二番目の兄は要領が良いと評判で、俺もそう思っている。自由な校風の高等専門学校生とはいえ、軟骨ピアスに明るく染めた髪。誰よりも自由人に見えるのに関わらず、なぜか家族の中では割を食っていることが多いのは不思議なことだ。

 初対面の及川さんと二人きりなのが気まずいのか、不安げな兄に見送られ、玄関に出ると、既にエンジンの音が響いていた。母は俺に席を倒すように言った。なぜかと問うと、荷物を載せるかもしれないからだと母は答えた。子どもの言うことだからね、と言いながらも、母は席を勢いよく倒した。

 俺が助手席に乗り込むと、母はすぐにシフトレバーに手をかけ、ドライブギアを入れた。

「要、あんただけに言えることじゃないんだけど、本当に私が育てたって常々思わされるよ」
「どういうこと」

 そう尋ねると、色々ね、と誤魔化される。夜の住宅街には街灯は少なく、横顔からは表情はわからない。

 最初の信号は赤色で、母は車を止めると俺の方へメモ用紙を差し出した。

「ナビゲートできるでしょ」

 そこには住所が書いてあった。俺は住所をスマートフォンに打ち込んだ。母親は仙台生まれの仙台育ちだ。近くまでは何もなしで大丈夫だと思い、俺は画面をそのままにスマートフォンを暗くした。

 俺の家は地下鉄沿線で、及川さんは仙台駅で乗り換えがある。お互いの家自体は仙台駅とそれほど離れてはいないものの、仙台市街地を通らなければ及川さんの家にはたどり着かない。
 伊達工業高校も仙台駅と近く、そして東北大学のキャンパスと隣接している。メインのキャンパスとは離れていて、兄もそちらに通っているせいか意識したことはなかった。東北大学は大きく、キャンパスは仙台城の背後、青葉山に広がっている。
 ただ、東北大学の擁する研究施設は伊達工業高校の隣にある。俺にとってはそれはただの当たり前の景色だった。当たり前すぎて意識の外にあった。自分が通うなんて思ったことはなかったが、存在することが当然のものだった。

 ただ、及川さんにとっては俺とは違うものだったのだろう。俺は及川さんと会って一年も経っていないけれど、彼女が真面目で正直なことはわかる。嘘がつけるような性格ではなくて、化学が好き。時折びっくりするようなこと言うけれど、普段は控えめで大人しい。

「あんた、落ちついているよね」

 そうかな、と答える。母が一緒ではなかったら違ったかもしれないが、母が一緒だと思うと緊張はしなかった。試合の時と一緒なのかもしれない、と俺は思った。一人だったら耐えられるはずもないのに、チームメイトが一緒なら緊張はしても耐えられないわけではない。

「及川さんについては大人で話するから、要は挨拶だけちゃんとしてくれればいいから。私も要も知らないでしょ。及川さんの親と実際会ったわけじゃない。誤解かもしれないでしょ」

 その言葉に、俺はまだ、及川さんの両親を知らないのに悪印象を抱いていることに気づいた。及川徹でさえ、遠目で見たことがあるだけだ。会話をしたことさえなかった。及川さんの両親を相手にすることなんてできないけれど、及川さんのことを知ることはできる。
 彼女をあそこまで追い詰めた理由を知らなくてはいけない。
 きっと俺に必要なことはそれだけで、後はきっと母がなんとかしてくれるのだろう。

「穏便にやってくれるよね」

 心配なことはそれだけだった。

「私をなんだと思ってるの」

 どうしようもない母親だと言っているけれど、この母ではない母なんて想像できないのだから、俺はこの母親でよかったのだと思う。
 こんな状況でも笑いあえるのは、幸せなことに違いない。

 仙台は地下鉄が通っているものの車も多い。バックミラーを見ると、サラリーマンのような人が一人で乗っていた。父もそろそろ帰ってくる頃合いだろう。そんなことを思い出して、俺は気がついた。

「母さん、父さんに連絡入れた」
「あ、入れてないわ。でも、一人残してきたから大丈夫でしょ」

 俺の質問に母は呑気にそう答えた。父は驚くだろうと思いながら、外を見やる。
 このときの俺は父が驚くこと程度は想像していたが、人見知りで寡黙な父とマイペースな一番上の兄、大人しい及川さんに囲まれ、二番目の兄が精神を消耗していたなんてことまでは想像していなかった。
 家族全員、そんなに気を遣わなくていいのに、と思っているところで、いつも自ら貧乏籤を引きに行っているのだから、仕方がない。

 及川さん家の近くで、俺は母に曲がり角の指示を出した。及川と表札の掛かった家の前にたどり着区のに苦労はしなかった。及川さんの家は近隣の新しい家の中では大きい方で、俺たちは空いている駐車場に車をとめた。
 二階に一部屋とリビングと思われる一階のカーテンから光が漏れていた。

 車から降りると、冷たい風が吹いた。いくよ、と母が言い、俺は黙って頷いた。

36
back next
list
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -