PDL短編


アイビーの述懐  






「なぁ、新開ってなんで速水だったの?」

今日の晩飯なに?
そんなことを聞くのと同じような、ただ純粋な疑問。いつも通り図書室で受験勉強をしていたオレと尽八と聖は揃って、なんの躊躇いもなくそれを口にした男――いつもなら志帆が居るはずのオレの隣の席に居座る今井へと視線を向けた。

「今井、お前は何しに図書館へ来ているのだ」
「何って速水に次の授業の課題に良さげな本を見繕ってもらいに?」

呆れたような尽八の声にも動じず、今井はそれがさも当たり前のように答える。おかしいな、最初にここで会った時に牽制した筈なのにこいつに対しては全然効果がなかったみたいだ。結局オレたちが付き合い始めてからも今井はなんの遠慮をする訳でもなく、今日のように図書室へ現れては志帆へ頼み事をする。そんな今井を志帆もなんだかんだ言いつつ本気で嫌がってはないし、元来の頼まれたら弱い性格も相まってメモを片手に図書室の奥へと資料を探しに行っていた。

「でさ、さっきの質問!そこんとこどーなのよ?」

尽八の言葉で気を逸らせたと思ったけど、どうやらその考えは甘かったらしい。手元にあった志帆のシャーペンをくるりと回しながら聞いてくる今井。その手からシャーペンを奪い返して、オレは隠すことなく溜息を吐いた。

「お前に言わなきゃいけない理由が見つからないな」
「気になんじゃん!だってお前モテるから別に速水じゃなくてもさ、女子なんて選びたい放題だろ?現に今でも何人か居たわけだしさー」

本人は何気なく発したであろうそのフレーズに、インハイ前にロッカールームで真波に言われた言葉を思い出す。

『新開さんってモテますよね。東堂さんより本気になってる女の子多いって聞きましたよ』
『女の子、選びたい放題なんじゃないですか?』

あの時は真波が言いたいことだけ言ってそのまま立ち去ったから何も言えなかったけど、今のオレならちゃんと答えを返せる気がした。

「まぁ……確かに女の子から告白されたことはあるし、何人か付き合ったこともあるけどさ」
「なんか嫌味っぽくね?!」

オレの言葉にいちいち大袈裟な反応を見せる今井は置いといて話を続ける。お前が聞いてきたんだからとりあえず話終わるまでは静かに聞けよと思っちまうけど、それは仕方ないことだよな。

「今までのオレにとっては自転車が一番で、そっち優先になってもいいならって言ってオーケーしてたんだけど」
「それもどうかと思うがな」
「尽八、話の途中で口を挟まないの」
「それを分かってくれた上で付き合ってたつもりでもやっぱりそうはいかなくてね」

誰にでも優しいよね。
私の事本当に好きなの?
自転車と私どっちが大事?

それは今まで何度か言われて来た言葉。正直それを言われる度に、またかと思っていた自分が居たし、告白される時点でどうせまたそう言われて別れることになるんじゃないかと言う考えも過っていた。

そんなことを正直に伝えると、三人はどこか納得したような表情で頷いて、「なるほどな」と尽八が口を開く。

「隼人のファンは本気な子が多いからな」
「それじゃおめさんのファンが本気じゃないみたいだろ」
「東堂のはあれじゃん、アイドル的なやつ。『東堂様』だし、本気で付き合いてぇとかじゃなさそうだもんな。それに東堂の対応もファンの子みんな平等に扱ってる感じだから一定のラインで統制取れてんの。今思えば御園と付き合った時だってそんなに妬んでどうこう言ってる子とか聞かなかったしさ。それに比べて新開のは確かにマジな感じっつーか、愛が重そうなの多いっつーか」

実際、告白されてんのは新開のが数多いんじゃね?
分かったような物言いの今井に何か言ってやろうと思ったのに、あながち否定出来ないのが悔しい。こいつ、なんだかんだで人のことよく把握してるんだよな。

「まぁ告白の数が多いかどうかは置いといて、今までがそんな感じだったからなんと言うか……志帆に会った時が新鮮だったんだよ」
「隼人は彼女に苦手意識を持たれてたからな」
「志帆ちゃんが好きだったのはウサ吉くんだったものね」
「はは、おめさんたち容赦ないな……」

幼馴染みカップルが並べる言葉は残念ながら本当のことなので苦笑しか返せない。それにしても、尽八と聖のオレに対する扱いが似てる気がするんだけど一緒に居る時間が長いとこうなるのか?

「あの頃はウサ吉にはすごい優しい笑顔向けてたのに、いざオレが話しかけても素っ気ないし、寧ろ距離置かれるしでさ。そんなの余計に振り向かせたくなっちまうだろ?それに志帆のあの冷めた視線も結構クセになるって言うか……意外と悪くないんだよね」
「なぁ、新開ってエムなの?」
「……やっぱり志帆ちゃんに隼人と付き合うの考え直してもらった方がいいかしら」
「その時は手伝うぞ、聖」

ヒソヒソと眉を顰めて話し合いを始める三人。人に話させといてそれは流石に酷くないか、おめさんたち。でも別に、好きな子のどんな表情でも見たいってのはおかしなことじゃないだろ?正直、志帆の泣き顔は見てみたい気もするし。まぁでもこれを言ったら本気で聖が志帆に何か言いそうだから秘密にしておくけど。

「それに志帆はオレの直線鬼ってあだ名を聞いても怖がったりせずに、味方なら心強いって言ってくれたからさ。あぁ、この子なら大丈夫だなって思ったんだ」

自転車に乗るオレごと好きになってくれる。
大学に行っても自転車に乗るのを辞めるつもりは無いオレにとって、それはとても重要な事だった。現に一度だけ「大学に入っても自転車降りるつもりはないんだけど、志帆はそれでも大丈夫?」と伝えたら、「乗るかどうかを決めるのは新開くんで、私が口を出すことではないよね?まだやりたいと思うなら、やめるのは勿体ないと思うけど」と不思議そうに首を傾げられた。それを言われた時のオレの気持ちは言葉に出来ないくらいのもので、感極まって思わず志帆を抱き締めたことはずっと忘れないだろう。

「だからさ。残念ながら志帆を手放すつもりはないし、今井もなるべく志帆にいろいろ頼むなよ」
「え、この流れでそう来る感じ?」
「だってお前、志帆との距離近いだろ?そろそろオレ限界来そうなんだ」
「新開心狭ぇ!」

今井がオレより先に志帆と知り合ってて、しかもなんだかんだ仲良くしてるのを知ったあの日からずっと思っていたことをストレートに告げれば、わーわーと騒ぎ出す。あ、お前が突っ伏そうとしてるそこは志帆のノートあるからやめてくれ。

「ここ図書館だから静かにして」

そんなやり取りをしている最中に頭上から降ってきた冷静な一言。

「あ、速水!」
「おかえり、志帆ちゃん」
「ただいま、聖ちゃん。尽八くんも居るならちゃんとこの二人を止めて欲しいんだけど……」
「……すまん」

図書室の奥から戻って来た志帆は聖に対してはいつも通りの表情で返し、その隣の尽八には呆れを含んだ視線を送っている。持ってきた本を今井に手渡しながらいくつかのアドバイスを伝える志帆の姿は、面倒くさいことが嫌いと言いつつも頼まれると放っておけない真面目な性格が現れてるなと思う。
その説明に満足した今井が、じゃあまたなー!と大声で走り去って行くのを眺める志帆は何とも形容し難い顔をしていた。

「……それで、なにをあんなに騒いでたの」

疲れきった表情の志帆がオレの隣に座りながらそんな疑問を投げ掛ける。それに対して目の前の二人が、何かを察したように溜息を吐いたのが見えた。

「ん?オレがどれだけ志帆に惚れてるかって話かな」

にこりと笑ってそう言ったオレに、志帆は少し目を見開いてからその頬を赤く染めていく。その姿を見てやっぱりオレはこの子が大好きだなと再確認するのだった。




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