クラスマッチまで一週間を切った。試験が返ってきたこともあり、クラスの中はクラスマッチ一色になった。私はバレーボールに出ることが決まっていた。D組にバレーボール部はいなかったが、クラスの雰囲気はそう易々と負ける気がないようで、昼休みに練習が始まった。

 さすがバレーボール部の強豪高校というべきか、ネットの高さは二メートル四十三センチメートル。ネットの縁がちょうど首の高さにある。その高さを前に、ネットの上に指さえ出ないような気がした。

 経験者もいない中、身体能力だけに頼ったバレーは難しく、ボールを落とさなくても三回で返すのかやっとだった。誰が何をしていいのかもわからない。それでも、体育の授業で触れたことがないわけではなかったからか、アンダーハンドでボールをあげることも、オーバーハンドでつくこともそれなりにはできていた。

「あのさ」

 三回目のオーバーハンドパスがネットに引っかかったのは何度目だろうか。チームメイトの一人が口を開く。バスケットボール部の彼は、この中では一番バレーボールが上手い。

「ボールはとにかく上げないと話にならないんだけど、一回上がったボールは、及川さんがもらいに行って」

 無理だよ、と言おうとした。ただ、なぜなのかも知りたくて、言葉が出てこなかった。咄嗟の言葉に困った私よりも先に、彼は続けた。

「今さ、ボール上がったのはいいけど、そのあとどうしていいのかわからない、っていう感じじゃん。それで三回で返せないこともあるだろ」
「確かにそうだけど、なんで及川さんなわけ」

 クラスメートの一人が尋ねた。私のために聞いてくれたのだろう。私はまだ言葉が出なかった。

「まず、身長低いからできることが限られる。それと、これが一番の理由なんだけど、ボールの扱いが丁寧」

 私の身長は低くはない。ただ、バレーボールに出るクラスメートの中では最も低かった。一度だけスパイクを打とうとしてみたが、高いネットの上に到達するだけで精一杯で、そこからスパイクを打つなんてことは不可能だと思った。だから、途中からは誰かにボールを打ってもらうことに徹した。メンバーの集中力が乱れて、相手コートにボールを返す余裕がないときはそのまま高くボールを上げて、相手コートにボールを返した。そうしなければ、私はコートの中では役立たずだった。

「私は、みんなより高さもパワーもないから、がんばるよ」

 無理だとは言わなかった。上手くではないことはわかっていたけど、それでも、私を見ていてくれた人がいることは嬉しかった。

「とりあえずやってみよう。うち、バレー部いないからただでさえ不利だろ。やれるだけやろうよ」

 クラスメートの一人の言葉に私は頷いた。

 かくして私はD組のセッターになった。徹の影が付き纏うような気持ちになってもおかしくはなかったが、そうは思わなかった。ただ、このクラスのために、一所懸命やれることをやろうと思った。



 その日も、妹の部屋で勉強を教えていた。妹が問題を解いている間、茂庭くんから預かった赤点の答案を見ていた。いつの間にか妹は問題を解き終わったようで、気がついた時には黙って私を見上げていた。

「どうしたの、その答案。なまえちゃんのじゃないでしょ」

 目が合うと、妹はそう尋ねてきた。私は校内外関わらず、空欄とハネばかりの答案を返してもらったことはなかったし、妹は家族の中では一番、そのことをよく知っていた。

「同じ学校の子の答案。勉強、苦手だから、上手く教えたくて、答案、借りたの。茂庭くんっていって、違うクラスなんだけど」

 妹は、そう、とだけ相槌を打った。特に何かを尋ねるわけでもなく、何かを話すこともなかった。

「あの、バレー部みたいなんだ。セッターって」
「徹君と同じだね」

 次は私が、そうだね、とだけ返す番だった。
 その後は再び妹の勉強を見た。問題を最後まで解き終わったときには、十時になっていた。
 一緒に洗面所で歯磨きをしながら、私は少しだけ不安だったことを吐露した。

「来週、クラスマッチあって、私、セッターなんだけど、下手だったら嫌われるかな」
「なまえちゃん陸上部じゃん。しかも、徹君と同じことしたくなくて、陸上部にしたんでしょ」

 私もバレーには興味があった。ボールを巡って敵味方が入り混じる球技は苦手だったが、ネットを隔てた競技は好きだったし、チームでスポーツをやってみたかった。ただ、徹と同じことはしないと決めたから、私は陸上を始めた。

「それに、なまえちゃんが好きになった人が、そんなこと思うはずないでしょ」

 妹ははっきりとそう言った。同じ家族でも、両親や姉に言われても何も変わらないのに、妹に言われるとそんな気持ちになるのが不思議だった。

「だって、なまえちゃんは」

 妹はそう言いかけて黙った。何かと問うても答えてはくれなかった。妹と一緒に洗面台に泡を吐いて、廊下に出る。居間からは光が漏れていて、テレビの音も聞こえたが、私は真っ直ぐ薄暗い階段に向かった。それが当たり前だった。

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