家族



「失礼しました」

局長室の襖を閉める。
何というピリピリモード、早くこの場から立ち去ろう。

山崎はお盆を持って早歩きで局長室を後にする。

「よ、山崎。何そんなに急いでんだ?」
「あぁ、原田」

手を挙げ近づいてくるハゲ頭を見つけ足を止める。今週は確か夜勤だった筈。

「局長室に松平のとっつぁんが来てんの」
「ゲッ、マジ?」

山崎の言葉に顔を歪める原田。例の事件の事だというのは聞かずとも分かる。藤堂が毎日のように愚痴っているので息詰まっているのも知っている。

「部屋の空気が半端ないよ。息苦しい。部屋中煙草と葉巻の煙でいっぱいだし…い、いや、そういう意味ではないんだけど」

冷や汗を流し青い顔で話す山崎に原田は心底憐れんだ。藤堂といい、山崎といい、連日グロい現場を見せられては気がまいるだろう。心の隅では俺が担当にあたらなくて良かったという気持ちはあるが。

しかし担当でなくとも一番隊と三番隊と八番隊、この三隊が事件に関わっているということで日頃の見回りから外れている。
その分、残りの隊で補っている為こちらも休みなしで働いている状態であった。

「あぁ…そうだ!」

思い出したかのように山崎はお盆と手の平を合わすとポケットの中から緑色の石を取り出す。

「何?それ」
「さぁ?突然知らない子に渡された」
「何じゃそれ。悪戯じゃねーの?」
「んー、そんな感じに見えなかったんだけど……あ、斉藤さん!」

山崎はポニーテール頭の男を見つけ手を挙げる。

「これ、何か分かります?」

緑色の石を斉藤に見せた。斉藤は細い目を凝らしてジッと山崎の手の平にある石を見る。

「エメラルド…にしては濃い色だね。どうしたの?」
「今朝、外でぶつかった女性に渡されたんです。ひどく怯えてて…女性は走って行っちゃいましたが」

困った顔をした山崎はお盆を持った手で黒髪をボリボリと掻く。

「鑑識にかけてみようか、何か分かるかも……ん?」

斉藤が山崎の手にある石を取ろうと手を伸ばしたその時、石がボワァと一瞬僅かに光ったように見えた。

「あれ?何か今…」
「光った?」

斉藤と目を合わせる山崎。


『…ダ…』


頭に響くような低い声がどこからともなく聞こえてくる。


「え?」
「何…」


三人は辺りを見渡す…が、いつも通りの屯所内の風景があり、この三人以外は誰もいない。





『ダレダ…オマエハ…!』





「!!」

三人は驚き目を見開く。
謎の低い声が叫んだと同時に突然山崎の手の平にある緑色の石がカッと光る。


「うわ!!何?!」
「山崎!!石から離れて!!」

斉藤が咄嗟に腰を落とし鯉口を切る。

山崎は慌てて石を前に放り投げる。その石に向かって抜刀した斉藤が一直線に斬る……筈だった、が



「!!」



どれだけ硬い石なのか。石は割れるどころか逆に刀の方が折れてしまった。

石はそのまま空中で浮いている。

「何だよ…これ」

非現実な事を目の当たりにして思わず呟く原田。



刹那、石から黒い煙のようなものが立ち上り山崎に襲いかかった。


「うわぁ??!!」
「山崎!!」

原田は山崎の背中の服を掴んで謎の黒い物を避けるように中庭に放り投げる。…が、黒い物はそのまま山崎の体の中に吸い込まれるように入っていった。


カランカランと音を立て山崎の手から離れたお盆が縁側に落ちる。



「山崎…?」
「大丈夫?」

原田が中庭で大の字になって気絶している山崎の元に寄る。
斉藤も刃が折れてしまった刀を置き近づこうとした瞬間、




「わ!!」

突如山崎の目が開き覗き込もうとしていた原田に手刀で襲いかかる。
顔を目指して一直線に伸ばされた手刀を何とか避けた原田は後ろに飛び山崎との間合いを空けた。

頬からは一筋の血が垂れ落ちる。


「…ヤバくね…?」
「ヤバいね」


ゆっくり起きあがってきた山崎の目はいつもの黒い目ではなく真っ赤に光っている。


「え?山崎さん?!」

騒ぎを聞きつけた隊士達が続々とやってくる。狂気に満ちた山崎を見るなり驚きの声をあげた。

「副長に報せて」

斉藤は山崎を見据えたまま振り向かず隊士に言う。



その刹那、



山崎が地を蹴って原田達の方へ電光石火のごとく向かってくる。



「!!」

咄嗟に身構える原田と斉藤の頭上を飛び越え屋根の上に降り立ち走り去って行った。


「追うよ」
「おう!!」

どこへ行くのか追わなくては、取り返しのつかない事になる前に。

斉藤と原田は屯所の塀を飛び越え山崎を追った。





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