私が悪い、私は悪くない、と二人の人間が私の中でぐるぐると回る。私は私が誰なのかわからなくなって、ただただ歪んだ世界を視界に映すことしかできなかった。

 私は思う。私に落ち度はない、と。憎むべき人を憎むべきだ、と。
 もう一人の私は思う。何故だかはわからないけれど仕方のないことなのだ、と。
 もしこの世界に神様がいるとしたら、神様は救う人間と救わない人間を分けていて、きっと私は神様に救われない人間なのだろう。そんなありもしないことを考えて、澱んだ沼の深みにはまっていく。

 LINEの画面を開く。震える手で電車に乗った、とだけ打った。来てくれるだろうか。白抜きになった茂庭くんの名前が涙で滲んで眩しい。何か文字が見えたけれど歪んだ視界には何も映らない。

 子どもの頃からずっと暗い方の女の子だと言われてきた。そうだったんだと思う。ただ、徹のようにはなれなくても、それでも、真面目に生きてきたつもりだった。不器用でも、暗くても、それだけはできたから。

 小さい頃、夜遅く喘息の発作の起きた徹を母は頻繁に夜間応急診療所に連れていっていた。お留守番、できるよね、と言われて、涙目を隠すように欠伸をして見送った。不安がって泣く妹を宥めた。
 泣きたかったけれど我慢した。不安な顔が見えないように、妹に軽くタオルケットをかぶせて一緒に寝た。
 徹の喘息でなくなった週末の予定。母は徹のことで大変で、私がごねる妹の機嫌を取るために苦手な遊びをたくさん考えた。

 よく我慢できたね、と妹が父に頭を撫でてもらっていたけれど、私は我慢できて当然だったから、父からは何ひとつ声をかけてもらえなかった。一度だけ、母がひとつしかなかったチョコレートを私にくれたことは覚えている。

 少し甘すぎたけど、その甘さを今でもよく覚えている。じんわりと心が暖かくなった。

 それでも、家族のことは好きだった。帰ってきたときに香る家の匂いも、真面目に働く父も、温かな母の料理も、私と違いさってしっかり者になった妹も、そして、毎日、きらきらとした日常を送る徹のことも。

 規則正しい電車の音がする。視線が集まっている。恥ずかしい。でも、そんなことすら小さくなるほど、絶望は大きかった。時間が溜まっているかのようだった。仙台駅で人の気配がして、そのまま操り人形のようにして電車から降りる。

 冷たい空気が刺す。ホームを心の奥底まで凍てつかせるような風が吹く。人が見えない。全てが泥のように見えた。音のしない電車の揺れが少しずつ小さくなっていく。

 心が体から離れていくような気がした。それでも体は動く。

 駅の改札口の光が見えた。いつ電車を降りたのかもわからない。じんわりと滲む熱い涙だけがリアルだった。

「茂庭くん……」

 肩に重いものがかかる。少しだけ震えが止まったような気がした。ここはどこだろう。ちゃんと辿り着いたのだろうか。茂庭くんがいるのだから、正しい駅まで来ることができたんだろうけど、実感がない。

「ごめんね、ごめんね……」

 何に対して私は謝っているのだろう。茂庭くん? 違う。

______両親の言うとおりに生きられず、我儘に生まれてきてしまってごめんなさい。

 まるで他人を見ているかのような心地だった。自分ではない何かが安っぽい玩具のように謝っている。あの背の高い女の人は誰なんだろう。茂庭くんによく似た人は誰なんだろう。遠いどこかで話をしているからわからない。

 ただ、宙に浮いたような心をそのままにしてくれることだけがありがたかった。

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