兄弟仲はよいと思う。兄は二人とも俺の面倒を見てくれたし、我儘もよく聞いてくれた。友人たちの話を聞いていると男兄弟にしては仲がよすぎるのではないかと不安に思うくらいだった。
それでも、喧嘩するときにはする。子どもの頃よりは多くはないが、一回の重みは格段に増しているような気がしていた。それが大人になるということなのかもしれない。だからこそ、喧嘩になることを避けていた。
その日は兄と二人だった。一番上の兄と父は家にいなくて、母と及川さんは社会人バレーボールに行っていた。作ってあった夕食を皿に取り分け、二人で食卓を囲む。
メインはポトフだった。普段は入ることない貰い物の冬瓜が豪快に入れられている。いつもは存在感のあるジャガイモは控えめで、冬瓜の消費のために作りましたという意図がよくわかるものだった。俺は一番大きく切り分けられた冬瓜を二つ皿に入れ、兄は小さめのものを入れていた。
母親が基本的に人から食べ物はもらう主義で、これはお隣さんが田舎から送られてきたものらしい。男三人兄弟だからといって野菜をたくさんもらうのはありがたいことではあるのだけれども、物によっては消費するのが難しいこともある。
「なぁ、あのさ。本当に及川ちゃんでいいわけ」
「何が」
ポトフの冬瓜をつつきながら、兄はそう尋ねた。その意味がわからくて聞き返すと、兄は自分から切り出したのに関わらず、言いにくそうにしながら間をあけた。
「だって、話も詳しく聞いたけど明らかにオカシイ家で育ったんだろ。悪い子じゃないとは思うけど、家の影響って大きいからさ」
おかしい、と言う言葉に俺の中の何かがざわついた。
及川さんの家が俺の家とは全然違う価値観で動いていることは兄よりも俺の方がよく知っている。及川さんを連れ出すことを決めたのは俺と母だ。ただ、全てがおかしいわけではない。及川さんと及川さんは妹と仲がよいし、会ったことはないけれど及川さんの妹とは普通に話ができるような気がする。
及川さんのお母さんと同じように。
「別に。変なことなんてないだろ。それに、及川さん家族の誰とも似ていない気がするよ。うちだってそうだろ」
父は寡黙で口下手、一番上の兄は穏やか、二番目の兄は貧乏くじ、母はあんな感じで俺はごくごく普通。誰一人似てはいないけれど、それでも家族だ。
すると兄はため息をついた。そして、ポトフの最後の一口を口に入れて咀嚼する。
「母さんに似ているそれお前が言うわけ」
「似ている似ているって全然似ていないだろ」
似ていると言うけれど誰もその理由は教えてくれない。
俺は納得していなかった。それで火がついた。だから、そのままつい声が荒くなってしまった。兄は目を見開き、ああ、と適当な返事を返して食器をまとめて席を立った。やってしまったと思ったときにはもう遅い。でも、腹の中がもやもやして、何か言葉を絞り出すこともできずに、ただ俺はそれを見送ることしかできなかった。
俺と兄が喧嘩したことには及川さんも気が付いたらしく、二人だけのときによく喧嘩をするのかと問いかけられた。及川さんは兄弟喧嘩をしたことはほとんどないらしい。だからなのか、心配半分、好奇心半分といった風で、随分と質問をされた。
及川さんには気にするようなものではないとは言ったものの、これは本当に修復不可能かもしれないなんてことも考えた。年をとればとるほど忘れず、そのくせ謝りにくくなるなんて変な話だと思うけれど、実際のところそうなんだから仕方がない。しかし、俺のそれは杞憂に終わった。
俺と兄の冷戦は、翌日の夕食時、呆気なくなかったことになってしまった。
「これはない」
「要に同意」
衣の味付けから期待される味とは程遠いもったりとした冬瓜の味。おまけに水っぽい。母のオリジナル料理、初めての冬瓜の唐揚げ。それは俺と二番目の兄のみならず、及川さんのフォローもなく、お蔵入りメニューとなった。
及川さんはこちらを一暼すらせずに何も言わず冬瓜の唐揚げを口に押し込んでいた。普段から表情豊かな方ではないけれど、それでも不自然なほど無表情で、それが彼女の冬瓜の唐揚げの評価を物語っていた。
このひどい献立を前に、俺たちの喧嘩なんてどうでもよくなってしまった。
「そんなに言うことないじゃん」
作った本人はなぜか普通に食べていた。そして、こちらは作ってもらう側なのだから、文句を言う筋合いはないのだけど。
「これなら毎日ポトフでいいですー」
「そもそも食べるのに苦労するのをもらってくるが悪い」
それでも、及川さんの分まで、兄と二人で母にも文句を言った。
「要、昨日たくさん冬瓜食ってただろ。俺の分まで」
「無理」
俺が即答すると、及川さんが声を出して笑っていた。珍しくて、ついつい見てしまうと、ごめん、と謝られた。いくら理屈を捏ねようとも、俺たちの喧嘩は所詮冬瓜の唐揚げ以下なのだ。
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