家族

37

現在時刻は午後七時。

警備員に扮した山崎は奇抜なデザインの研究所を歩く。初めて入ったところなので粗方ここの間取りを把握しておかなくては、と周りを見渡した。

研究員が行ったり来たり、背広を着た上司っぽい人が紙を持って指示を出していたり…何だかざわついている感じがする。今この自分の行動はちょっと目立つかな、と山崎は思い状況把握の為に耳を澄ました。


「まだ見つかっていないのか」
「丸一日経ってるんだぞ。もう逃げたんじゃないのか」
「いや、そんな筈は…」


誰の事を言っているのか分からないが、多分藤堂さんの事かな。逃げるに逃げられなくなっているのだろうか。未熟な密偵にはよくある事だがまだ見つかっていないのは凄い。


…なんて事本人に言ったら「ザキのくせに」とか言われるのだろうなぁ、そんな事を考えながら山崎は指示を出していた背広を着た天人に「失礼します!」と敬礼して話しかけた。

「私の配置場所を確認したいのですがよろしいでしょうか?」
「ん?誰だお前。新人か?」
「一週間前こちらへ配属された者です。昨日も言われましたよ。これで三連続です」

もちろん嘘だがたまに本当にそんな時がある。

「そ、そうか」

天人は研究所の間取り図を広げた。山崎は天人の手元を覗き込む。


(結構広いな)


地上二階建て、地下三階。あまりよろしくない研究は地下でやっているのだろう。山崎はできるだけ間取り図を頭の中に入れていく。

「お前は地下一階の階段付近だ」
「ハッ!」
「警報が鳴ってから大分経つが警戒を怠るな」
「分かりました!」

山崎は敬礼すると回れ右をし歩いて行く。
もちろん地下一階に止まらずまだ下に行くつもりだが。

あの人も後30分もすれば自分の事忘れているだろう。


(斉藤さんと会おう)

懐に手を入れ小さなジャスタウェイ人形を取る。

以前一緒に潜入捜査をした時に合図代わりに使用した物。押すとモールス信号のような音波を発する。

(持ってたらいいんだけど)

懐の中に入れたまま二回押した。この音波はあまり遠くまでは届かない。これを所持していてかつ研究所内に居たら返ってくるだろう。


「!」


懐から微かに電波音が聞こえた。

山崎はホッと安堵する。これで斉藤に自分がいるということを知らせる事ができた。


(三…)


地下三階にいるのか。送られてきたモールス符号がそう伝える。


山崎は足早に地下三階へ急いだ。











「まさか来るとはねぇ…」
「俺もまさか行くとは…」

研究員が壁にもたれ溜め息を吐き、警備員が髪をボリボリと掻く。

「…藤堂さんは?」
「山崎と同じ物を渡したんだけど、警報がなってからはサッパリ」

そう言って研究員に扮した斉藤が山崎とは違う色のジャスタウェイを見せる。

「多分隠し部屋のような場所があるんだと思う。探しているんだけどさすがに中々見つからないね」

顔を曇らし腕を組んで横を向く。
山崎は「そうですか」と呟くと斉藤をジッと見た。

「…斉藤さん。結構様になってますね」

背広に白衣を羽織り眼鏡をかけている。いつもはポニーテールだが後ろで一つにまとめているだけだった。首からは身分証明書が下げてある。

「凹助にはどこかの先生みたいだって言われたけど」

そう言うと苦笑し斉藤は壁から離れる。

「山崎が来てくれて助かったよ。凹助を頼んでいいかな?」
「?」

不思議そうな顔をする山崎を見ながら斉藤は少し斜め前にあるドアを指差す。

「五十嵐さんが来てるんだよ。何か分かるかもしれないからちょっと会って話してくる」

「気を付けてね」と続けると指差していたドアを開けて部屋に入っていった。



「隠し部屋かぁ…」

定番なのは絵画の裏にボタンがあったり、壁が一部へこんだり、棚を退けると階段があったり…なんだけど、手当たり次第探してみるか。


山崎は藤堂の無事を祈りつつ動き始めた。





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