「今日の三限なんだっけ」
「現代文だな」
「あー、そうだそうだ」
体育の後だったからウトウトしてあんまり聞けてなかったんだよね。体育の後って疲れて眠くならない?あぁでも金城って授業中に寝てるイメージ無いなぁ。
そんな取り留めのない会話をしながら、日直の最後の仕事である日誌に今日一日の出来事を記入する。会話と言っても殆どは私が喋っているんだけど、大して内容の無い話にもちゃんと相槌を打ってくれる辺りやっぱり金城は真面目だと思う。
この日誌だって二人で書けるわけじゃないから部活に行っていいよと言ったのに、オレも日直だからなと断られた。私だったら帰っていいって言われたら素直にありがとうって言っちゃいそうなのに。それに今日一日授業前後の号令も金城が担当になった分はちゃんとやってくれたし、面倒くさがる人が多い黒板消しだって高いところは彼が全部やってくれたのだ。インターハイに行くんだから日直よりそっちの方が全然大事な気がするんだけどな。
「そう言えば現代文、今日やったところが次の小テストに出るらしいぞ」
「え、嘘!ノート取れてない!」
「見るか?」
「見る!!」
半ば食い気味にそう返せば、私の前の席に座っていた金城が自分の席に戻って一冊のノートを取ってきた。現代文と書かれたノートをパラパラと捲り、ここだとご丁寧に開いて示してくれる金城にはその髪型も相まって思わず手を合わせてしまいそうになる。
「ありがとう!ホント助かる……!しかもすごい綺麗にまとめられてるね?!」
さらっと見ただけでもわかる綺麗なノートに感動する。これを借りれるなら小テストだって怖くない気がしてきた。部活も遅くまでやってるみたいだし、朝練とかもやって授業中はこんなにしっかり授業聞いてるなんてすごすぎる。
「ねぇ、金城ホントにすご──」
すごいね。
ノートから顔を上げながらそう言おうとした私の言葉は音になることなく消えた。だって、金城の顔がとても近いところにあったから。
「本当にオレがただ真面目なだけだと思ってるのか?」
「え……?」
「そのノート、前のページを見てみたらわかるさ」
突然の言葉に戸惑いながらも言われた通りにページを捲る。
「あれ……?」
そこに書かれた文字を見て思わず言葉が漏れる。別にとても酷いと言うわけではないけれど、今日のページほど細かく綺麗に纏められているわけではない、言ってしまえば普通のそれ。念のためもう少し前を確認してみても、今日ほど丁寧に書かれたページは見つからなかった。
「……小テストに出るから?」
「まぁ、それはオレにとって幸運だった」
思い当たる理由を挙げてみたのに、返ってきた答えに余計頭の中の疑問符が増える。なんで小テストが幸運になるの。
「先生がその話をした時に、オレの少し前の席に見える生徒が体育で疲れたのか夢の中にいることが分かった。だから今までにないほど丁寧に纏めた。それを渡せばきっとそいつの中でオレの評価は上がると思ったからだ」
淡々と語られる話に体が固まる。待って、それって。いやでも、そんなこと。金城の話が進む度にどんどん速くなる私の鼓動を知ってか知らずか、金城は珍しく饒舌に言葉を紡ぐ。
「放課後になればそいつと話せることはわかってたからな。部活に行ってもいいと言われたがもちろん断った」
「なん、で……」
つい数分前までは私の方がペラペラと喋っていたと言うのに、それが嘘のように喉が張り付いた感じがして掠れそうになった声でなんとか絞り出せたのはたったの三文字。そんな私を見て、金城はふっと息を吐き出してその口元を少しだけ緩めた。
「好きなやつと二人きりになれる機会、見逃す手はないだろう?」
その瞬間、私の手からバサリと金城に借りたノートが落ちた。嘘でしょ。金城が?私のことを?急展開についていけずにぐるぐると先程の金城の言葉が脳内でリピートされているけれど、それに私の思考回路が追いつかない。やばい、変な汗出てきた。
「日誌、続き書かなくていいのか?」
そんな私とは裏腹に、どこか楽しそうな表情を浮かべてトントンっと手元の日誌を指で叩く金城。はっ、そうだった。まだ書き終えてないんだった。一日のまとめを書くたった数行の欄だけれど、今のぐっちゃぐちゃな私の思考回路では何を書こうかなんて考えられるはずが無い。辛うじてペンを握ったは良いものの、穴が空くほど一点を見つめるだけで精一杯だ。そんなことをしていれば、目の前から日誌が取り上げられる。それを慌てて追った先には当たり前だけど金城が居て、ばっちり交わる視線に顔が熱を持つのがわかった。
「なら代わりにオレが書こう。オレも日直だからな」
金城から紡がれた言葉はつい先刻聞いたものと同じ台詞の筈なのに、その印象は180度違ったものになっている。あぁもう、金城が真面目だなんて言った自分を殴りたい。そう言えば金城の部活での二つ名みたいなやつに、蛇って入ってたんだっけ。絶対に諦めないことからついたらしいけど、ジワジワと私の心を侵食してくる彼の言葉はまるで毒のようで、あぁぴったりな名前だなと変に納得してしまうのだった。さぁこの火照り、どうしてくれようか。
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