笹谷くんに話しかけられたのは、夏休みが明けてすぐのことだった。外の空気が吸いたくて、ベランダに出た。伊達工業高校のベランダは廊下と同じように繋っていて、ちょうど隣のクラスから出てきた笹谷くんと目が合ったのだ。

「茂庭のこと、好きなの」

 近づいてくるその姿に、頷くと、ため息をつかれた。悪いことを言ってしまったのかと思うと、胸が詰まるような気分になり、ごめん、と謝った。

「いや、そういうのじゃなくてさ。お前さ、本当に全然及川徹に似ていないよな、と思って。仲良いの」

 幾度となくされた質問だった。子どもの頃から顔は似ているのに性格は似ていないと言われてきたし、私自身そう思っている。仲は悪くはなかったはずだった。
 どこか春を思わせるその横顔に向かって答える。

「あんまり」

 ただ、最後の言葉を交わしたのがいつなのかはわからかった。同じ空間で生活をしているのだから、一週間に一回くらいは何かは話している気がする。ただ、二人だけで会話をした記憶は、もうほとんどなかった。

「まあ、同い年って複雑だよな」

 笹谷くんの言葉に黙って頷いた。妹や姉と徹は違う。

「いじめられたりしていないのか」
「いじめられたことはないよ」

 即答する。徹が私に対して一方的何かをしたことはほとんどなかった。妹とはよく口論になっているが、私は徹にほとんど相手にされていない。特に高校生になって別の道を選択してからは尚更だった。

「お前のそういう、なんというか、控えめな性格、いじめられないための処世術みたいな気がするんだけど」

 夏休みのあの日のことを思い出す。

「それは、違うと思う」

 例えば私が友人のような性格で、徹と毎日言い合いをすることができていたならこうはならなかった。
 あの日、私は徹に頼まれたわけではなく、自分で決めた。
 私は弱かった。

「私が明るい性格をしていれば、違ったと思うから」

 私には徹と向き合う日が来る。そのときに、謝るべきなのは私の方だと思う。
 そして、徹と向き合わずに事が進むほど、世界が甘くはないことを私は知っている。

 私の言葉に笹谷くんは何も言わなかった。ただ、話は変わるんだけど、とだけ言って言葉を続けた。

「茂庭の話なんだけど、あいつさ、男兄弟で、母ちゃんも豪快だから、女子に免疫ないんだ。最初は友達から、とか言うと思うけど、許してやってくれ」
「まだ、何も伝えていないよ。どうなるのかわからない」

 でも、みんな知ってる、と笹谷くんは笑う。

「人目を気にする気はないから」

 一時の恥で希望を失いたくはなかった。少しでもその可能性が高くなるのなら、大恥をかいても構わなかった。

「ダテコー、楽しいか」
「楽しい。来てよかった」

 風が吹き抜ける。私は笑顔を浮かべたことに驚いた。あまり話をしたことのない、笹谷くんの前でも、私は笑顔を浮かべることができている。



 久しぶりに茂庭くんに会った日。その日の夜、私は手紙を書き始めた。友人たちと選んだ便箋。私たちは、同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校にいたとしても、全然違う友人たちと過ごしていたと思う。そんなことを話しながら、子どもの頃に好きだったアニメは同じだったことを知った。

 楠に棲む森の不思議な動物。どの大きさが好きなのかは三人とも違って。三人で笑い合った。

 私はその手紙を持って、友人たちに囲まれているクラスメートに言った。

「茂庭くんに、手紙、書いたの」

 封筒に入れただけの、封をしていない手紙を差し出す。休み時間特有のざわつきは静寂に変わり、いつもどこか飄々としたところのあるクラスメートは目を丸くした。

「読んでいいの」

 私が黙って頷くと、静かになっていた教室を一人の笑い声が突き破った。クラスメートが腹をよじって笑い始めた。

「及川、お前、面白すぎるだろ」

 おかしいことは私もわかっていた。クラスは再びざわつき始めた。ただ、冷やかすようなことはなく、やっぱりダテコーは変人揃いだ、という言葉が笑い声と一緒に聞こえた。

「恥ずかしい、けど、でも、変な手紙だったら嫌だから」

 できることは全てやろうと思った。友人たちに見てもらうことも考えたけれど、茂庭くんのことをよく知っている相手の方がいいと思った。ただ、それだけだった。
 私は変わっていると思う。今まで、それを見せないようにしてきていたけれど、伊達工では隠さなくてもいい。私も自分自身のことなのに関わらずおかしくなってしまって、一緒になって笑ってしまった。

 恋と盲目という言葉があるけれど、私の目は恋をしてから、昔よりずっと色々なものが映っていた。

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