昔、母が、ただの兄弟なのに双子は難しいんだよ、と言っていた。俺の周囲には双子はいなかったし、そのときはただなぜかと尋ねただけだった。だから、その答えも覚えていない。きっとそのときに母の言葉を何一つ理解していなかったからだろう。母は相手が子どもだろうと容赦をせずに思っていることを正直に話す。

 及川さんは前よりもずっと俺に話をするようになった。少しずつだったけれども、及川徹のこともあった。最初は時折、徹は違うのだけど、などと付け加えるだけだったが、少しずつ仲の良い幼馴染がいることなどを話し始めた。ただ、及川さんが及川徹についてどう思っているかまではわからなかった。俺が兄と喧嘩をするまでは。

「子どもの頃ね、徹に自由研究で集めた石をバラバラにされたの」

 その日の夕方は二番目の兄がいなかった。クラスの友人たちとたこ焼きを焼かなくてはいけないとかなんとか言いながら、家を出て行った。先週喧嘩をしたばかりだったが、仲直りした今となってはいつもいる兄がいないのは少し寂しい。
 一番風呂を主張しながら風呂に入っていく母親を見送り、俺と及川さんは食器を下げたあと、そのままリビングでお茶を飲んでいた。課題は終わっていた。母は風呂が長い。時間はたくさんあった。だからだろう、及川さんは形がないものを少しずつ形作るかのようにゆっくりと話し始めた。

 彼女にとって契機となった出来事を。

 それは些細であって、些細でなかった。いつも兄弟よりも目立たなかった彼女が、目立ってしまっただけの出来事だった。同じ歳なのだ。そんなことが一度も起こらないなんてことがあるはずがない。ただ、それは及川徹にとって、それ以上に彼女にとって大きな出来事になってしまった。それはきっと及川さんと及川徹二人だけのせいではないだけではないだろうと俺は思った。

 たった二人の子ども、それも兄弟だけのせいでこんなことになるはずがないのだから。

 ただ、俺は少しだけ安心した。それは、及川さんは及川徹が嫌いではないし、きっと及川徹も及川さんのことが嫌いなわけではない。ただ、上手く理解ができない。喉に物が詰まったような感じがした。

「でも、こうなることがわかっていたなら、隠しきることができないのなら、そんなことをすべきじゃないんだって思うの」

 確かに、隠し通せるわけがない。どこかでそれは崩壊する。実際に今がそうだろう。勉強に関しては及川さんが及川徹よりもずっとできていて、及川さんの才能は多くの人を驚かせるようなものであることは馬鹿な俺でも知っている。

「この前、喧嘩したって、仲直りすればいいんだと思ったから」
「まさか俺たちの喧嘩見てそう思ったの」

 そう尋ねると、及川さんは微笑んで頷いた。それが急に恥ずかしくなって、言い訳をするように言った。

「あれは、そもそもお互い機嫌が悪くて」
「でも、今は何でもないよね」

 それは母さんが、と言葉を続けようとしたのを飲み込む。息を少しだけ吸って心を落ち着かせた。今言うべき言葉はそれではないと思った。もっと、言いたいことがあった。

「あのさ、双子って別に特別じゃないって俺は思うんだ。だから、きっと仲直りできると思うよ」

 俺は及川さんの話を聞いて、双子だって、比べたり、比べられたりするものではなくて、ただの兄弟だと思った。及川さんには、姉がいて双子がいて妹がいる。兄弟が三人いる。ただ、それだけだったのに、そうでなくしてしまったのは、きっと及川さんたちだけのせいではない。
 そして、それは及川さんの両親だけのせいでもないと思った。だから、誰が悪いというわけではないんだろう。二人を特別な兄弟として見ていたのは、きっと両親だけではない。

 及川さんはまるで子どものように目を丸くした。ただ、すぐに微笑みを湛えた。

「要くんはお母さんに似ているね」

 それは諍いの原因となった言葉だった。ただ、不思議と心は凪いでいた。兄のときとは全く違う感覚だった。
 及川さんは嘘は言わない。目と目が合う。蛍光灯が虹彩を明るく照らす。俺と血の繋がったどの家族よりも明るい色。

「要くんのいいところ、とっても似ている」

 形すらない飾りっ気もない言葉。及川さんらしい決して器用ではない言葉。それで疑問なんて何一つ解決しないはずだった。ただ、その言葉に心を優しく撫でられたような気がした。幸福感が心の底からこみ上げてくるようだった。

「ありがとう、及川さん」

 及川さんはふわりと笑顔を見せた。及川さんはまだまだ知らないことがたくさんあるのだと思う。でも、及川さんが正直で優しいことだけはわかっている。だから、それでいいんだと思った。それは最初から最後まできっと変わらない。及川さんのことをどれだけ知ろうとも、及川さんが俺の全然知らないことを始めたとしても、変わることはない。俺は及川さんが好きだ。
 だから、今なら兄に自信を持って言えるだろう。
 大丈夫だ、と。

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