練習は大変だった。ボールを見ながらコートを走って、オーバーハンドでトスを上げる。最初は様々なところにボールが飛んで大変だったが、右側に集まることも増えた。綺麗に右に返った時には速攻もできるようになった。陸上部でいつも走っているし、模試では二時間半問題なく問題を解き続けるためか、昼休み程度の時間では疲れることもなかった。

 クラスマッチの当日、サーブは私からだった。

「及川ー、双子に教えてもらったのか」

 体が震えた。声が聞こえた方を見る。そこには、C組の確かバレー部の笹谷くんがいた。ただ、徹のことは頭から消えていく。その隣にいたのが茂庭くんだったからだ。私は首を横に振った。徹のことを気にしている余裕はなかった。ただ、今は茂庭くんに見られている。そして、クラスメートと一緒に勝ちたい。
 胸がどきどき張り詰めてくるのを感じた。息を吸う。一緒に練習してたきた「仲間たち」の背が見える。

 私はアンダーハンドでサーブを上げた。ボールはネットを越えて飛んでいく。バレー部の鎌先さんがボールを上げる。きっと返ってくる。私は前に向かって走った。ゆっくりときれいに上がったボールは、鎌先さんが体制を立て直すにはじゅうぶんな時間で、強烈な攻撃が叩き込まれて点が取られる。

 鎌先さんを牽制しないと勝てない。そして、鎌先さんのサーブではないときに、点数を取りにいかなくてはいけない。そして、攻撃はなるべく鎌先さんを外して、ファーストタッチが安定したレシーブにならないように、鎌先さんが拾ったとしても、無駄に走らせて体力を使わせるようにする。頭ではわかっていても、体は思うように動かなかった。

 それでも、バレーボールは楽しかった。結局、鎌先さんのサーブを止められず、負けてしまったけれど、それでも楽しかった。

「頑張っていたね、及川」

 試合が終わったあと、体育館の隅で水を飲んでいると、クラスメートから声をかけられた。

「ありがとう。でも、鎌先さん止められなかった」

 大丈夫、上出来だよ、とクラスメートが笑う。つられて少しだけ笑ってしまう。

「隣で、B組対C組やっているから見に行こう。カナメも出ているよ」

 その言葉で、隣のコートを見た。
 茂庭くんは前衛にいた。B組のコートでボールが上がってから素早く移動し、スパイカーの前で飛ぶ。ネットから出た手は私の印象にない大きなもので、そのままその手がボールをはじき返す。ボールが床に叩きつけられた音が響いた。柔らかな印象とは違う、正確で冷然とした動きと存在感。

「すごいね」

 心臓が跳ねる。

「うちはブロックが強いらしいよ。及川も背が高いからブロックもいけるんじゃない」

 そう、かな、とだけ返す。胸の中は憧憬でいっぱいだった。茂庭くんのようになりたい、などと思慮の欠片もないことを思ってまう。私は気持ちを落ち着けるように息を吐く。

「そういえば、笹谷とか鎌先とかよく知っていたね」

 クラスメートと話しながら移動する。

「バレー部の人は下調べしてあったから。笹谷さんは高校入ったときに一回話かけれている。双子、有名だから」

 徹のことを言われるのは嬉しいことではなかったけれど、笹谷くんに徹のことを聞かれたのは嫌ではなかった。私に徹を重ねることなく、ただ聞いてきただけだったからだ。
 徹は有名人だ。私も子どもの頃から徹はきれいだと思っていたけれど、そう思っているのは私だけではないようで、青葉城西高校ではない人たちにも知られているらしい。ただ笹谷くんは、中学校のバレーボール部が強豪で、徹が中学最後の大会でベストセッター賞を取っていたから知っていたのだろう。

 試合の中で前衛にいる間は、茂庭くんは淡々とブロックを続けた。もし、スパイクを打つとしたら、あの大きな手はきっとその存在だけで嫌になるだろう。ブロックが繰り返されれば不安になる。ただ、それは決して楽なものではないと思った。ただでさえ、セッターはボールが回ってくるのに、それに加えて素早く移動して飛ぶ。

 試合が終わると、私はクラスメートと一緒に茂庭くんの方へ向かった。

「バレー部は違うねぇ」
「試合見た。すごくよかった」

 声が震えた。偉そうな言い方になってないだろうか、嫌な気持ちにさせてないだろうか、と不安が心を覆う。ただ、ちゃんと言葉にできたと思うと体の力が抜けて、握り締めていた手も緩んだ。

「いや、その……及川さんもよく頑張っていたよ」

 はにかんだような笑顔を見たのを最後、私の頭の中は電源が落ちたように真っ白になった。

「そうだろそうだろ。ほら、強豪バレー部のセッターが褒めてくれているんだから、もっと喜べよ」
「ちょっと……」

 バレーボールは楽しかった。あまり人に期待されたことがなかったから、不相応だったとしてもセッターをさせてもらえたのは嬉しかった。ただその期待に応えたくて、クラスメートと勝ちたくて、休む間もなく敵の動きと味方の位置を見ながら、オーバーハンドでトスを上げ続けた。

「ありがとう」

 声が裏返った。頑張ったことを人に評価してもらったことなんてほとんどなかった。嬉しくて、その気持ちで心がいっぱいになった。

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