茂庭家は母で始まり母で終わる。母が強すぎておそらく他の家族、つまり男四人団結しても敵わないので母がいれば全てが解決するし、大体最初にトラブルを持ち込むのも母だ。男三人兄弟だとどこもそうなると思っていたけれど、笹谷が言うにはうちの母は強すぎるらしい。

 伊達工業高校バレーボール部父母の会でも有名だ。俺が三年生引退後、よくわからないうちにキャプテンやることになったのもあの母のせいなのかもしれない。俺が三兄弟の中で一番母に似ていると兄たちは言うけれど、俺は未だに納得していない。理由を聞いても、何となく、としか返してもらえないのだから。

 母親が嫌いかと聞かれればそうではない。兄たちもそう答えるだろう。何となく反抗期のあった兄二人についても、のらりくらりと躱されて、気がつけば特に何事もなく収まっている。常に大事にはならない。

 傍若無人なのに憎めない。そんな母親。

 風呂から上がった及川さんに母親は緑茶を出した。

「体は温まったかい」
「ありがとうございます。あの、私、及川なまえです。茂庭くんにはお世話になっています」

 呑気にそう尋ねる母親に、及川さんはお辞儀をした。お風呂に入って温まって、気分も落ち着いたようだった。

「いーえー。うちの要を選んでくれてありがとう」

 食卓に料理が並ぶ。席は俺と及川さんが向かい合っていて、及川さんと母親、俺と兄が隣になった。俺と母はカチャト、兄はクリームシチューとカチャト、及川さんは雑炊と名前のよくわからないお惣菜。車の中での会話など、耳に入る余裕はなかったのだろう。キョロキョロする及川さんに、昨日の残りでごめんね、と母親が言い、及川さんは、こんな夕食まで、と首を横に振りなから答えた。
 茂庭家では食べる物が違うことはよくあることで、男四人、突然夕食が要ると言ったり要らないと言ったりするのだから、仕方がないらしい。

「ところで、及川さん、今日は何があったの」

 彼女が話をするのが苦手だと思っているのは知っていた。だから、とりあえず今日あったことを尋ねることにした。

「模試を見せたんです。大学、行きたくて、それで」

 見せたんですけど、と声がだんだんと小さくなる。

「及川さんの結果みたいな。スマホで見れるんだっけ」

 俺は話遮るようにして言った。スマートフォンを出そうとした及川さんに、タブレットあるよ、と母が家族共有のタブレットを差し出した。及川さんはそれを受け取ると、手際よく操作して、俺にタブレットを差し出した。

「及川さん、東北大学行きたいんだ」

 俺でも名前を知っているような有名進学塾の記述模試。第一志望は東北大学理学部化学科。第二志望以降は、工学部の学科が並んでいた。

「家から通えるところじゃないと、許してもらえないから」

 ふとタブレットを覗き込まれる。

「理学部S判定って、めっちゃベンキョーできるじゃん。兄貴よりできるんじゃない。なんなの、お金の問題で揉めたの。それ以外ないよね」

 一番上の兄は東北大学の工学部の大学院生だ。当然俺よりは勉強できるし、比べたことがないからわからないけれど、おそらく二番目の兄よりも勉強ができる。成績が悪くて困っているという話も聞いたことがない。
 両親が成績について言わないせいであまり考えたことはなかったけれど、兄弟三人の中では一番上の兄が最も勉強が得意だ。

「嘘ついているって言われたんです。工業高校だから、って。父と口論になって」

 声が、震えていた。

 工業高校から進学する人は多いし、特に化学科は進学率が高い。東北大学まではいかなくても、近隣の国立大学に年に一人くらいは入っている、と友人が言っていたような気がする。ただ、そういう問題ではない。そういう問題ではなくて。

「信じてもらえなかったんです」

 ただ、頭の中がごちゃごちゃで、それを言っていいのかがわからなかった。
 俺にとっては他人だけれど、及川さんにとっては家族だから。
 母は、そんな煮え切らない俺とは違った。

「信じてもらえないって意味わかんなくない」

 それまでずっと黙っていた母が口を挟んだ。

「だって家族なんだから。別に知らないことはいいよ。私だってお父さんやっていることわからないし、一番目が必死に研究している内容も何度聞いてもわからないよ」

 そういうときだけ目に焼きつく、黒い目が俺の方を向く。父の柔らかな色と違う真っ黒の目。三人の兄弟の中で、なぜか俺だけに遺伝した色。
 それをぱちぱちとさせる。

「たださ、信じないってわけわかんないじゃん」

 ねえ、そうでしょ、と言われて、そうだね、と素直に同意する。俺たちでも彼女のいうことを信じているのに、家族が信じないなんておかしな話だ。それに、及川さんが嘘をつけるような人じゃないなんてことは、俺だってわかる。

 母は、いつだって誰よりも先に言うべきことを言うのだ。
 だから、どれだけ傍若無人でも、家族の誰も勝てないのだろう、と思いながら。

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