Be sure to catch you


ウサ吉仲間にしました  




 遠征最終日のバスの中、いつの間にか寝落ちしていたオレは欠伸を一つしてまだ眠気の残る視線を握ったままだった携帯電話へと落とす。ポケットから取り出したパワーバーの袋を破りながらボタンを操作して、画面映るのはエサを食べているウサ吉の姿とそれに添えられるように綴られた短い文章。

【おはよう。今朝のウサ吉です。ご飯はしっかり食べてくれました。新開くんも大会頑張ってね】

 絵文字や余計な話題などは一切ない事務連絡のようなその内容。他の女の子から貰うものとは全く違う、飾り気のないそれが送られてきたのは一日目のレース前だった。
 
 ウサ吉の件を頼んだ際に、こうやってメールをして欲しいと頼んだわけではない。それでもこうしてウサ吉の写真が送られてきたのは彼女の律儀な性格の現れだと思う。掃除とエサやりの仕方を教えた日に、簡単で良いからと言ったオレに対して、やるからにはちゃんとするよと言っていたのはどうやら嘘じゃなかったらしい。まぁそんな嘘をつくような子じゃないとは思ってたけど。そんな一見簡素に思えるようなメールでもオレのやる気を出すには十分すぎる威力があって、少しでもこのやり取りを続けたいオレは最後に一言こう付け加えた。

【よかったらまたウサ吉の写真送って欲しい】

 こう言えば速水さんならきっと朝と夕方のエサやりの度にメールをくれるだろう。そんな確信めいた予感があった。まいったね、ウサ吉をだしにして関係を持とうとしてくる子を敬遠していたのはオレだった筈なんだけどな。そんな自嘲を含んだ思いが浮かんできつつも、結局レースのスプリントリザルトを賭けたスパートでいつもより踏み込めたのはあのメールのおかげだからと都合のいいように解釈しているあたりオレも随分身勝手だと思う。
 
 そして予想通り、夕方にはまたウサ吉の写真付きメールが来ていたことに口元を緩めつつもレースの結果を報告すると、程なくして労いと賞賛の言葉が返ってきた。なんというか、好きな子におめでとうって言われるのはあんなにも嬉しいものなんだな。その後もお互いにウサ吉とレースの報告をしつつ何度か交わしたメールを見返して、その内容に思わず口角が上がった時だった。

「新開、うっぜ」

 少し掠れた不機嫌そうな声と共に脇腹へお世辞にも軽いとは言えない衝撃が走る。危ない、食ってたパワーバーを落とすとこだった。これ最後なんだよな。

「痛いぜ靖友」
「起き抜けにンなニヤケ顔見せられるこっちの身にもなれっつーの」

 声以上の不機嫌さを示す表情を隠そうともしない靖友は、寝起きなのも相まっていつもに増して悪人面だ。まぁそう怒るなって、とパワーバーを差し出そうとして今食べかけなのが最後なのを思い出す。一瞬悩んで誤魔化すように笑えば、笑ってんじゃねェよとまた殴られた。

「つーか、向こうでメシの時も携帯見ながらニヤニヤしやがってよ」
「あれ、そんなに顔出てた?」
「出てるってレベルじゃねーな。甘ったるいのはその顔面だけにしとけ、バァカ!」

 そう吐き捨てるように言う靖友はそのまま窓の方へ顔を向けてしまう。そんな靖友に苦笑していれば、今度は反対側から声がかかる。

「速水さんか?」

 不意にかけられた声に振り向くと、バスの通路を挟んで隣に座る尽八が含みを持った笑みを浮かべてこちらを見ていた。別に隠す必要も無いよな。そう思って返した肯定の言葉に反応したのは尽八ではなく靖友だった。

「ア?速水?あの図書委員の?」
「なんだ靖友、速水さんのこと知ってたのか」

 意外だな。
 素直にそう言えば、同級生のこと知ってて何が悪ィんだよ、と至極真っ当な答えを返された。でもほら、オレは彼女のこと知らなかったからさ。

「前に授業の調べものすんのに図書室行った時、普段使わねェから悩んでたらそんとき当番だったアイツが手伝ってくれたってだけだ」
「へぇ」

 口から出たのが思ったよりトーンの低い声で自分でも驚いた。どうやらそれは靖友も同じだったらしく、普段は鋭いその目を少し丸くした後で察したように顔を歪める。そしてドリンクホルダーに置いてあった残り少ないベプシを一気飲みした勢いのまま、面倒くさそうに言い捨てた。

「ハッ、アイツも可哀想にな!おめェみたいなめんどくせぇやつ相手にして」
「それ尽八にも言われたよ」
「っせ!だからそのニヤけた面どうにかしろ、バァカ!」

 


 
「優勝おめでとう。あと、スプリントリザルトってやつも。あんまり詳しくないからあれだけど良い結果みたいでよかった」

 メールの時点で相当嬉しかったのに、目の前で実際に言われるとこれはなんと言うか……中毒性が半端ない。

 バスが学校に着いて解散になった後、一緒に行っていたメンバーが寮や自宅に戻る中でオレの足はウサ吉小屋へ向いていた。この休みの間、速水さんは大体今ぐらいの時間にウサ吉のところへ行っているようだったから、今日も居るんじゃないかと思った予想は見事に当たりだったらしい。オレの姿に驚いている彼女に報告メールの礼を伝えると、改めて直接言われたその言葉に隠しきれない喜びが込み上げてきた。それに加えて嬉しい誤算がもう一つ。オレに釣られたのかはわからないけど、緩んでいる口元は知り合ってから数週間で初めて見る彼女の笑みだった。

「お、速水さんがやっと笑ってくれた」

 オレの言葉に不思議そうに首を傾げる彼女に、今まであまり笑ってくれなかっただろう?と付け加えれば、少し考え込んだ後でオレのせいだと言ってくる。その答えに傷つくな、と返しつつも先程までの笑みを消してジト目気味に見上げてくるその姿ですら、オレにとってはただ可愛いだけでしかないと思えるから重症だ。

「ありがとう。この三日間楽しかった」

 軽く頭を下げつつ、その言葉を残して立ち去ろうとする速水さんの名前を呼んで引き止める。なんとか距離を縮めたくて半ば無理やり押し切るようにして頼み込んだ今回のこと。彼女も言っていた通りこの先何度も同じ手は使えないだろう。だから敢えて聞いた。ウサ吉をどう思ってるか、と。

「……可愛いと思うけど」

 少し間を開けて返されたその言葉と共に真意を探るような視線を感じた。

「なら良かったらこれからもウサ吉見に来てやってくれないか?あ、別に世話しろってわけじゃなくてさ。こいつもおめさんに慣れてるみたいだし」

 ウサ吉仲間。
 それが仮初であると言うならば、今ここで本物にしてしまえばいい。
 
 そんな思いを隠してあくまでも気軽に、一つの提案として伝えると速水さんの表情に迷いが浮かぶ。答えに迷うってことは可能性がゼロではないってことだ。それならもう一押し。

「たぶん速水さんが来てくれたらウサ吉も喜ぶと思う」

 だから、頼むよ。
 ウサ吉と彼女の視線が合っているのを知りながらそう言えば、ゆっくりと速水さんの頭が縦に振れる。彼女が押しに弱いことをわかった上で利用するオレに、脳内で尽八と靖友が溜息を吐いた気がした。


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