The Alliance of the CORAZON

 ある朝、兄様は私の頭を撫でた。普通の格好をしていたから、何かがあることはすぐにわかった。兄様は私よりも弱いけれど、私よりも色々なことを理解している。大きな体のお兄様。
「アリアンス、もうお前には会えないかもしれない」
「兄様は任務につくんだね」
「アリアンスは賢いから、俺の言ったこと、ちゃんと覚えられているよな」
 覚えているよ、兄様。理解はできなかったけれど、全部覚えているよ。私は賢いだろう? それが今生の別れだと知っていたのだから。
 何も知らない兄様はボロボロと涙を流し、私はぼんやりと兄様を見上げていた。



 冬はアリアンスの天敵だ。アリアンスは生まれも育ちも温暖な場所であり、北の海で配属された島も比較的温暖だった。以前初めて雪を見たとき、アリアンスはベポとペンギンとシャチと、無理矢理参加させられたローの五人で雪で遊んだ。アリアンスは楽しかった。ただ、そのあとが問題だった。
「アリアンスは甲板に出るな。この前、その服で風邪引いただろ。ペンギンとシャチに買いに行かせる」
「でも、手直し必要だよ。多分」
 アリアンスは背丈体型含めて極めてローに近い。つまり、店においてあるサイズのものはそのまま着ることはできない。
「キャプテン、予備のコートあるなら貸して。あと帽子」
 体温は頭から逃げる。アリアンスは帽子を基本的に現地で調達するので持っていない。そして、アリアンスと体格の近いロー、ペンギン、シャチの三人の中では一番ローが寒がりだ。スワロー島という寒い島で育ったペンギンとシャチはそもそも帽子もコートも薄手なのだ。残念ながら今回はベポは論外である。
「変なこと絶対するなよ」
 ローは舌打ちしたが、アリアンスの言っていること以外は不可能に近いので、とりあえず受け入れることにしたようだった。
「しないよ」
 立てかけてあった大太刀を持つ。何もしませんよ、という意思表示だ。
「俺がついていく」
 船長室にローと一緒に引き返すと、ローは一番暖かいコートと帽子を手渡してきた。体よりは僅かに大きなサイズではあるが、問題はなかった。コートのジッパーを留め終えると、ローは舌打ちをした。
「似合う?」
 そう尋ねても何も返さない。似合っていないと絶対に何か言ってくることがわかっているので、アリアンスは似合っているのだと解釈した。そもそもアリアンスも白衣の下は黒いタートルネックを着ているので、黒いコートが似合わないはずがないのだが。
 いずれその時が来たときに、ローの格好で違和感があるのは困るのだ。アリアンスもローも目立つ容貌をしているためか、船を降りると行き交う女性たちが振り返る。特にアリアンスはローの服を着ようとも無法者には見えないため、余計人の目を惹く。ローは深く帽子を被り直し、不快感を露わにしていたが、アリアンスは綺麗に微笑を浮かべて時折手を振るなどしていた。ロー一人ではここまで目立つこともないため、ローはアリアンスと二人で出かけるのを好まないようだった。
 ただ、アリアンスからすると、ベポと二人でいるときの方が人の目を惹く上、よく話しかけられるため全く気にならなかった。
 不機嫌なローと服屋にたどり着くと、白いファー付きのコートしかなかったため、それを頼み、直してもらうことになった。その間にローとアリアンスは二人でレストランに入った。ローの好物は魚だが、船で食べることができるため、島の郷土料理を出すような洋食屋だ。
「キャプテンだけだね。私と二人でご飯食べるとき、食べ方綺麗なのは」
 大口開けてむしゃむしゃと食べることの多い海の人間だが、アリアンスはそうしない。そして、目の前のローも今はそうではない。肉をナイフとフォークで細かくして、手を持ちかえて食べている。他のクルーと食べている時にはそうはならない。
「お前に引き摺られるんだ。食べ方が海賊らしくもないし、海兵らしくもないな」
 逆にアリアンスは誰と食べていても常に綺麗に食べる。当然、食材の並び方によっては不可能なこともあるが、がっついて食べるようなことはしない。
 量だけで見れば、ローよりも食べるのだが。
「南の海にいたときかな。お世話をしてくれた姉様は品があってとても綺麗な食べ方をする人だったから。マリンフォードでも、育ての親も兄様も、養父もよく叱る人たちだったけど、食べ方については何も言わなかった」
 マリンフォードでのアリアンスは、素行で叱られることはよくあったが、礼儀作法については叱られることは全くなかった。
 むしろ、おかきをぼりぼりと貪る人たちに、アリアンスが口を出したことがあるぐらいだった。
「家族多くねぇか」
「当然みんな海兵だから、つきっきりで見てくれる人はいなかったからかな」
 養父は養父になることを渋ったが、最終的に承諾した。そして、アリアンスを育ての親に押し付けた。養父が養父になることが、アリアンスを海軍本部におくことの条件だったからだ。しかし、自由奔放な養父はほとんど海軍本部に詰めていることはなく、育ての親が押しつけられる形でアリアンスの面倒を見ることになった。アリアンスの育ての親には、アリアンスと同様の息子のような独り立ちしたばかりの海兵がいて、その海兵がアリアンスを実の兄代わりとして世話をした。アリアンスはその海兵を兄様と呼んでいた。
 海軍本部はアリアンスにとっての生活の場だったが、海兵たちにとっては仕事の場なのだから、アリアンスの面倒を一人がつきっきりで見ることができないのは仕方がないことだった。
 アリアンスはスワロー島以前のローの過去を知らない。その能力や頭脳から推測しているのは、実力ある海賊の下にいたことくらいだ。ローの知識は、少なくとも島の中でのうのうと生きていて得られるものではないし、アリアンスと同じような事情で海軍にいればアリアンスの耳に届かないはずがない。
 アリアンスは一瞬目を閉じ、開いた。
「そういえば、食べ物美味しいから、しばらく下船組でいいかい」
 そして、肉を口にする。
「お前本当に肉が好きだな」
「魚も好きだけど、魚はいつも船で食べているから」
 ローについて他にわかることは、一時期肉を食べたくなかった、もしくは食べることができない経験をしたことがあった可能性があること。アリアンスは何も感じないが、時折、新人海兵が激戦を経た後に起こるそれは知っていた。大量の凄惨な人の死を見た人間に時折起こる肉を厭う傾向。
 ただ、アリアンスはそれについてローに尋ねたことはない。ただ、アリアンスはそれについて聞いておくべきだったのかもしれない、と思ってしまった。
「コート、取りに行かないとね」
 声が聞こえたのだ。懐かしい声であり、理解できる声である。目的が誰か、確信は持てないが、アリアンスは初めて、その標的が自分ではないような気がした。
 上手く誤魔化せたことを確認して、アリアンスは計画を練る。もし、彼らの目的が自分ではない場合、クルーの中で可能性が高いのは、目の前で食事を食べ終えて立ち上がった男。己と同じく、稀有な人生を送った可能性のある人間。
______オペオペの実に関わったのは、バレルズ海賊団、ドンキホーテ海賊団。バレルズ海賊団にここまで仕込める能力がなかった。そういえば、兄様が白鉛病の少年がいる、と言っていたな。白鉛病といえばフレバンス。生き残りはいないという話だったけれど、私はそれを見ていない。
 本来ならばローの能力を見た時点で答えに辿り着けていたアリアンスだが、とりわけ必要性があったわけではなかったため、考えていなかった。



 コートを取りに行き、船で服を着替えて、アリアンスは再び町に戻った。凍えるような気温だが、海軍駐屯地もない島は平和そのもので、通りゆく人々を見ても治安が良いことがわかる。アリアンスも船から降りることがなければ気がつくことはなかった。それほど大きな島ではないが、人間が多い。
 向かう先は図書館だ。拠点のない彼らが臨時的に拠点を作るとすれば、国の公共施設になる。本来ならば教会が一番良いのだが、すれ違った際の気配から教会を根城にするにはあまりにも鉄臭い。それならば、博物館か図書館かどちらかになるが、この町に博物館はないらしい。
 図書館に入り、真っ直ぐに書庫に向かう。埃を被った書庫から足跡をたどり、窓を塞がれた倉庫にたどり着く。気配がないことは歩きながら確認していたため、そのままアリアンスは鍵を開けて中に入った。
 そこにはぬいぐるみと絵本と、子どものいたような痕跡。アリアンスはそれを一瞥して、引き出しを開けて書類を引っ張り出す。
「へぇー、サイファーポールに、北の海のフレバンス、そして」
_____トラファルガー・ラミ
 白い町フレバンスは滅びた。ただ、最初の症例はしっかりと世界政府に伝わっていた。幸か不幸か伝えられていた。
 アリアンスの標的は自分ではないという勘は当たっていた。偉大なる航路前半は航路を読まれやすく、この島に来ることはある種必然だった。
「良い医者が書いたんだな。それにしても、カルテの書き方がそっくりだ」
 カルテは共有しているので、アリアンスはローのカルテを参考にカルテを書いている。親が大病院の医者であるのなら、育ちの良さが隠せないのも頷ける。
「年齢にして十歳。ここまで引き継げていれば十分に才能があったということか」
 サイファーポールの考えることなどアリアンスには手に取るようにわかる。生き残りが彼ではければよかった。有名な賞金首の海賊になどなっていなければ、政府としては問題なかった。フレバンスのような例などいくらでもある。
 オハラでさえなければ。
______さあ、殺すか、もしくは……
______どちらにせよ、急がないと。ここにはいない。もう、放たれたのか?
 人の気配はなく、子供の足跡もなかった。ただ、ここには子どもがいた。そして、ローがいるということは見られている。
「兄様は死に方を選んだ」
 小さく口に出す。
 無念の死をアリアンスは知っている。理解はできずとも、それはマリンフォードで何度も見ていたものだ。ただ、無念でない死も知っている。そして、その無念ではない死に方をした男はアリアンスよりも弱かった。弱かったが、アリアンスにないものは持っていた。アリアンスは無念ではない死に方をしたことを写真を見て理解をしていた。ただ、何を選んだのかは今まで知らなかった。
 白鉛病の少年は助かった。アリアンスの兄は未来に賭けた。
 アリアンスは書類を掴んで走った。アリアンスはその場で書類を処分する必要があると思ったが、そうはしなかった。思考と行動の差異に気がつかないまま、アリアンスはその場をあとにした。



 アリアンスは、グランドラインに入りクルーが増えてからというもの、あまり島を歩き回るのを好まない。さらには寒さは苦手である。そのくせ、一度船に戻り、再び町に出た。しばらく下船をしたいと申し出てきたのだから、ローはそれを咎めなかったが、アリアンスが意味もなく下船をしたいなどと申し出るはずがない。船に戻り、冷静になったローは、はぐらかされたことに気がついた。だから、アリアンスを探すために町に出た。
 路地からありふれた茶髪の少女が歩いてきた。
「お兄様」
 銃声が鳴り響いた。咄嗟に少女を抱えて滑り込む。その向こう、さらに暗い路地から歩いてきたのは白い服の人間。
 薄暗い空間。そして、銃声。白い服。そして、隠すことなどできない王としての器。
 記憶が頭の中を鮮やかに支配する。
「もう放っておいてやれ。あいつは、自由だ」
 脳に響くのは今は亡き声。狭い世界。今と同じように、世界は寒く、そして酷く冷たかった。体が勝手に動く。
 小さかった体。知識と武術を叩き込まれても何もできなかった。無力だった。圧倒的な力で捩じ伏せられて、泣いて逃げることしかできなかった。
 目の前にいるのは天夜叉でもヴェルゴでもない。冷徹な王の器。
 ローは気がつけば、鬼哭を叩きつけていた。その体が再生できない程に真っ二つになると思ったが、漆黒に染まった刀身がいつの間にか抜かれ、鬼哭を捕らえていた。銃を投げ打って、それで刀を抜いたのだ。
「怖い怖い。せめて、ROOMはってからにしてよね」
 純粋な力の押し合いでは勝てないと知っているのか、すぐに刀を躱して橋の上まで走り去っていった。それでも軽口を叩く余裕がある。能力に頼らずに海を渡ってきたのだ。ローはアリアンスの立つ場所までは辿り着けない。そこに立つことができるのは選ばれた者。
 ローは選ばれてはいない。体は大きくなっていても、あの頃と変わらず、見上げることしかできない。
 白い羽は夕焼けで桃色に染まり、深い色だった髪も鮮やかに輝く。それは酷薄な笑みを浮かべ、橋の上からローを見下ろす。知らないわけではない。目の前のこの人間は違う王であることを。
 そうであると知って仲間にしたのだから。
 世界の全てを知ったように高みで嗤う。
「キャプテン、私を誰と重ねているのかい」
 そんなこと決まっている。ローの知る不自由の象徴。刺し違えても構わない恩人の仇。身体中に充満するその感情にローは名前をつけることができない。ただ、それがしばらく感じていなかったものだということは分かっていた。
 圧倒的、そして、天に近い強者。
「お前の知るべきことではない」
 心臓の糸が途切れかける。



 海軍本部中将大参謀つる。彼女はあの子どもが海賊になったと聞いたときに、同期たちほど狼狽えはしなかった。
 同期が連れてきた子どもは結局、別の同期が見ることになり、その同期も仕事があるために他の海兵も巻き込むことになった。問題児はいつまで経っても問題児だ。特にこの子どもと一緒に助けた子どもなど、いくら罪がないとはいえ、多くに人間にとって許されるものではない。
______まあ、この子も似たようなものだろうがね。
 しかしながら、報告と連絡で戻った海軍本部で出会した子どもに罪があるとはつるは思わない。年は二桁になったが、来た頃とあまり性格は変わっていない。
「つるはまた外でお仕事?」
「そうだよ」
 むしろ、来た頃の方がおかしかったのだ。四歳の子どもはまるで大人のような口の聞き方をしていた。
「あんまり追い回していると、気付かれてしまうよ」
 四歳の頃から変わらない。まるで子どもとは思えないような言葉に未だにつるは慣れない。強い見聞色の覇気。このような言動は徐々に少なくなっていったが、アリアンス自身が場所と人を選んで話すようになっただけであって、わからなくなったわけではない。
「あんたは綺麗だね、アリアンス」
 つるを見上げる子どもの眼は晴れた冬の朝のように澄んでいる。多くの人間を洗ってきたからこそわかる、アリアンスの人間味のない穢れのなさ。
「私はつるに洗ってもらうの好きだ。綺麗になるから」
 子どもはそういうが、つるはこの子どもを洗うのは好きではなかった。悪戯をした手前洗わざるを得ないが、悪戯のわりにはそれについての穢れはない。
「アリアンス。あんたほどの見聞色の覇気を持っている人間はいないよ。あんたから見て、人の心はどう見える?」
 あるのは、アリアンスがその目で見聞きした穢れ。つまり、海兵たちの持つもの。ある程度は弾いているようだが、全く汚れないわけではないらしい。
「綺麗ではないよ。だから、私はつるに洗ってもらうのが好き」
 小さな顔に屈託のない笑顔を浮かべる。嘗て同期がこの子どもにされたことをつるは知っている。その話だけを聞いたときは、この子どもを引き取ることにつるは大反対した。しかし、実際にその目で見てみると、その子どもは牙を抜かれた虎のようだった。
 憎悪という感情がこの子どもからは欠損している。同期の心がないという言葉と、つるの思っている心がないという言葉は違う。
「あんたは心がほしいと思うかい」
 この子どもは、生きるために心を切り捨てている。
「心はあってもいいけど、きっと今ではない気がする」
 そして、それを自覚している。
 どこにでもある平凡な眼、小さな体。その言葉はまだ子どものものだった。ただ、それがゆらりと変わっていく。
「心があると、正しくない。正しくなくなる。だから、私には心はいらないのだろう」
 漏れ出す覇気を知らないわけではない。強さのわりに調整がいつまで経ってもできない、と同期は頭を抱えていた。海軍でも持っている者のほとんどいないそれ。それを持っている者は無法者の方が圧倒的に多い。
 凪いだ眼は人を理解している。同期たちはいずれこの海軍の後継者となるようにその子どもを育てようとしていた。大人になれば、この子どもは容易にその階段を駆け上がっていくだろう。そして、立つのは頂点だ。
______ただ、この子はあんたのようにはならないよ、センゴク
「あんたを見ているとね、あの子の方が余程人間のように見えるんだよ」
 身内を家族のように大事にしていて、洗った後に少し綺麗になる子の方が、やんちゃはしても悪事には手を染めない目の前の子どもよりも遥かに人間らしい。
「あの子ってドフラミンゴ?」
 愛くるしい顔に笑みを浮かべ、きょとんと首を傾げる。子どもは何でもわかっている。万が一、海賊にでもなった場合は脅威になる程度には、この子どもは海軍の内情を理解していた。
 ドフラミンゴは大人の都合で振り回されて地獄を見た。
「そうさ。可哀想な子だよ。このことは内緒だよ、アリアンス」
 アリアンスも大人の都合で振り回された子どもだ。笑うことはあっても、泣くことや怒ることはない。生きるために心を切り捨てていった子ども。
 秘密なんてものは子どもには守れないものであるはずだが、アリアンスは秘密を守ることのできる子どもだった。
 この子どもは海軍を憎むことはない。存在は肯定している。ただ、この海軍本部を、マリンフォードを、狭いと感じて飛び出していってしまう姿。つるはついそれを想像してしまう。海の広さを知ってしまえば、自由を求めることがあれば、夢を見ることがあれば、その心を取り戻してしまえば、この子どもは脅威となる。ただ、それをこの子どもはそれを悟らせない。一度は刃を向けた海軍に対して、まるで感情を見せない。
______アリアンス、あんたが生きるべきところはここじゃない。たとえ、私たちと敵対することになろうとも、それは大人が作った罪なんだから。



 ローはベッドに横たわり、アリアンスから奪い取った書類を眺めていた。妹は退屈そうにしていたが、コールドスリープから目覚めたばかりで、あの頃と変わらないのだから仕方がない。部屋には子どもには難しい医学書しかない。
 妹は、アリアンスの寝床であったソファーに座っていた。
 ポートガス・「D」・アリアンス。海軍本部で育てられた己と同じ数奇な運命を辿り続け、王の器として選ばれた人間。神の天敵と呼ばれるはずだが、その在り方は絶対的な何かがあり、それはローの知る人物と重なる。
 ローに救われたわけでもなく、ローに打ち負かされたわけでもない、目が覚めたら乗っていたクルー。その方法でしか、ローは乗船を許さなかったという自覚はあった。ただ、それが運命だとするならば、「コラソン」の言うDの意味であるとするならば、今は何をなすべきなのか。それはローにはわからなかった。
 ただ、記憶が何度も鮮やかに蘇る。アリアンスの酷薄な笑みと共に何度も、何度も。
 眠るたびに思い出す。寒い冬の記憶。もし、自分が選ばれた人間ならば、コラソンは死ななかった。全てを知ったかのように嗤うことができる人間がコラソンを殺し、己のような人間は地を這う無力感に苛まれる。
 現実と悪夢が混じり合う。しかし、船室には少女が一人。船を出ては味のしない食事をとり、悪夢を見る。船の中も落ち着いていて、何一つ不自由がない。それがローの世界が過去の中に留まり続けることを許していた。



 ローが少女を連れてきた。シャチが一緒に戻ってきたアリアンスに詳細を尋ねると、妹である疑いのある少女らしい、ということだった。その少女はローにまるで似ていなかったし、クルーたちも知りたいことはたくさんあったが、アリアンスにまだ推定の域を出ないから近づかないように、と釘を刺された。
「しばらくこの島に留まるようだから、ローは起こしに行かなくていいよ」
 少女が船長室にいることで、クルーたちはローに指示を仰ぎにくくなったが、アリアンスが船員の空きスペースにいるため、クルーたちは軽度のものはアリアンスに指示を仰ぐようになった。そもそもアリアンスが乗船した当初もローの意識がなく、アリアンスが船長代行をしていたため、古参であるベポ、シャチ、ペンギンが率先して指示を仰ぎ、自然とそのような形に落ち着いたのかもしれない。それはペンギンにもわからない。
 ローの性格もあって海賊団の中ではローと距離を置くクルーもいるが、アリアンスはそれほど距離を置かれない。アリアンスは時折暴君の如く身勝手で、人を振り回すこともあるが、基本的に自分よりも弱い立場の人間を振り回すことはほとんどない。潜水が多いためか心身のバランスを崩すクルーのフォローもアリアンスがしている。聞いてみると、海軍では軍医にそのような知識は必須らしい。クルーに距離を置かれないのも周囲に気を配っているのだから当然だ。
「シャチ、ペンギン、買い出しだろ。お使いを頼みたい」
 アリアンスは日中は下船していることが増えたが、忙しなく歩き回っているようだったため、シャチもペンギンもアリアンスのお使いについては快諾した。
「他のメンバーにも言っておいてくれ。金は出すから、金額はちゃんと報告してね」
「でも、ポーラータング号には……」
 ただ、頼まれた物はポーラータング号では使わない物だった。使えない物と言った方が正しい。それについてアリアンスに尋ねると、アリアンスは明るく笑った。
「関係ないよ、そんなこと」
 ポーラータング号はローの意識がなかったあの頃のようだった。ただ、シャチもペンギンも不安にはならない。それは、当時は理解していなかったが、今はアリアンスの素質のせいであることは二人ともわかっていた。ローがいなくてもハートの海賊団は成り立ってしまう。ただ、ローとアリアンスが揃っていても成立する。
「あ、そうそう。キャプテンに見つかると面倒だから、少しずつお願いね」
 二人は、時折アリアンスが怖くなる。アリアンスの本気を二人は見たことがない。怪我も滅多にしない上、怪我をして帰ってくるときは基本的に単独行動をしている。
 二人はアリアンスの底を知らない。ただ、アリアンスがハートの海賊団の敵にならないことだけはわかっていた。その信用については、ベポには敵わないものの、ローよりも二人の方が上であることを二人は知らない。
「そういえば、最近ラッコ見かけないな」
 シャチは呟く。気がついたらアリアンスの隣にいる青年の姿は最近見ない。狭い食堂に一堂に会することのないため、姿を見ないことはありえないことではないのだが、同時に船も狭いため、あまりにも姿を見ないことは不自然ではある。
「日中は寝ているらしいぞ」
 ペンギンは夜中にふらふらと歩いているラッコを見ていた。ラッコが言うには、昼夜逆転の生活を送っているらしい。ペンギンは理由がわかっているため、聞くことはなかった。
 ラッコは、アリアンスに忠実だ。それは、ラッコに尋ねるよりもアリアンスに尋ねた方が正確な答えが返ってくる。



 ペンギンは、ローの妹にも興味はあったが、それよりもローとアリアンスが距離を取ることになったことの方が気がかりだった。言い争いなどはなかったが、ないことがむしろペンギンにとっては気持ち悪かった。静寂がペンギンは嫌だった。それは、やはり古参のシャチやベポもそう思っているようだった。ローはほとんど部屋から出てくることなく、逆にアリアンスはよく人と話をしたり、積極的に町に出たりするようになった。そのため、ペンギンはローの姿もその妹の姿もほとんど見ることがなかった。
 そのため、まさか甲板で少女と二人きりになるとは思ってもいなかった。
「あの人はお兄様の副船長なの?」
「そういうわけではないが」
 事実上はそうではあるが、決して副船長の話題が上がったことはない。ハートの海賊団はロー以外は横並びが基本だ。
「あの人だけ違う。とくべつ」
 正直、アリアンスが船長室に入り浸っていることはペンギンたちにとってはありがたいのだ。アリアンスは体調にむらがある。戦闘をするかどうか、戦闘に参加させるかどうかは船長判断なのだが、アリアンスの体調次第なところが大きい。アリアンスが元気そうにしているなら良いのだが、ソファーで眠っているときなどはローがその場で熱を確認する。実際に、相手方の海賊船の規模と被害、そしてアリアンスの体調の悪さから浮上を見送ったこともあった。そして、狭い船にスペースは限られており、アリアンスに充てがわれたスペースは小さな物置と化している。しかも、それは薬品が中心であり、ハートの海賊団の共有物資でもあるのだ。
 服装についても、アリアンスがつなぎなんて着ようものなら間違いなくすぐに風邪をひく。他にも体が弱いクルーがいるが、最悪寝かせておけばいい。
 なんといってもアリアンスは実力がある。アリアンスはハートの海賊団ナンバーツの実力者であり、ローが意識を失った際に執刀医となれる唯一の船医だ。剣士だと思っていたが、元海兵、射撃についてもペンギンよりも圧倒的に精度が高い。それも大太刀を振り回しながら、飛び上がって距離をとったかと思えば、囲まれたベポの敵を射撃で一掃したこともある。
 能力なしで、億越えの懸賞金をかけられる実力が確かにあるのだ。
 ハートの海賊団に副船長はいないが、事実上の副船長はアリアンスだ。ローも何の思惑があるのか、アリアンスを特別扱いしている。
 絶望的な状況で、アリアンスは血を抜きながら大手術をおこなった。小柄ではないがローよりも幾分か華奢なアリアンスは、生命の危険のある量の血を抜いた。それでも、ローに依存していたクルーを安心させようと真っ青な顔で微笑を浮かべていたことをペンギンは覚えている。
 その後もローが全快するまで、アリアンスは船長代行の仕事をしていた。どこまでも冷静なところも、完璧な判断も何故かどこか危うかった。それでも、ベポをみるあの暖かい目が、ローに要らないこと言ったときのあの笑顔が、嘘だなんてことはない。
 ごく稀にローが誤った判断を下したときに、叱りつけるのもアリアンスの仕事だ。普段から言うことを聞かないアリアンスの言うことを聞いてやったとしても、ローの矜持はあまり傷つかない。
「なるべくしてなった特別だからな」
 確かにアリアンスは目立つ。既に海軍に名前を知られていない限りは海の生き物から新たにクルーの名前をつける、というベポとアリアンスの二人の思いつきのせいでもある。ローは関心のないことに関しては我関せずなので、そのままそれは採用されてしまい、今やほとんどのクルーが海の生き物の名前である。
 ポートガス・D・アリアンス。その名前だけで異彩を放つが。
「強いんだけど、別に……」
 雪を見てはしゃいで、水鉄砲で遊ぶ姿を見てきたペンギン。
______どうしようもないところもある、ただの仲間なんだ。



 アリアンスは甲板で空を見ていた。甲板にいる時が一番澄んで聞こえるのだ。アリアンスは随分前から気配には気がついていたが、騒ぎ立てることはなかった。直感はあったが、島には港が複数ある。ポーラータング号は潜水艦ゆえの強みもあるが、当然弱みもある。
 水面の先に軍艦が見えてきたとき、アリアンスはシャチを呼び出した。
「シャチ、例のやつ、倉庫から持ってきているよね」
 ポーラータング号に船としての攻撃性能はほとんど期待できない。魚雷は装備しているが、船底が海楼石であるならばほとんど意味をなさない。アリアンスは目の前の船の船底が海楼石ではないような気もしていたが、はっきりとはわからなかった。
 もう船籍が剥奪されたような古い軍艦は、船底が海楼石ではない。
 ゴロゴロと音を立ててやってきたのは砲弾。アリアンスは甲板に響くその音を懐かしく思う。アリアンスが海兵になることを望まなかった人間がこれを教えたのは、ただ生き延びる手段としてだけだったのだろう。しかし、アリアンスは海賊だ。
「アリアンス、まさか……」
 体格に劣るアリアンスがそれをするには、足の設置から正確にしなくてはいけない。体の力の入れ方も最も効率の良い形に。
 鈍く光るの砲弾。
 アリアンスは砲弾を手にするところから計算され尽くした形をとる。重さは昔ほど感じない。アリアンスも成長した。
 そして、正確に体を動かして手を離す。砲弾はマストに向かって飛んでいく。青い空を眺めながら、アリアンスはもう一つの未来を見る。アリアンスの背には正義の文字はなく、潜入をしているわけでもない。
 海賊は海軍の軍艦のマストを燃やす。その動きを見ながら、確証を得る。
「やっぱりハリボテだ。さほど砲弾はいらない。マストさえ燃やせば、すぐに航行不可能になる。艦砲も、あれは使い物にならないね。あの規格にある砲弾はもう製造していないし、在庫にもないはず」
 アリアンスは海賊だ。航行不能になった船について何も思うことはない。そもそも軍艦自体が旧式で、今はもう使われていない。そんな船に海兵を乗せるほど海軍は愚かではない。乗っていたのはおそらく素人が数名で、マストさえ燃やしてしまえば何もできない。
 この型式の船は完全な帆船であり、自動航行することは不可能だ。
 アリアンスはすぐに数隻の軍艦を航行不能にしてしまった。目を凝らして、ボートが海に出てくるのを見送った。どう考えても軍艦を動かすには足りない数。この敵襲がただの囮であることの証明だった。
 そして、アリアンスは振り返る。振り返ったと同時に、ローと少女の姿が見えた。ローの方は怒り心頭に発するといった状態だったが、アリアンスは気にならなかった。
「おい、てめぇ」
 アリアンスが何もしなければ、この男が能力を使って簡単に沈めていた。それは簡単なことだ。ただ、アリアンスはそれを避けたかった。年々、ROOMは大きくなっていくが、アリアンスはその弱点を知っている。
「キャプテン、とりあえず沈めておいたよ。逃げるには距離が近すぎる。珍しいこともあるものだね。まるで囮のような」
 明らかに狙われている中で、ローの体力を削りたいという敵の目論みを見過ごすわけにはいかなかった。オペオペの実はその特殊性から能力に関する情報が出回っている。
 それは、パラミシア系の能力としてはある種致命的なことだった。
「大砲がなければ投げればいい。簡単なことだろう」
 アリアンスは砲弾を手に取り、最後の一発を投げた。
「私よりもキャプテンの方が純粋な力は確実に上なんだから、投げられると思うよ」
 アリアンスは船ほど大きな砲弾は投げることはできないが、一般的な大きさの砲弾ならば訓練次第で投げることができると思っている。アリアンスは戦闘に関しては海軍の高官たちの良いところのみを上手く吸収した。
 そして、少女に目をやる。
______ねぇ、どうする。私は為すべきことを為す。ラッコは私に傅くことを望んだ。君は何を望む?



 アリアンスは朝に弱いわけではない。眠りは深いが、夜更かししなければ朝早く起きることができる。いつもはローがいつまでたっても寝ないので、アリアンスは先に寝ているが、それでも同室につられて寝る時間は遅くなる。しかし、今は同室のクルーが早く寝るため、アリアンスもつられて早く眠り、早く目が覚める。
 海は静かだった。甲板には誰もいない。釣りでもするかと思ったが、人の気配がしたのでアリアンスは振り返り、その人物が出てくるのを待った。
「早起きだね」
 茶髪の少女に笑いかける。アリアンスはローよりも大人びた顔立ちだが、子どもに嫌われるような見た目ではない。しかし、この少女は一度アリアンスに殺されかけている。
「ねぇ、アリアンス様」
 誰から聞いたのか、彼女はアリアンスの名前を知っていた。
「どうしたんだい」
 かつて自分がされていたこと、目線を合わせるためにしゃがみ込んでアリアンスは尋ねる。
「アリアンス様は特別な人?」
 同じ色ではないが、平凡な色の眼と眼が合う。アリアンスは彼女の正体を知っている。彼女もそれに気がついている。
「そうだよ」
 アリアンスは座り込んだ。すると、少女もアリアンスの隣に座った。
「君の名前は?」
 そう尋ねてから、アリアンスは答えを聞かずに続けた。
「名前のない子は二人目だよ」



 初めて会った時から、綺麗な人だと少女は思っていた。大人たちが油断をするなと言っていた相手はこの人なのだとすぐに少女は悟った。殺されそうになるのも、気にはならなかった。
 刀を捌く美しい動き、夕焼けに染まった「優しい」顔。狭い世界で生きているほど、見惚れてしまう。
「ソファー、アリアンス様に匂いがする」
「私がよく寝ていたからかな」
 ローは何も言わなかったが、少女は自分の置かれた物理的な場所がアリアンスの場所であったことをすぐに理解した。アリアンスからは薬の匂いがする。ただ、場所を奪われたはずのアリアンスは、少女に不干渉を貫いていた。
 青空に鉄球が飛んだあの日まで。あの日、アリアンスの、決して珍しくはない虹彩に射抜かれ、少女は決めたのだ。
「困っていない?」
「さあ。あんまり困ることってないからな」
 その眼はまるで町の石畳のように揺らがない。少女はそれが本当のことだと思いたかったが、そもそも、揺らいでいるところを見たことがなかったため、わからなかった。
「アリアンス様って、何考えているか全然わからない」
 アリアンスは表情の変化に乏しい。少女が関わったどの大人よりも、何かが欠落していた。
「そんなに感情を隠しているつもりはないんだけど、君はよく人の顔を見ているね」
「アリアンス様は見ないね」
 人の気持ちは、しっかりと顔を見て言葉を聞かないとわからない。ただ、アリアンスは海を眺めている。
「見なくてもわかるから」
 少女には何もわからない。ただ、特別な人なのだとそう思うだけだった。



 アリアンス関係ではペンギンと同程度で被害を受けているシャチは、アリアンスに声をかけられることはほぼ面倒事に巻き込まれることだと知っている。それでも、戦闘になると、雑な指示で一番に飛び出していってしまうキャプテンとは異なり、自身は作戦通りには動けないものの、指示が的確で細かいアリアンスを、シャチは素直に尊敬していた。
「シャチ、今日暇だね」
「いや、女の子とのデートが」
「ベポ、船にいるっていうから、ペンギンと一緒に散歩に出かけないかい。あ、武器はちゃんと持ってきてね」
 たとえ、時折理不尽かつ一方的だとしても。
「それ、散歩じゃないだろ、アリアンス」
 カラトリーをバラバラにしたまま、ペンギンが異議を唱える。シャチは心の中でペンギンに感謝しつつ、それが無駄であることを察していた。
「私たち無法者なんだから、当然だろう?」
 そう言ったアリアンスは既に大太刀を手にしている。朝食と同時にその日の平穏は終焉を迎えた。ローですらどうすることもできないアリアンスを二人が止められるはずがない。
 アリアンスに連れられた町の郊外で早速一行は「ハートの海賊団」を狙っている命知らずの山賊に出会し、撃退することになる。アリアンスが親玉を取り巻きと共にぶった斬ってからは、ひたすらシャチとペンギンの二人で処理をした。背後からアリアンスが町に寄った際に買ったばかりの大型銃で援護射撃はおこなっていたが、二人はヘトヘトになった。
「アリアンス、盗賊と遭遇することわかっていただろ」
 盗賊たちに出会すことも、その企みもアリアンスは知っていた。その程度のことはシャチにもわかる。そのくせ、連れてきたのは自分とペンギンの二人なのだ。文句も言いたくはなる。帰りにバーに連れて行かれ、ペンギンと倒れ込むように椅子に腰掛け、酒を口にしてからシャチはようやくその言葉を口にした。
 大型銃の試し撃ちに付き合わされていることも明らかだったが、シャチもペンギンもそれは言わないことにした。この状況で、アリアンスが何も考えずに新たな武器の試し撃ちをしているとは思えなかったからだ。
「こうして奢ってやっているんだから、いいだろ」
 アリアンスはレモン水を飲みながら串焼きを食べていた。健啖家のアリアンスは二人よりも勢いよく肉を口にしていた。店に入る前に、アリアンスは飲食代は自分で出すことを宣言した。アリアンスよりもシャチとペンギンの方が年上なのだが、アリアンスの方が懐に余裕がある。それは、アリアンスの分け前が多いわけではない。ただ、アリアンスは遊び歩くことはほとんどなく、薬も自身で調合することが多く、さらにその薬を島で売ったり、病人や怪我人の治療をして金銭を得ているだけだ。
「アリアンス、呑まねえのか?」
「呑むと思考が鈍るんだ」
 ペンギンの言葉に、氷の入ったレモン水をカラカラと回しながら、アリアンスはそう返した。
「普段、呑みながら女に愛想振りまいているだろう」
 シャチは指摘する。優男風の中性的な整った顔立ちとその巧みな会話術でアリアンスは常に女に囲まれる。医者という知的な印象と大太刀という大胆な武器のキャップも良いらしい。それはローも同じだが、ローはアリアンスと異なり、女に割く愛想は持ち合わせてはいない。そのため、ハートの海賊団で一番女に好かれる人間は誰かと問われれば誰もがアリアンスと答える。そんなアリアンスは大なり小なり仲間たちに羨まれる存在である。付き合いの長いシャチとペンギンも、半ば諦めもあるものの、何も思うことがないわけではない。
「大して頭使っていないからね」
「そういうところ」
 なんてこともない、というアリアンスの言い方に、シャチとペンギンの言葉が重なる。
 アリアンスは女の神経を逆撫ですることは言わないくせに、仲間の神経、普段は特にローの神経を逆撫でする。わけがわからない、といった顔のアリアンスに二人は溜息をついた。ローとは異なり、二人はアリアンスに対して一々怒るようなことはしない。
「アリアンス、あのキャプテンと何かあったのか? あの子のせい?」
 腹も膨れてきたくらいの頃に、そう切り出したのはペンギンだった。それはシャチも思っていたことだった。あの少女についても気になるが、それよりもローとアリアンスの間にほとんど会話がないことの方が、長い付き合いの二人には耐え難いことだった。一番はベポであり、アリアンスもベポの様子には気を配っているようだが、限界が近いことは二人もわかっていた。
 そして、様子がおかしいのはアリアンスではなくローであることも、三人はわかっていた。
「なんというか、キャプテンとあの子の問題ではなくて、キャプテンと私の問題というか。いや、違う。キャプテンの問題だから、正直どうしようもないんだよね。だから、こうやってできることをやっているわけだ」
 シャチもペンギンもアリアンスの言葉に思い当たることがないわけではなかった。調達に関与した二人ですら驚いた砲弾投げの際も、様子がおかしかったのはローの方だった。普段のローならば、アリアンスへの叱責をあの程度で済ますはずがない。ローがアリアンスを避けていて、アリアンスはそれ故にローを避けている。ただ、アリアンスは理由を言うつもりはないらしい。シャチやペンギンは、これまで何度もアリアンスにはぐらかされた経験があるため、それ以上は尋ねなかった。
「それで、何で俺たちだったわけ?」
 ただ、答えてくれそうな疑問はあった。アリアンスは本人に関係することについては基本的には教えてくれる。アリアンスは、少し考えた後、答えた。
「シャチ、弛んでいるから」
「弛んでねぇよ」
 考える間はなんだったんだ、とシャチは思ったが、アリアンスはカラカラと笑い始めた。
「そうだね、ごめん、嘘だ。実践経験に悪くないからベポ一人連れてくるか迷ったんだけど、ベポ、残るって言ったから。他のメンバーになると、今日、絶対怪我していただろう。あと、私はキャプテンではないから、大人数も動かしたくない。面倒」
 ポートガス・D・アリアンスはこういう人間なのだ。何も考えていなさそうで、確実に意図はある。そして、空気を読めていないわけではなく、読んだ上でのこの振る舞いなのだ。特別扱いであり、ローに容赦のないアリアンスだが、ローよりも先に飛び出したことはないし、ローを差し置いて仲間に指示を出すことも滅多にしない。そして、アリアンスの行動は結果としては正しいことが多い。途中過程に問題があり、ローが怒り狂おうともアリアンスが最終的に許されてきたのはそれがある。
 シャチはアリアンスの横顔を見る。ローとは異なり、無法者には見えない。ただ、アリアンスがそこに在るだけでハートの海賊団が混乱することはない。穏やかな表情ばかりだが、アリアンスが頼りないと感じたことはシャチにはない。
 アリアンスはいつも冷静だ。
「俺は?」
「まあ、シャチとペンギンはセットだから」
 そう尋ねるペンギンにアリアンスはそう言い切ると、串焼きおかわり、と店主に向かって声を張り上げていた。アリアンスはいつも通りだ。シャチとペンギンは顔を見合わせて、再び溜息をつく。ただ、少しだけ笑って、かつて北の海を航海していた頃を思い出して、そして、小さく乾杯をした。
 ハートの海賊団の船長代理に向けて。

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