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昨日から何度目かの泣き叫ぶ声が屯所内に響いた。女性が横たわる男性にしがみつき嗚咽をもらす。
長い時間そうしていた後で目を腫らして女性は言った。
「夫も真選組の為に働けたこと、死んでいったことは本望だったと思います。何よりも武士道を重んずる人だったので」
そう近藤と永倉に言い深々と礼をした。
「綺麗な切り口だったから縫いやすかった」
女性が去った後、亡骸をしゃがんで見ていた沖田の横を上の方で髪を結んだ男がしゃがむ。
「終がやったのか?」
「山崎ご指名。賊に殺されたって事になってるのにこの切り口ではすぐバレるからって」
友田が間者だったということを知っているのは幹部と山崎のみ。他の者には非番中賊に襲われたという事にしている。
「すっげぇ。終って何でもできるんだねィ」
沖田は立ち上がる。するとそこへ亡骸にすがりついていた女性が戻ってきた。沖田と目が合う。
「あ」と思わず声を出した。女性は沖田に向かって一礼する。
「沖田さん…ですよね?夫から話を聞いた事があります。まだ若いのに隊長をしていらっしゃるとか…」
腫らした目で沖田をジッと見た。
「面白い方だと。どことなく自分と似ている…と言っていました。確かに、何だか雰囲気が似てますね」
そう微笑むと再び夫の亡骸の側へしゃがみ込んだ。そして「今にも起きてきそうですよね」と呟く。
あなたの夫を殺したのは目の前の男ですよ、と言ったらこの女性はどんな顔をするだろうか。
「…後、夫がこんな事を言ってました。できれば一緒に同じものを目指したい、と」
「そりゃあこっちのセリフでさァ」
少し震えた声を出した沖田を女性が「え」と見上げる。
「沖田」
斉藤は立ち上がり俯いている沖田の袖を引っ張った。
「あ、あぁ…」
弾かれたように顔を上げ頷くと亡骸に背を向ける。
「じゃあ私達はこれで」と言い斉藤は女性に向かって一礼すると沖田と共にその場を後にした。
「Sは打たれ弱いんだって」
「そうなんだ」
俯き早歩きで前を行く沖田に斉藤は困ったように微笑み小さく溜め息をつく。
その沖田の前をキョロキョロと辺りを見渡しながら歩く山崎が見えた。黒髪の青年は沖田達に気付き近づいてくる。
「局長と副長知りませんか?本庁から呼び出しの電話があったんですよ。通夜の準備もしてないのに」
時計を見ると四時回ったところ。確かにそろそろ準備しないと六時には間に合わない。
「準備手伝うよ」
「助かります」
山崎は顔の前で手を合わせ斉藤に礼を言う。
「俺は見てるぜィ」
「手伝って下さいお願いします」
「いやぁ、悪いねぇ…わざわざ来てもらってよぉ。ところで何で巷はもうバレンタインとか何とか言ってんだ?まだ二月も入ってねぇじゃねーか。何?あいつらの脳みそはタイムスリップ機能ついてんのか?つかチョコレート業界の策略にはめられてるっつー自覚ねぇのかね?」
本庁のある部屋の中ではオールバックの厳ついサングラスの男性が葉巻を加えソファに座った途端、近藤と土方にそんな話をし始めた。
近藤は苦笑いをし土方はうんざりと言った様子だ。
「例によって栗子のやつぁ今からチョコケーキを作る練習だぁーとか言ってよ。ここ最近毎日三食チョコケーキよ。俺糖尿病になるかもしれねぇ」
なれよ、と土方は心の中で突っ込む。
「あぁ…もうバレンタインなんて無くならね」
「ま、松平様…そろそろ」
まだ娘の話を続けようとする松平を部下が止める。
「あ?あぁ…続きは後でだ」
しなくていい、と土方は心の中で突っ込む。
「実はな、幕府の官僚の一人が二時間前に殺されていたのが発見されてだな。いつもなら幕府内のごたごたはこっちで片づけるんだが…おい」
松平は近くに居た部下を呼ぶ。部下は一本のビデオテープを持ってきた。
「これを見てくれ」
そう言いビデオをデッキにセットする。
画面に映し出されたのは一人の天人が歩いているところだった。そこへ突如上から番傘を差したチャイナ服を着た者が天人の行く手を阻む。
(これは…)
土方の中で嫌な予感がする。隣の近藤も顔をしかめていた。
画面の中のチャイナ服を着た者は差していた傘をたたみ先端を天人の前に突きだしてマシンガンのように乱射した。天人から血飛沫が舞い倒れる。
傘をたたんだ事で見えたその顔は――
「万事屋の所のチャイナさんじゃないかっ!!」
近藤が身を乗り出し驚きの声を上げた。
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