家族

33

絶対に機嫌が悪い。

副長室の前で紙を手にしたまま襖も開けず山崎は立っていた。

ここに居ても中から放たれる禍々しい黒いオーラが身に染みる。今ミントンをしようものなら瞬殺されるんだろうな。断言できる。

でもこの書類は明日役所へ届けないとだめなんだ。頑張れ山崎退。それいけ山崎退。愛と勇気だ山崎退。


「失礼します!」

思い切り襖を開ける。スパン!と風を切り大きな音を立てた。


――しまったァァァ!!!!勢いよくやりすぎたァァァァ!!!!


大量の冷や汗を流しながら恐る恐る土方を見る。



「…なんだ?」

土方は山崎の方を見ず短い言葉を出す。


普通の機嫌ならここで「うるさい、静かに開けろ」と言われる筈だ。やはり機嫌は最低のようだ。

「や、役所に提出する書類を持ってきました」
「ここに置いておけ」
「は、はい!」

やはり振り向かず吸い殻で山盛りの灰皿の前を指でトントンと叩く。

部屋の中は濃い霧がかかったように煙草の煙で充満している。山崎は襖を少し開けたままにして五秒滞在しただけで肺ガンになりそうな部屋を進む。まずこの部屋を換気するか、と窓を開け煙を逃がしてやり言われたところに紙をそっと置いた。

ちらりと横目で土方の手元を見る。机に肘をつき手は顎の少し横を支える。ペンを持つ手は全く動いていない。

紙も真っ白。


「…心配ですか?」


どうやら俺は心の何処かで自殺願望があるらしい。思わず出た言葉に山崎は心底後悔した。

瞳孔が開き気味の目がギロリと山崎を睨む。
蛇に見込まれた蛙のように身が硬直する。



「副長!!失礼します!!!」

突如襖が開きぐるぐる眼鏡の男性が敬礼をする。

山崎は助かったと言わんばかりに目をキラキラさせてその男を見た。


神山ァァァ!!!
いつもうるさい沖田さんのストーカー変態男だと思ってたけど今は天使に見えるよ!!


「松平様から電話がありまして本庁まで来いとの事っス!!」



…内容は最悪だったが。



土方は振り向かずしばし沈黙の後「あぁ…分かった」と短い返事をした。

「しかし最近沖田隊長は何をしているのでしょうか?!深夜に帰って来たと思ったら右肩が血だらけでもう自分はいてもたっ」

神山の頭に苦無が刺さる。ミントンのラケットで叩き飛ばされ中庭の池に落ちた。

山崎はスパン!と入ってきた時のような大きな音を立て襖を閉める。


そして何事もなかったかのように土方の方へ目をやった。


土方は吸っていた煙草を灰皿に当てて潰す。山盛りの吸い殻の一部が机の上に落ちた。


「…あの事件の事ですかね?」

聞かないと何も話さない男に向かって山崎は口を開く。

「中止、だと言った筈だ」
「昨日の三番隊は隊長不在で市中見回り、二番隊も隊長が単独行動をしていたという報告を受けています。斉藤さんに至っては藤堂さんと共に未だ行方知れず」

土方がちらりと山崎を見る。

「非番の沖田さんと原田も深夜に帰ってくるし」
「何が言いたい」
「…とても中止命令が出たとは思えませんね」


山崎は土方を見据える。土方は溜め息を吐くと髪をボリボリと掻く。


「…で?お前は何がしたいの?」
「!」


山崎の目が弾かれたように見開く。


正直に言うと自分も捜査に加わりたい。
勝手に取り憑かれて仲間に迷惑かけた挙げ句隊長格に怪我をさせたんだ、確かに自分の不注意でもあったがその石が何なのか分からず何も解決できずにいるのも腹が立つ。

副長の思いも分かる。局長がここまで育ててくれた真選組をこんな所で終わらせたくはない。ちょっと我慢すれば良いだけなんだ。上に逆らわずあんなグロい猟奇事件なんて忘れてしまえば良いんだ。


そして自分は副長直属の監察。私事で動ける筈がない。


しかしどうであれ沖田達がやっている事は真選組、幕府に対する命令違反、どんな理由があろうとも。

これが今の上下関係、身分の差というやつだ。


「…」

黙ったままでいる山崎に対して土方は再び溜め息を吐き横を通り過ぎる。


「行ってくる」


と一言だけ言い残し襖を開け部屋を後にした。





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