及川さんと一緒に高校に通うことになった。家族は誰も気にしていなかったれど、及川さんが気にしていた金銭についての問題はすぐに解決して、及川さんは最寄駅からの定期券も持っている。叔父さんからの援助を受けることができるようになったらしい。その叔父さんも近々挨拶に来てくれるようで、及川さんは久しぶりに会えるのが少し楽しみだと言っていた。

 及川さんは町内会バレーチームに入ると部活をやめた。もっとバレーがしたいから、と及川さんは言った。及川さんは毎日俺よりも早く帰るから、家にいる時間が長くて、俺の知らない間にすっかり家族に馴染んでいた。及川さんは母の家事を手伝って、空いた時間に近所の公園で対人をしているらしい。及川さん本人が言うにはまだまだ全然足を引っ張っていると言うけれど、母は全然そんなことはないと言っていた。父と一番上の兄も平気でバレーに誘う母親の言葉だったけれど、真実がどうであれ及川さんがの楽しそうだったから俺はそれでよかった。
 ポジションはセンターが多いようだけれど、たまにセッターもやっていて大変らしい。ただ、母親が言うことにはスパイク練習にセッターとして付き合ってもらっているせいでセッターとしての実力も上がっているらしい。部活引退したら俺が引っ張られて、俺があげたトスを母が打って及川さんがブロックに飛ぶ練習が安易に想像できて、それが母親の思惑だとしたら、と思うと少しゾッとした。

 及川さんは母親以外とも馴染んでいた。日曜日の夜は俺が風呂に入っている間に、二番目の兄と大河ドラマを見ているし、一番目の兄の持って帰ってきた論文を読んでいたこともあった。新聞を読むのは、父、母に続き三番目。専門以外の宿題はほとんど同じタイミングで出るから、勉強は俺とリビングで一緒にやる習慣ができた。おかげで俺の試験の成績はかなり向上して、母親に二人揃って褒められた。及川さんは夜以外に俺が朝練をしている時間に教室で勉強をしているらしい。朝練の無い及川さんは朝早く出て行く必要はないのだけど、朝は一緒に準備をして一緒に学校に行く。

 それでも茂庭家、主に母に慣れるまでは大変で、及川さんは母が大盛りにした青椒肉絲で胃腸薬のお世話になってからようやく、母に物をはっきりと言うようになった。ふらふらと座敷に倒れ込み、胃酸過多です、と言いながら布団に横になる姿を見て、母親は慌てて胃腸薬とぬるま湯を持ってパタパタと及川さんのもとへ走っていった。

 幸い四半刻もあれば薬は効いてくるようで、大事には至らなかった。ただ、翌朝一緒に学校へ向かう電車でその話になるのは当然のことだった。まだ時間が早いため人が少なく、及川さんともゆっくり話ができるから俺はこの時間が好きだった。

「お母さん、大変だろ」
「そんなことないよ」

 及川さんは俺を見た。
 及川さんは前よりもずっと俺を見て話をするようになった。目があまり合わなかった頃は気にならなかったけれど、綺麗な形をした目を見られると、なぜか母親に見られているような気持ちになった。及川さんは及川徹と同じ淡い色の目をしてる。母親に似ているなんて思いたくもないし、虹彩の色も全然違うのに、ただ俺と同じ真っ黒な目も同じ表情をする。それを見ると、どんなに緊張していても体の力が抜けて母親のいる家に帰ってきたような気持ちになった。
 そういえば笹谷が母に見られると少し緊張するとか言っていたけれど、俺はそうは思わない。自分の母親だからだろうか。そういえば、及川徹も母親に釘付けだったような気がする。
 俺にはその理由がわからなかった。

「あれは私が言わなかったから。お母さんは私が言葉にすれば全部受け取ってくれる」
「あの人、俺らの話は全然聞いてくれないんだけど」

 そう言うと、及川さんは笑ってくれた。及川さんですら思い当たる節があるのだろう。及川さんが家族の中で一番一緒に母親にと一緒にいるのだから、母親の傍若無人ぶりの被害には一番目にしているはずだ。

 ただ、あの日以降及川さんの声はさらに大きくなった。高くも低くもなく、大きいのにうるさくなくてよく通る声。こんなに澄んだ声が今までほとんど表に出てこなかったことは残念だと思うほどに、及川さんの声は綺麗だった。

「お母さん、もうご飯いらないです。食べられません。減らせしてください」

 夕方、家から帰ると、キッチンから大きな声が聞こえる。そう、と言葉といたずらっぽい母親の笑い声がする。
 遠目で見てみればてんこ盛りのご飯。男子高校生じゃないんだから呆れ気味に母親を見る。いらないの、と母親は尋ねながらご飯の量を減らした。

「ありがとうございます。要くんと同じくらいは食べられません」
「やっぱり身長あんまり変わらないけど食べる量は違うんだね」
「要くんの方がちょっと高いです」

 お母さん、お父さん、巧お兄さん、涼太お兄さん。そして要くん。及川さんはいつからだったのだろうか、俺のことを名前で呼んでくれるようになった。まるで最初からそう呼んでいたかのように自然にそう呼ぶから、いつからそう呼ばれていたなんて覚えていない。

 及川さんはもう茂庭家の人間だ。
 そう思った。

41
back next
list
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -