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 今日ならまだ猶予があるということで、この世界を探索する余裕が生まれた私は母に断りをいれて外に散歩に出掛けた。
 私は運がいいのか悪いのか、両親果ては親戚・友人までまとめてトリップーそもそもトリップの概念なんてわかったもんじゃないがーしたため、やれ天涯孤独な美少女だの逆ハー補整などの設定の運をまるごとドブに捨ててしまったようだ。いや、両親兄弟ともに健在で誠にありがたい話なんだけどね。

 探りをいれてみた結果、どうやら私だけ原作の知識を有しているみたいで以前私をはめやがった、いや、はめてくださった友人はことごとくなんの話かわからないと言い、それよりと十二支を冠する少年や男性と恋する乙女ゲームを勧めてきた。うん、そういうことになったかとなんだか妙に納得した。
 これまた、トリップしたと違和感を感じているのは私だけのようで。一日前私が歩いた道はどこにもなく緑豊かな街へと様変わりしていたのにも関わらず、知人はあまりにもこの世界に順応していた。

 ゲームではスチルや背景でしか見れなかったけどほんといい街だな……
緑多く、しかして発展していないわけでもない。永住できることならしたいが、これはどういった枠組みでのトリップなんだろうか。元の世界に帰れるのか…?

 浮いてくる疑問は自身の脳には余る問題ばかりで、取り敢えずは流れに身を任せる他ないんじゃ?といった具合のアホっぷりである。自分で考えててもアホっぽい。

「あっ…!!」

ここは!と、近寄ってみると美味しそうなケーキやきらびやかなスイーツがケースに並べられあまりに美味しそうである。大事なことだから何度でもいう美味しそうである。
もしかしてと、看板をみると『うまい堂』の文字。もしかしなくてもビンゴだ。
慌てて財布を取り出してみたが、よく考えたら私いま金欠だった。悲しきかな、わずかばかり足りない小銭がちゃりちゃりと音をたてるばかり。今度のバイトのときに、うまい堂代を分けておこうそうしようと、その場を去ろうとしたときタイミングが悪かったのか人とぶつかってしまった。

「あっ、ご、ごめんなさい!すみません!大丈夫ですか!」

女の子らしく悲鳴をあげるでもなく、転ぶわけでもなく相手に声を掛けたところで心臓が跳び跳ねる。

「みっ……」
「いや、こちらこそすまない。その、大丈夫だったか…?」

 宮地龍之介!と言いたくなった私を止めた内なる私ありがとう。突然知らん人にフルネームで呼ばれたら、いくら能天気かつオタクの私でもさすがに引く。危機感を覚える

「こ、こっちが周りを見ていなかっただけなので……ほんとすみません」

 近くで見るとほんとハンサムだな、やめてくれよ。好きになっちゃう。
 私の内なる声は露知らず、人の良さそうな顔であなたに怪我がないようで良かったと言われたときにはほんとお前〜〜!とヤジを飛ばしたくなった。いいやつだ宮地龍之介。

「いくらでも、ケーキ買ってあげたくなっちゃう……」
「えっ?」
「えっ?あ、あれ?声に出てました?」
「ああ、まあ。」
「……………ごめんなさい、忘れてください。」

 腐らずともオタクな私、伝家の宝刀一人言を発動してしまった。穴があったら入りたいどころではない、穴を掘って永遠に眠りたい。
 一人で恥ずかしがっていると、紳士宮地くんは何を思ったのか、良ければ一緒にそこのケーキを食わないかと訊ねてきた。もし私の一言を聞いて奢ってくれるのでは?と思ったのであれば、宮地くんは相当甘いものに対して手段を選ばないタイプだと断定するところであったが、そうではないらしい。
 ゆっくり話を聞いてみると、どうやら本日はスプリングキャンペーンでカップルだと割引が利くのだそうで、ちょうど女友達に予定が入ってしまったために誘えなかったんだそう。どうやら私がうまい堂前で立ち止まって見ているところをそれとなく見られていたらしく、声を掛けようかどうしようかと迷っていたところぶつかってしまったらしい。

 なんとも、出来すぎな…この宮地龍之介がナンパまがいなことをするなんて……
いや、知人家族もろともトリップした私には何もいうことはできない。ご都合主義も楽しんでこそだ。


ここは彼の話に乗ってみようか。割引が利くのであれば、払うことができそうだった。

「こんな見ず知らずの女でよければ!私田中星河って言います!」
「いや、こちらこそありがたい、今日は食べれないと思っていたからな。俺は宮地龍之介という。見たところ同い年くらいか…?」
「明日から星月学園に転入するんですけど確か二年生のままでよかったはず…」
「じゃあ、明日から同級生だな。俺も星月学園に通っているんだ。だからもっと砕けてしゃべってもらって構わない。」
「よかった〜!そうなんだ!ちょっとだけ不安だったんだよね、転入」

 言ってから気づいたが、あんまり知らない人に高校とか教えちゃダメだよね。私は身長から誕生日血液型まで知っているが彼はそうではないのだ。これからも、気を付けなければ。こればっかりは宮地くんが鈍いタイプで良かったと思うしかない。
 宮地くんとお話ししながらケーキを食べるなんて奇跡みたいなイベントが終わる頃には、もう打ち解けてマブダチのような感じだ。私だけかもしれないが。明日からの学校生活が少し明るく思えてニコニコしてしまう。これでもし月子ちゃんと親友になれなくても、落ち込むのは一ヶ月で済みそうだ。

「本当に大丈夫か一人で、ほとんど一文無しだろう」
「いやいや、男の子と歩いてたって親兄弟にみられたらそれこそ色々めんどくさいからいいよ〜!宮地くんに迷惑かけらんないって!」
「……む、危なっかしいやつだ」
「あっでた〜!むっ!せっかくハンサムなのに眉間にシワ寄せちゃもったいないよ!それに家すぐだし!」

 帰り際、家まで送ると言う宮地くんにそう茶化しながら笑いかけると真っ赤な顔で呆然と立っている宮地くんがいた。進行方向を見ると夕焼けが目に染みるくらい眩しい。
 まさか、そんなことは、ね。絶対夕日のせい。いくら都合のいい世界だとしても、さすがにないだろうと頭をよぎった懸念をすぐさま掻き消す。

諦めたような呆れたような様子のまた明日、という言葉に安心を覚えてまたね!と返すと彼は柔らかく微笑んだ。







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テーマ「人外ファンタジー」
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