな乱雑に置きすぎじゃないかな……規定の位置からだいぶはみ出している用具たちにげんなりしながら、適当に少し片付けて自分が使っていたものを戻す。綺麗ではないしまだ少しはみ出しているけどこれくらいなら許容範囲だろう。なにより聖ちゃんを待たせているのだから時間は掛けれない。

「お待たせ、ごめんね時間取っちゃって」
「大丈夫よ。まだそんなに経ってないから、お昼ご飯を食べた後にウサ吉くんの所へ行く時間も十分あるわ」

教室から出た私にふんわり笑ってくれる聖ちゃんは今日もとても綺麗で可愛い。今は横に並んでいるのが尽八くんだから余計にそう思うのかもしれないけど、これを言うと尽八くんが騒がしくなるから言わないでおく。一緒に居ることが増えて暫く経つにも関わらず、絵になる二人の並びに少し目を奪われていると、何かを思い出したように尽八くんが口を開いた。

「そう言えば、さっきウサ吉を見たぞ」
「?」

どういうことだろう。さっきまでは授業中なのに。どうやら聖ちゃんも私と同じことを思ったらしく、顔を見合わせて二人で首を傾げる。

「さっき絵を描いている時に画角にウサ吉が入り込んで来てな。直ぐ姿を消したので別個体かとも思ったが、確認のためにカバンからキャベツを取り出したら寄って来て食べたんだ」

だからあれはウサ吉で間違いないぞ。
そう自信たっぷりに言い切る尽八くん。待って、尽八くんカバンにキャベツ入れてるの??隼人くんが聖ちゃんの実家のレストランで余った野菜を少し貰ってるのは知ってたけど、その一部を尽八くんも貰ってたの?キャベツを??

「それでウサ吉くんはその後どうしたのよ」

私の頭の中がキャベツでいっぱいになっている中、聖ちゃんはちゃんとウサ吉の行方を気にしてくれていた。そうだ、尽八くんとキャベツについて考えてる場合じゃない。そんな所にウサ吉が居ると言うことは、なにかしらの原因で小屋から抜け出したと言うことだ。普段小屋から出すにしても誰かの目の届く範囲でしか遊ばせてないし、迷子になったりしていたら大変で最悪の場合は命に関わるかもしれない。あ、でも尽八くんが気付いてくれたならもう小屋に戻してくれたとかかな。それならお礼言わなきゃ。なんてことを思っていたのに。

「ウサ吉の自由にさせたよ。あいつの限りないチャンスはあいつのものなのだからな」

一瞬、私たちの時間が止まった気がした。

「……尽八くん、かっこいいこと言ったつもりかもしれないけど、ちょっと意味がわからない」
「尽八、貴方が普段あれだけうるさいくらいに使っている携帯電話はなんのためにあるの?」
「なっ……」

私と聖ちゃんの言葉を受けてショックを受けている尽八くんを残して廊下を駆け出す。とりあえず早く見つけなきゃ。私に少し遅れて聖ちゃんも追い掛けてきてくれ、どうやら尽八くんもこれからの事を察してくれたらしく着いて来てくれた。
隼人くんに知らせて、人手は多い方がいいからウサ吉と仲が良さそうな真波くんにも手伝ってもらった方がいいかもしれない。その場合は尽八くんから連絡してもらおうか。そんなことを考えながら、まずは一番近いウサ吉小屋に向かう。そのウサギがウサ吉じゃない可能性だってまだ少しは残っているし、それをまず確認しなきゃ。

「いたぁ!!」

こんなに全力疾走したのはいつぶりだと言うくらい走って、もうすぐ小屋の前だと言う所まで来た時に聞こえたそんな大声。この声、荒北くん?聞いたことある声に驚いたまま残り少しを走り切って辿り着けば、そこには予想通りの彼と、隼人くん、そして福富くんが立っていた。

「っは、ウサ吉、いる……?」
「なんだ、志帆たちも探してくれてたのか?ウサ吉、よく寝てるよ」

途切れ途切れになりながらなんとか聞けば、同じく走ってきたのか少し汗ばんだ隼人くんが安心したという表情で小屋の中を指さした。その先を覗き込めば、すやすやと気持ちよさそうに眠るウサ吉の姿。どうやら鍵が開いてしまっていて、そこから逃げ出していたらしい。眠る姿からは怪我をしている様子もなくて、とりあえず何事も無かったみたいでよかった。

「よかっ、た……」
「おっと」

安心して気が抜けたのか、日頃の運動不足が祟ったのか、多分その両方で力が抜けてしゃがみこみそうになったのを隼人くんが支えてくれる。ありがとうと伝えると、気にするなと言われて同時に隼人くんのお腹からぐぅと可愛らしい声が聞こえた。

「安心したら腹減ったな」
「あ、お昼ご飯……」
「オレたちもまだなんだ。よかったら一緒にどう?」

ウインクを寄越す隼人くんに、いい案だな!と乗る尽八くん。荒北くんたちは迷惑じゃないのかと視線を投げれば、別にィ?と返されて福富くんも静かに頷かれる。そうなれば私と聖ちゃんに断る選択肢は残ってなくて、彼女との二人のランチタイムは一転して六人の大所帯となることが決定した。まぁたまにはいい、かな?



 


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