Be sure to catch you


好きなものを知ってもらえました  




 貸し出しカウンターの向こう側、顔を上げた彼女はキョトンとした表情でオレを見つめている。うん、その表情もいいな。そして目をぱちりと瞬かせた速水さんの口からは、なんで?と疑問が素直に零れ落ちた。

「おつかれ、速水さん」
「……貸し出し、じゃ無さそうだし課題?」

 軽く手を上げて彼女の名前を呼べば、怪訝そうな表情を浮かべて一つの可能性を導き出す。オレはあんまり図書室と縁がある方では無かったから、速水さんがその選択肢を選ぶのも妥当なことだ。そう言えば靖友も前に課題の資料探すの手伝ってもらったって言ってたっけ。彼女の口ぶりだときっと今まで何人もそう言うやつの相手をしてきたんだろう。オレも今度そんな課題が出たら次からはすぐここに来るのにな。

「残念、はずれだよ」

 速水さんの一言から瞬時にそんな所まで飛躍させつつそんな言葉を返せば、真意をはかりかねているらしい彼女が更に眉をひそめて見せるから、その素直さに思わず笑って突っ込んでしまう。それが癇に触ったのか少しムッとした様子になるのがまた可愛い。

「オレがここに居る理由がわからない?」

 そう聞けば、俺を見上げたまま素直に小さく頷いた。強い警戒心を孕んだその表情はまるで小動物のそれで、まだ見ていたい気はしたけどこれ以上引き延ばして機嫌を損ねることになるのは本末転倒だよな。そう思ったオレは大人しくここに来た理由を話始める。

「聖がさ、今日日直なんだけど先生に頼まれ事して少し遅れるって言うから伝えに来たんだよ」
「聖……御園さん?」
「そう、御園聖」

 速水さんはオレの口から出た名前を確かめるように復唱すると、普段彼女が呼んでいるのであろう呼び方に言い直して首を傾げた。これは多分知らないんだろうな思い、聖とクラスが同じことを告げる。すると速水さんは少し考える素振りを見せたあと、えっと、と眉を落として遠慮がちに切り出した。

「ありがとう。あと失礼な態度取ってごめん」

 謝罪とともに頭を下げた彼女に問題ないさと伝えれば、そんなオレを見てなにやら納得したように吐息を漏らす速水さん。そして思い出したように、これから部活?と尋ねてきた。

「ちょっと遅れるって言ってあるし、もう少ししたら向かうかな」
「そっか。頑張ってね」

 途切れる会話。
 部活のことを気遣ってのことなのか、オレとこうして話し続けるのが気まずいと思っているからなのか、それともそのどちらもか。正解は分からないけど一つだけ分かるのは、このままだと速水さんと二人で話せる時間が終わってしまうということ。聖が先生に呼ばれたことを速水さんに伝えに行こうとしていたのを見て、これ幸いとばかりにオレが行くと半ば無理矢理言って来たんだ。こんな簡単に終わらすなんて勿体ないよな。

「速水さん」

 名前を呼ばれて首を傾げる彼女に一枚の紙を差し出す。

「それ、ここ入ってるか?」

 紙に書いてあったのは少し前に発売された推理小説のタイトル。オレが好んで読んでいたそのシリーズの新作は、ここ暫く部活が忙しくてまだ買えていないものだった。

「うん、あるよ。確か今は誰も借りてなかったと思う」
「お、それはラッキーだな」

 なんて、入ってたのは掲示板に貼られていた新刊図書の欄を見たから知ってたんだけどな。でも借りられているかどうかまでは分からなかったから、幸運だったことに変わりはない。まぁ無いなら無いで入ったら連絡して欲しいと伝える予定ではあったんだけど。
 
 そんなことを考えていれば、待ってて、と残してカウンターを出て行った。その言葉を聞かずに彼女の後を追えば、ちらりと一度振り返りはしたもののそのまま足を進めて行く。その足取りは全く迷いがなくて、さすが図書委員、詳しいんだなと感心している内に少し先を歩く速水さんがある棚の前で立ち止まった。少し高いところにある場所から背伸びして本を取り出す彼女の姿が可愛くて、思わず口元が緩みそうになっちまうのを必死で我慢する。

「新開くん、推理小説読むんだね」
「ん、意外だった?」

 手渡された本を受け取りながらそう返せば、少し間が空いてこくりと頷く速水さん。その素直な反応が面白くてつい我慢できずに吹き出した。会った時から思っていたけど、彼女の飾り気のないその物言いは嫌いじゃない。それに感情表現が乏しそうに見えて、思っていることは結構分かりやすい。それを彼女に伝えれば、そうかな、とあまり関心が無さそうな声が返ってきた。

「オレはおめさんのそんなところ好きだけどな。推理小説は好きなんだ。最近練習が忙しくて買いに行けてなかったから助かった」

 貸し出し手続きを進める速水さんにさりげなく本音を混ぜてみたけど、気に止められることはなかったよううで、返却は二週間後ですと言う定型文だけが伝えられる。本を受け取りながらオーケー、とウインクを一つしてみても目立った反応は見られない。でもその表情に戸惑いや懐疑的なものは含まれていなかったから、最初ほど警戒はされてないと分かっただけでも嬉しくなった。

 今まで気になる本は買っていたけど、こうやって彼女と話せるなら図書室を使ってみるのもいいな。三年目にしてやっとその有用性を理解して、オレは部活へと足を向けるのだった。


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