家族

31

もし過去に戻れるのなら――





幕府の上級階級の娘。酒を勧められるがままに呑んだ。豊満なバストで必要以上に密着してくる。思春期の若者でなくとも男なら動物的本能で動くだろう。


――そう。そんな事はただの言い訳。


それが事の始まりだった。






「…本庁ってこんなに簡単に入れるもんなんですね」

清掃員の作業服を着て銀時と新八はモップ掛けをしていた。

「ヅラが普通に居そうで怖い」

朝、二人は情報収集の為、清掃員に扮し本庁に潜入。あっさり成功したのだ。

神楽は昨日余程疲れたのかまだ爆睡。定春と一緒に万事屋で留守番をしていてもらった。

「しかし…昨日はビックリしましたね」

あれから万事屋に帰るとスナックすまいるの前に黒塗りの車が停まってあった。
とうとう高利貸しに金でも借りたのかと一瞬思ったが、中から出てきたのは見知ったハゲ頭、確か原田さんだったか、その人だった。
「よ」と手を挙げると車の中を指差す。
中を覗くと亜麻色頭と桃色頭が見える。二人仲良く寝入っていた。
「一見恋人同士みたいだな。写メ撮って起きた時にからかってやろうかな」とドS丸出しで携帯電話を取りだそうとする銀髪を止める。
車の中から抱きかかえながら出すとハゲ頭に礼を言い、万事屋へ連れて帰った。

明るい場所でよく見ると泥だらけで首に痣があった。いったい何して来たんだ、と思ったがあれから目を覚まさず爆睡しているので聞くに聞けない。

「やんちゃな娘で困るねー」

なんて父親みたいな事を言う銀時に新八は苦笑する。


「松平様、五十嵐さんがお帰りになられました」
「おぉー」

五十嵐?銀時と新八は目を合わせ声のした方を向く。

オールバックの厳つい顔でサングラス、手には葉巻を持ちどこからどう見てもヤクザな中年男性が部下に手を挙げ返事をしていた。

「松平様、ただいま帰りました」
「おぉ、大変だったな。現場には行ったか?」

真面目そうな短髪の男性が五十嵐か。確か出張中だと聞いたが…まぁ、自分の家がえいりあんに全壊されたと聞けば途中で帰ってくるか、と銀時は考える。

「いえ…」
「まだ娘さんが見つかってないみたいじゃねーか。ウチのもんがモタモタしてるからなぁ、すまんな」
「いや、真選組の皆様には本当に世話になっていますから……松平様」
「あ?」

五十嵐が松平を見据え数秒深く考えた後、口を開く。

「あの猟奇事件…捜査中止になったと聞いたのですが」
「あぁ、そうだ。お前のお義父さんが言ってきたんでな。中止っつっても真選組が手を引けって事で犯人探しは上がするそうだ」

早速耳寄りな情報が聞けそうだ。傍でモップを掛けていた銀時と新八の耳が大きくなる。

「実は…その事でご相談が…」
「?」

五十嵐の言葉に松平は眉間に皺を寄せ怪訝な顔をするが「あっち行くか」と五十嵐を連れ歩き出す。

「行くぞ」

銀時は小声で言うとモップを掛けつつ後を追った。新八もバケツとモップを持って追う。




ある部屋の前、二人はモップから雑巾に持ち替えドアに張り付いていた。

「…これで僕達捕まらないなんて来年本庁は警備の強化を目標にした方が良いと思いますよ」
「…シッ!」

銀時が口の前にひとさし指を立てる。



「…一年前、私の妻が殺された事件、覚えていますか?」

五十嵐の声が聞こえてきた。

「あぁ…上が捜査止めたんだよな」
「…私が申請しました」
「…ほぉ…初耳だな…」

「自分の奥さんが殺されたのに?」と、新八が顔をしかめながら呟く。

「犯人に自分が捕まったら娘を殺すと言われましてね」
「ん?豚箱にぶち込まれてなお人を殺せる手段があるのか?」
「その犯人の父親がそれを簡単にできる力を持っているんです」
「魔法使いか何かか?それ?」
「あえて言うなら錬金術師ですかね」

また非現実的な会話が…銀時は耳をドアに当てながら思う。

「何だそりゃ?面白いな」
「…その犯人はさらに私と籍を入れたいと」
「…ほぉ」

「銀さん…もしかして…」と、新八は銀時を見る。

「…ここ一ヶ月程娘の様子がおかしいのです。緑色の石を片時も離さず持ち、石に向かって話したり奇声を上げたり物を破壊したり…数日前に妻の鞄からこんな物を見つけました」

何かを見せたのであろう、紙をめくる音がした。

「戦闘能力を引き出し殺戮を喜楽とする石…?」
「……松平様、私みたいな者がこんな事を申すのは真に恐縮でならないのですが…どうか…どうか娘を止めてやってくれないでしょうか?」

「え」と新八が声を上げる。銀時は変わらず耳を澄ませている。

「オイオイ、待てよ五十嵐。じゃあ何か?お前の嫁がその変な石を娘に渡して、その娘が石を使い今までの猟奇事件を起こしていたってか?物的な証拠が無さすぎる。お前も分かるだろ?それぐらいじゃ」
「十分に承知しております。私はただ止めてほしいだけなのです。元はと言えば私が…私が……」



フーと溜め息をつく銀時は「なるほどねー」と呟く。

「あの金髪の人、娘を人質にした挙げ句殺戮の道具にしたという事ですかね?」
「聞く限りじゃあそう感じたな」

「ひどい」と新八は眉を寄せ呟いた。



――プルルル


部屋の中から携帯の着信音が鳴る。


「あぁ…もしもし………………あぁー…無いわぁ、それは。………まぁ…調べるだけ調べとくけどよ、期待すんなよ。……はいはい」

ハァと溜め息を吐く声が聞こえた。


「…ったく、ウチのもんは何でこう世話を焼かせるのかねぇ…。お前もアイツ等も」

椅子から立ち上がる音がする。



「俺、定年まではこの首持たせたいんだよねぇ…」





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