PDL短編


零れ落ちた音を掬う  






「ねぇ、尽八。ここなんだけど」
「ふむ。そこはな」
「尽八、今日の寮の晩飯なんだろうな」
「知らん。いいから手を動かせ」

私と新開くんが付き合い始めたのをきっかけに、御園さんとその彼氏である東堂くんと四人で行動することが増えていた夏の終わり。部活を引退した二人も含めた私たちは肩書きを本格的に受験生に切り替えて変えて参考書を開いている。

図書室の奥にある、あまり人の来ない四人掛けテーブルは元々は図書委員の私と御園さんが見つけたお気に入りの場所だった。周りの本棚も古い蔵書が多く人の寄り付かないこの場所で、委員会の仕事中では足りない時間を補うようにお互いのクラスの課題をしながら話をしていたのが懐かしい。三年生になって御園さんが東堂くんと思いが通じあってからは彼が御園さんを独占しているから、そう言えばあまりそう言った時間は取れてなかったな。仕方ないよね、すれ違ってた幼馴染みとやっと両思いになれたんだもんね。二人のことは応援してるよ。でもちょっと、御園さんを独占する東堂くんに狡いと思ってしまうのも本当だ。一度思わず東堂くんに言ってしまった時に「すまんね、聖は譲れんのだよ」ととても優しい笑顔で返されたので、それ以来あまり口にはしないけど。

ともあれ、四人で行動するようになってからは勉強する時はこの場所を使うようになっていた。普通に話をするだけなら教室だけど、教室だと東堂くんが聖ちゃんを抱きしめて離さないので見てるこちらの方が照れるのだ。あれを違和感なく出来る幼馴染みって凄い。

そんな余計なことを考えながら解いていたせいか、解き終わった答えを次の問題の解答欄に書いていたことに気付いた。集中できてないな、と思いながら消しゴムを取り出せば手元が滑ってコロコロと転がっていき、東堂くんの手に当たって止まった。

「ん?速水さんのか」
「あ、ごめん。ありがとう、尽八くん」

手渡された消しゴムを受け取りながら答えて、とてつもない違和感に襲われる。待って。私、いま東堂くんのことなんて言った……?尽八、くん……?

「っ!!うそ、ごめん!あの、たぶん聖ちゃんとかの呼び方に釣られちゃって、つ、い……?あぁ!待って違うの、あの、えっと、」

最後の方はもう何を言っているのか自分でも分からなくなって両手で顔を覆いながら絞り出すように言っていたから見えなかったけど、その前に見た東堂くんは珍しく目を丸くして驚いていたし、御園さんもそうだった。新開くんは隣に座ってるからわからないけど。もうやだ、恥ずかしくて死にそう。穴があったら入りたいとは正しくこう言う時のことを言うんだろうな、ウサ吉に穴の掘り方教えて貰っとけばよかった。まだ間に合うかな、今からウサ吉のとこに走ろうか。ごめんなさい、と繰り返しながらそんなことを本気で考えていれば「別に構わないぞ?」と言う声が聞こえて自分の耳を疑った。

「聖も隼人もそう呼んでいるしな。尽八と呼んでもらっても構わんよ」
「え……」
「尽八だけずるいわよ。あの、もし良かったらこれからも聖って呼んでもらえないかしら」

何も問題ないと言った表情の東堂くんと、そんな彼に張り合うように言う御園さん。え、これはどういう状況なんだろう。理解が追いつかずに思わず横の新開くんに助けを求める視線を送ってみる。

「二人もああ言ってるし良いんじゃないか?呼んでやれよ、聖とか泣いて喜ぶぜ」

いや、泣いて喜ぶのはさすがに大袈裟だと思うけど。新開くんも二人のこと名前で呼んでるもんね。それなら、いいのかな……
「えっと、尽八くんと聖ちゃん、って呼んでもいい?」
「あぁ」
「っ……!もちろん!」

恐る恐る聞いた私に、二人は優しく頷いてくれる。

「私も良ければ志帆ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「うん、嬉しい」
「ならばオレもそう呼ばせてもいいだろうか」
「もちろん」

尽八くん。聖ちゃん。頭の中で何度か馴染ませるように呼ぶと自然と口元が緩む気がした。そんな私の頭にポンっと大きな手が乗せられて、新開くんがよかったなと微笑む。緩む口元を隠しながらこくりと頷けば、そのまま優しく撫でられた。

「あー、腹減った……俺もう無理……」
「新開くん、教室にお菓子あるよ。もう少ししたら一旦休憩にする?」
「……」
「?」
「ん、あぁそうだな。そうして貰えると助かる」
「じゃああとちょっと頑張ろうね」
「おー」
(アレは気付いてないな)
(気付いてないわね。隼人ご愁傷さま)

 


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