チャイムを鳴らす。階段を降りる物音がして、静かになった。そして、ドアが開いた。ドアの向こうには及川さんの母親と思われる女性と、及川徹がいた。

「突然申し訳ございません。私、茂庭と申します。いつもうちのグソクがお嬢さんには大変お世話になっておりまして」

 娘と付き合っているのだ。真っ先に自分に視線が集まると思ったが、そうではなく、二人はは母の方を見ていた。母は、愚息なんて慣れない言葉を使うせいで、いつもよりも母親は少し辿々しい。後々そのことを聞いてみると、愚息なんて、全然そんなこと思っていないからね、とさらりと返された。

「及川さ……なまえさんにはいつもお世話になっています」

 俺が挨拶して初めて、二人の視線が俺に集まった。母はよくも悪くも人の視線を集める。背の高さも俺とあまり変わらないし、体格も悪くない。それに比べて俺は極々平凡なせいだろう。及川徹について俺を見て僅かに眉間に皺を寄せた。
 自分の双子が平凡な人間と付き合っていることが気に入らないのだろうか。

「息子が突然綺麗なお嬢さんを連れて帰ってくるものですから、私、びっくりしてしまいまして。ご連絡が遅くなってしまい申し訳ございません」

 及川さんをしっかり上げつつ、さすがうちの息子、とでも言わんばかりの笑顔の母親を前に、俺は少しだけ帰りたくなった。及川さんのことを気に入って、誰かに自慢したかったのだろうが、それが相手方家族というのが全然普通じゃない。
 時間さえあれは、先に母の所属する社会人バレーボールチームのメンバーにでも会わせておくべきだったろう。

 リビングに通されると、そこには父親と思われる人がいた。背が高く体格もよく顔も少し怖かったが、笑顔で俺たち迎えてくれた。その人は自分が父親であることと、母と及川徹を紹介した。席に着くと、テーブルの上にはチョコレートが置いてあった。父親の人の正面に母親が座り、及川徹はその隣のデーブルの真ん中より父親よりの席に座った。俺は母親の隣だが及川徹の正面ではなく、お茶を淹れてくれている及川さんの母親の正面の席に座った。

「お嬢さん、動揺しておりまして。うちの子、お嬢さんの子ことを心配していては勉強にも部活にも身も入らないと思うので。落ち着くまではうちから高校に通わせても良いですか」

 席に着くなり、母親はそう切り出した。俺は及川さんのお母さんの淹れたお茶を回しながら、それを聞いていた。

「ご迷惑をおかけするわけにもいきません。それに、変な噂が立つとお互い困りましょう」

 及川さんの父親は、それが当然とでもいうようににこやかにそう返した。
 母親にスイッチがあるとしたら、この瞬間に入ったのだろう。その瞬間がわかるのだから、彼と母親は俺にとっては全然似ていないけれど家族なのだろう。母親を見ると、一瞬だけ目があった。
 それだけでじゅうぶんだった。

「我が家は食べ盛りの男三人兄弟ですから、一人お嬢さんが増えたところで何も変わりません。変な噂も気にするようなことではありませんよ」

 母の笑顔の応戦に、いつものが始まった、と思っていると、及川さんのお母さんからお菓子を勧められた。勧められるがままに口に入れると、甘くはないのにふんわりとカカオの香りがして、甘いもの特有のくどさもなく上品な味が口の中に広がった。思わず別の色の包装紙のチョコレートも口に入れてしまう。それにはナッツが入っていて、その代わり先ほどのチョコレートよりも幾分か甘い。

 母に対して、及川さんの父親もなかなか譲らない。俺は母に任せきりでいいと思っていたので三つ目ののチョコレートに手を伸ばしたが、及川さんの母親は居心地悪そうに座っていた。

「あの、チョコレートおいしいですね」

 小声で及川さんのお母さんに話しかける。急に話しかけられてびっくりしてしまったのか、え、と返されてしまって、俺はすみません、と謝った。

「お母さん、チョコレートお好きなんですか」
「あんまり甘すぎるのは好きじゃないんだけど」

 そう尋ねると、少し安心したように笑った。

「及川さんと同じですね」

 及川さんはいつも決まった種類のチョコレートばかり食べている。

「お母さんと同じこと言っていましたよ。俺、馬鹿だから、ハイミルクあげたらすごく申し訳なさそうにそう言われて」

 及川さんがチョコレート好きだと思って、チョコレートの詰め合わせを買って一つあげたら、困ったようにそう言われたのだ。

「私、なまえのこと、何も知らないのね」

 沈んだ表情だった。
 それが嘘だと思えなかったから、悪い人ではないのだと思った。原因の一つ二つを作ったかもしれないけれど、意図していたわけでは決してないのだろう。それなのに関わらず、嫌な気持ちにさせてしまったことに対する罪悪感と焦りが生まれる。
 俺だって同じなんだから。

「俺も及川さんの言っていること、難しく分からないこと多くて。何度も聞いてしまうんです。でも、及川さん、怒ったり呆れたりせず何度でも説明してくれるから」

 焦りゆえに無駄に多く喋ってしまう。ただ、なるべく隣の攻防戦を邪魔しないようにそのまま小声で続ける。

「この前ファミリーレストランで一緒に勉強していたんですけど、あんまりにも俺が理解しないものだから、隣の席にいた女子高生たちが笑っていて。でも、及川さん一所懸命説明してくれるんです」

 及川さんの母親は少しだけ笑った。真面目なのも困りものね、と。それが嬉しくて、俺も一緒になって少しだけ笑ってしまった。

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