夏休みは走って、勉強して、瞬く間に過ぎていった。教科書や図説も用語集を読んだり、普段使っている安い問題集を進めてみたり、スマートフォンで古典や漢文や英語を読んだりした。英語を読めるようになると、色々なことを知ることができるようになって楽しかった。
二人の友人たちとも遊んだ。お盆も終わり、夏休みの終盤に入った頃、仙台駅で待ち合わせて遊びに行った。ゲームセンターに行ったあと、ファミリーレストランでご飯を食べた。食べながら私の話になって、私は模試の話をした。
「あんたさ、大学目指して普通科高校の勉強もして、工業学力テストは一位」
工業学力テストというのは年度末にある高等学校工業基礎学力テストのことで、毎年全国の工業高校生が受けるものだった。それほど難しいものでもなかく、ケアレスミスも少なかったので、私の点数は全国で一番だった。母親には見せたが、忙しい母親の記憶に残ったとは思えなかった。
ただ、この二人の友人たちはとても喜んでくれて、他のクラスメートたちもすごいと褒めてくれた。一瞬、胸がどきりと音を立てた。隠さないといけないと思った。
ただ、周囲を見渡して、隠さなくてもよいことを知った。誰一人、辛い顔をしていなかった。
「普通に高校行った方が良かったんじゃないの」
大人しい方の友人が小首を傾げて尋ねてくる。
「私、普通科には行かなくてよかったと思っている」
二人は私が伊達工業高校に来た経緯を知っている。化学は好きだったけれど、徹がいるから普通科を選ばなかったことも、高等専門学校に行きたかったことも知っている。
「ここに来ないと、私、会えなかった。二人に」
友人ができて、話をする人も増えた。徹の存在を意識せずに過ごせる時間ができた。徹と離れた世界で、私は少しだけ自信がついたと思う。そのきっかけはきっとこの二人だろう。
「アンタ普通にいいやつだよね」
明るい友人の笑顔には、いつも励まされる。
「茂庭くんとはどうなの」
「夏休み始まるまではたまに勉強教えに行くこともあったけど」
夏休みに入ってからは全然会っていなかった。部活も違うから、会うこともないのだ。
「どこが良かったの」
そう尋ねられると、はっきりとは答えられない。茂庭くんの好きなところはたくさんあるけれど、私は好きになった理由を言葉にできなかった。
「優しいところ、かな」
「優しいって、あいつもそうじゃん」
クラスメートのことを言う。よく話するじゃない、と。確かにクラスメートは優しい。今まで、優しい人はいくらでもいた。
茂庭くんが他の優しい人と違うところはどこだろう。
彼が、同じ部活の優秀な後輩の話を本当に楽しそうにしてくれたことを思い出す。
きっと、私は私自身を徹なしで語ることはできない。
私の中にはいつも徹がいる。生まれたときからずっと一緒の私の双子。あの一件から十年近く、徹の意識から外れるためにひっそりと生きてきた。
生来の性格もあっただろうが、徹の存在は私の性格のみならず私の生き方、人格まで深く食い込んでいる。
「茂庭くんは、人のことをすごくきれいに褒める。だから、隠さなくていい」
二人は、徹と私のあいだにあったことも知っている。だから、納得してくれたようだった。
茂庭くんのことが好きになった理由に徹の存在があること。それは嫌なことであってもおかしくないのに、不思議と嫌ではなかった。
「私、今まで逃げてきたと思う。バレーも徹がやっていたから諦めたのかもしれない」
今まで、譲ってきたことや、黙ってきたことがたくさんあった。それは、よいことだったのかもしれないけど、臆病で卑怯だということもわかっていた。
「でも、茂庭くんとはずっと一緒にいたい」
しっかりと言葉に出しても良い場所ができた。
話をするのが苦手な私も、二人の前なら少しだけ上手く話をすることができるようになった。
「ただ、私は上手く話をすることができないから、手紙にしようと思って」
茂庭くんを前にして、何を言って良いのかわからなくなる気がした。二人は顔を見合わせて笑い合い、午後から便箋を選びに付き合ってくれた。
夏休みが終わった。夏休みが終われば、仙台の秋はすぐにやってくる。
二年生の二学期、三年間の高校生活の折り返し地点。
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